小説おしながきへ
                                                     TOPへ

薫風
 若葉が薫る、初夏の爽やかな風が吹き抜ける。

 リエナのやわらかな髪が風になびいた。明るい陽光の下、白金の流れが煌めいている。

 ルークは眩しそうに眼を細めた。ともに旅をして毎日一緒に過ごしているのに、見るたび新たな発見があるのが自分でも不思議で仕方がない。その時ルークは突然、リエナを思い切り抱きしめたい欲求に駆られた。けれど、かろうじてその気持ちを抑えつけ、いつもと同じように並んで歩きだした。

 長い間、ルークはリエナには理由がない限り絶対に触れないという態度を貫いてきた。だからか、妙に気恥ずかしいものを感じてしまう。二人は晴れて恋人同士になっている。今さら遠慮する必要もないのだけれど、まだ想いが通じ合ってから日が浅いせいか、驚かせてしまわないかなどと余計な心配をしているのである。

 そんなルークの気持ちが伝わっているのか、よほど表情に表れてしまっているのか、リエナもどことなく緊張しているらしい。

 リエナがほんのわずか、思い切ったような表情を見せる。細い指がルークの腕に触れた――と感じた次の瞬間、リエナはそのままそっとルークの腕に手をからませ、頭を預けてきた。

 こんなことは初めてだった。ルークも思いがけない出来事に最初こそ驚き、緊張気味だったものの、リエナから触れられてうれしさは隠しきれない。リエナが腕を組んだままでも歩きやすいよう、彼女に合わせて歩調をゆるめた。

 見ればリエナの抜けるように白い肌の眼もとが、ほんのり染まっている。その匂いやかな美しさに、ルークはまたもや見惚れていた。

 特に何も話すこともない。ただこうして二人、心地よい風に吹かれながらそぞろ歩くだけで、たとえようもなく満たされている。

 ふとリエナが顔を上げた。ずっと見つめ続けていたルークと視線が合う。

 リエナは、はにかみながら顔を伏せた。ルークには、その仕草もたまらなく愛おしい。立ち止まってリエナの耳もとに顔を近づけると、ひとこと囁いた。

 恋人の言葉に、リエナはますます頬を染めている。ルークは満面の笑みを見せると今度は自分からリエナの身体を抱き寄せ、そっとくちづけた。

                                             ( 終 )


                                         小説おしながきへ
                                             TOPへ