Violet kisses
「菫の花の砂糖漬け?」
ある町の菓子店で、ルークが店員に問いかけていた。甘いものを好まないルークであるが、店頭で目を引かれて寄ってみたのである。大剣を背負った屈強な戦士と瀟洒な菓子店は似合わないこと甚だしいが、店員は愛想よく応対してくれた。
「はい。食用になる菫の花を乾燥させて砂糖漬けにしたお菓子でございます」
目の前に並べられた薄紫の小箱には、鮮やかな菫色のちいさな砂糖菓子が詰まっている。いかにも女性が好みそうな優雅な品である。
「このまま食えるのか?」
「はい。そのままお茶菓子として召し上がっていただくのはもちろん、ケーキに飾ったりお茶に浮かべたりしてもお楽しみいただけますよ。春にだけ作られるお菓子ですから、この時期のお茶の時間にはぴったりですわ」
「わかった。じゃあ、これを一つ頼む」
「かしこまりました。贈り物でございますね?」
「……ああ」
ルークはこの鮮やかな菫色に目を留めたのだった。愛するリエナの瞳と同じ色の砂糖菓子。ふと、これを贈ったら喜んでもらえるのではないかと思いついたのだ。
美しいリボンを掛けた小箱がルークの手に渡された。多少照れくさくもあるが、たまにはいいだろうと足取りも軽く店を後にした。
********
「ただいま、リエナ」
「お帰りなさい」
宿の部屋でリエナが出迎えた。
「ほら、土産だ」
差し出された無骨で大きな手の上に、可憐な薄紫の小箱がおさまっている。リエナの顔がぱっと輝いた。
「ありがとう。あら、菫の花の砂糖漬けね?」
「そうだ。知ってたのか」
「ええ」
リエナは小箱を受け取ると、うれしそうにルークを見上げて微笑んだ。その美しい菫色の瞳に、ルークは思わず見惚れてしまう。
「早速いただいてもいい?」
「ああ、もちろんだ」
「じゃあ、お茶を淹れてくるわね」
リエナは頷いて、席を立った。
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細く白い指先が、一つ砂糖漬けをつまむ。花びらのような唇に運ばれ、そっと口に含む。リエナにやわらかな笑みが浮かんだ。
「おいしいわ。素敵なお菓子をありがとう」
リエナがルークを見上げてにっこりと微笑んだ。長椅子に並んで腰掛けている二人の前には、淹れたてのお茶と砂糖漬け、それにルークのための軽食が並んでいる。
「気に入ったんなら、よかった。たまにはこういうのもいいだろ?」
「ええ、うれしいわ」
旅の生活では、普段はなかなか甘いものを口にする機会自体がない。あったとしても、ほとんどがリエナが自分で焼いた日持ちする焼き菓子ばかりだった。だから、こんな心遣いはたまらなくうれしいのである。ルークも喜ぶリエナの姿に満足げだった。
「菫の砂糖漬けって、どんな味がするんだ?」
「そうね、とても甘くて、いい香りがするのよ」
ルークは普段は甘いものを好まないが、ふと気になったのである。リエナは小箱を手に取ると、ルークに差し出した。
「あなたも一ついかが? 甘いものが好きじゃないのは知っているけれど……」
「そうだな、せっかくだから貰うとするか」
ルークはリエナから小箱を受け取った。けれど、そのまま卓上に戻してしまう。リエナが不思議に思う間もなく、抱き寄せられた。
「だが、俺はこっちの方がいい」
言うなり、唇を塞がれた。ふわりと菫が香る。
「本当だ、甘いな。いい香りがするのもお前の言う通りだ」
リエナはほうっと息をついて目を開いた。うっとりと、夢の中を揺蕩うようなうるんだ菫色の瞳に、ルークはある強い衝動を抑えきれなくなっている。
「お前ももう一つ、どうだ」
ルークは砂糖漬けを一粒つまみあげ、濡れたリエナの唇に含ませる。
そのまま再び唇を重ね合わせた。ルークは華奢な身体を抱き籠め、甘やかな唇をまるで砂糖漬けのように味わい続けた。リエナの身体から力が抜けていく。
――二人のなかで、甘い芳香とともに、ゆっくりと菫がとけていく。
( 終 )
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