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         影ふたつ

 リエナの眼の前に、ルークの広い背中が見える。

 愛用の剣の他に、さっき二人で取ったばかりの林檎がつまった鞄を背負い、足早に歩いていくルークを追って、リエナは小走りになりながらついていく。

 ふとルークが立ち止まると、唐突に振り向いた。少しばかり息を切らしているリエナの様子を見たルークの顔に、申し訳なさそうな表情が浮かぶ。

 そのまま何も言わず、前を向くとまた歩き始めた。――今度はさっきよりも、ずっとゆっくりとした足取りで。

(あ、わたくしに合わせてくれている……)

 リエナはほっとちいさな息をつくと、自分もゆったりと歩き始めた。すこし余裕ができたせいか、知らず知らずのうちにリエナはじっとルークの背中を見つめていた。

(わたくしは、いつもルークの背中を見ているわ)

 今までの出来事が次々に、リエナの脳裏をよぎる。

(――この彼の背中に、いつも守られているのね……)

 そのことに思い当たった瞬間、どきりと胸が高鳴り、リエナは思わず立ち止まった。

 リエナが立ち止まっていたのはほんのわずかな時間だったはずなのに、気がついた時にはルークはずいぶん先を歩いている。リエナは慌てて再び小走りで後を追った。

 いつの間にか日が傾いていた。ふとリエナが足元を見ると、ルークの長い影が落ち、二人の影がもうすぐ重なりそうなところまで近づいている。

(もしかして……?)

 リエナはおずおずと、ルークの影に向かって手を伸ばした。

 ――ほんの一瞬重なった影。ルークの大きな手とリエナのちいさな手。

 リエナの心臓が跳ね上がる。ますます高鳴る、胸の鼓動。

(いやだわ、わたくし、いったい何をしているのかしら)

 恥ずかしさのあまり、反射的に手を戻した。リエナの透き通るように白い肌がみるみる朱に染まり、歩いていたはずの足がまた止まってしまう。

 その時、突然ルークが振り返った。

「おい、何してるんだ? 早くしないと日が暮れちまうぜ」

「あ、ごめんなさい」

 ちいさな声で謝るリエナの頬は、まだ朱に染まったまま。それに気づいたルークが怪訝な顔をした。

「お前、顔赤いぞ。――だいぶ長いこと歩いたから疲れたか?」

「ううん、大丈夫よ」

 リエナは咄嗟に笑顔をつくる。ルークは眩しそうに、落ちかけた夕日とリエナの顔を交互に見遣った。

「――なんだ、夕日のせいか」

 ぼそりとつぶやくと、更にゆっくりと歩き出した。その後をついていくリエナ。日が傾くにつれて、ますます伸びるふたつの影。その先に、あたたかな灯りがともり始めた町が近づいていた。


                                             ( 終 )


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