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         戒め

 ルーク、アーサー、リエナは無事にローレシア城に到着し、翌日、ルークの父であるローレシア王アレフ11世に謁見した。

 リエナは急遽用意された正装に身を包み、ルークとアーサーに付き添われて謁見の間に姿を現した。玉座には、ローレシア王の他、王妃とルークの二人の弟王子が着座し、リエナを出迎えた。

 リエナは王の前に流れるような動きで跪き、丁重に挨拶をする。

「アレフ11世陛下、はじめておめもじいたします。ムーンブルク第一王女、リエナ・アルフォンシーヌ・ディアナ・ムーンブルクでございます」

 度重なる心労と旅の疲れのせいか、少しばかりやつれが見えるものの、リエナの美しさはいささかも損なわれてはいない。王も、謁見の間に控える重臣たちも、初めて会う彼女の姿に目を奪われていた。

「この度はルーク殿下とアーサー殿下のご尽力により、大神官ハーゴンの呪いを解いていただきました。心より御礼を申し上げます」

 気丈ななかにも決して王族の矜持と優雅さを失わずに挨拶をするリエナに、王も慈愛の籠った言葉をかけた。

「リエナ姫、よくご無事であられた。――あなたの父王をはじめとする方々には、あらためてお悔やみを申し上げる」

「もったいないお言葉でございます。わたくしはこれからムーンブルク復興に向けて、できる限りの努力をいたしたく存じます」

「リエナ姫、そのことだが……」

 早くも祖国復興への意欲を見せるリエナに、王は実の娘に言い聞かせるように話しかけた。

「あなたも呪いが解けたばかりであるし、まずは養生が必要であろう。大神官ハーゴンもあれ以来姿を現してはおらぬようだが、今でもあなたを狙っているのは間違いない。当分こちらに滞在なされるがよい」

「陛下のご厚情には感謝の言葉もございません。ですが、わたくしはムーンブルク王家最後の王女としての責任を果たさねばなりません」

「姫、お気持ちはわかる。しかし、今はまだ具体的な復興事業に入る時期ではないと考えるが……」

「おっしゃるとおりでございます。ですが、ムーンブルクを復興させようにも、あの大神官ハーゴンが生きている限り不可能であるのは明らかなこと――」

 リエナは顔を上げた。

「わたくしはこれからハーゴン討伐の旅に出る、そう決心いたしました」

 きっぱりと言い切ったリエナの表情には、悲壮なほどの決意が現れている。

 謁見の間に、ざわめきが波のように広がった。

「無茶です!」

 いきなり二人の会話に声が割り込んだ。ルークである。

「リエナ姫、あなたの気持ちは痛いほどよくわかるつもりです。ですが、あなたのような若い女性一人でハーゴンに立ち向かうなど、無茶以外の何物でもありません」

 王もルークの不作法な振る舞いを窘めることもなく、彼の意見に同意した。

「ルークの言うとおりだ。あなたが優秀な魔法使いであるのは、このわしもよく存じておるが、ご聡明なあなたなら、できることとできないことの区別はつくはずであろう?」

 後ろで控えているアーサーも割り込んでまで自分の意見を述べはしないが、王やルークと同じ考えであると、表情が語っている。

 しかし、リエナも一歩も引く様子はない。

「無茶だとおっしゃるのはよくわかりますわ。ですけれど、わたくしも何の根拠もなしに申し上げている訳ではございません」

「では、勝算があると?」

 王は信じられない、という面持ちでリエナを見つめたが、彼女の表情は変わっていない。ずっと話に聞き入っていた一同も、一斉に固唾を呑んで王とリエナの遣り取りを見守っている。

「皆様にご理解いただくには、ムーンブルクが襲撃された時の状況をお話しなければなりませんわね」

「お話いただけるか?」

「はい」

 忌まわしい記憶を思い出させないよう、もう少し落ち着いてから話を聞くつもりだった王も、リエナ自らが話をするというのであれば別だ。何より、ムーンブルク崩壊に関してはほとんど詳しい情報がない。ローレシアとサマルトリアから派遣した騎士団がムーンブルク城の被害状況を視察に行った時には、既にハーゴン率いる魔物の群れは姿を消し、残されていたのは廃墟だけであった。わずかに生き残った者たちに話を聞いても、いきなり魔物の群れが襲い、ムーンブルク城が陥落したという事実以外は何もわからなかったからだ。

 リエナは心を静めるよう、一度眼を閉じて深呼吸をする。襲撃時の記憶が蘇っているのか、顔は蒼ざめ、再び開かれた菫色の瞳には恐怖の色が宿り、いつ倒れてもおかしくないほどに華奢な身体が震えている。それでも、しっかりと顔を上げて話し始めた。

「大神官ハーゴンがムーンブルク城を襲った理由、――それは破壊神を復活させる為です」

 この言葉に、一同からどよめきの声が漏れた。

「それは、誠か……!?」

「はい。そして、破壊神を復活させるためには、神の花嫁となる生贄が必要です。――それに選ばれたのが、わたくしでした」

 その場にいる全員が息を呑んだ。

「わたくしを手に入れる為に、ハーゴンはムーンブルク城を襲いました。今回の襲撃は、ハーゴンがムーンブルク城近くにある『次元の狭間』から魔物を召喚して行われたのだと推測されます。この狭間に関しては我が国では以前からよく知られており、騎士団により厳重に封印がなされておりました。ですが、この狭間が開く周期に合わせ、ハーゴンは封印を破壊する為の魔力を蓄えていたのだと思います」

 この世界には、あちらこちらに『次元の狭間』と呼ばれるものが存在する。魔物の棲む異次元の世界とつながっている一種の結界のようなもので、この世界に生息している魔物はすべてそこから来たものか、その子孫である。そして、狭間は周期的に大きくなったり小さくなったりを繰り返すのである。

「もちろん護衛の騎士達は死力を尽くして戦いました。父王も兄も、義姉さえもわたくしを守ろうと……。兄は最後には自分を守ることを捨てました。ハーゴンの呪文によって魔法を封じられた義姉とわたくしを庇い、相討ちに持ち込もうとしましたが、魔物の数が多過ぎて……、その後、義姉も……」

 嗚咽しそうになるのを必死にこらえ、菫色の瞳に涙を滲ませたまま、話を続けた。

「父王も最後の力を振り絞って、わたくしに他者転移の呪文を……。ローレシアに転移させようと考えたのだと思いますが、おそらく既に魔力が限界に近づいていたのでしょう、ムーンペタまでがやっとだったのではないかと……」

「それでしたら、何故最初からあなた様をここへ転移させなかったのでしょうか?」

 重臣の一人が疑問を呈したが、リエナはゆっくりとかぶりを振った。

「もし、父王がそうしたのであれば、襲撃を受けたのは、ムーンブルクではなく、ローレシアでしたわ」

「何故でしょうか? 転移先がどこかなど、呪文を発動する本人にしかわからないものではありませんか?」

 重臣はまだリエナの言わんとすることがわからないのか、更に質問した。

「おっしゃるとおりですわ。ですけれど、王女であるわたくしを保護できるだけの場所は限られます。常識的に考えれば、ローレシアか、サマルトリアのどちらか……」

 ここで、リエナはわずかに次の言葉を言い淀んだ。

「……その時にございましたルーク殿下とのお話は、ハーゴンも当然知っていたはずです。ですから、転移先がローレシアであることは容易に予想できましたでしょうし、他者転移の呪文を扱える魔物も多数いましたから、ここへ魔物を送り込むのも難しくはありませんわ」

 答えを聞いた重臣だけでなく、他の人間も言葉を失っていた。

「ですが、父王も、兄も、決して無駄に生命を失った訳ではございません。自らの生命を犠牲にして、父王と兄がハーゴンに致命傷に近いほどの傷を与えました。ハーゴンもわたくしをその場で拉致することは難しいと考えたのでしょう、父王がわたくしに他者転移呪文を発動するのに気づいた時、呪いを……」

「そうだったのですか……」

 ルークは呪いをかけられていた時のリエナの様子を思い出し、あらためて怒りに震えている。

「ハーゴンがわたくしに呪いをかけた理由は、重傷を負ったハーゴンが自身を回復し、再度破壊神を召喚するだけの魔力を蓄えるまで、生贄であるわたくしの魔力を封じるためではなかったかと考えています。ですから、わたくしが旅に出ても、当分ハーゴンに襲われる心配はありません。ハーゴンが回復するまでにどの程度の時があるのかはわかりませんが、それまでに居場所を突き止め、討伐することができれば、破壊神の召喚も阻止することができるはずです」

 リエナが話し終わっても、謁見の間の空気は張りつめたまま、重苦しい沈黙が支配していた。

 最初にこの沈黙を破ったのがルークである。リエナの決意が固いことを理解し、王の前に歩み出ると、跪いた。

「父上、私も討伐の旅に参ります」

「行ってくれるか?」

「はい」

 王もルークのこの行動は予想がついていたらしい。まったく動揺の色をみせることなく、息子を見下ろした。

 これには、リエナの方がたじろいだ。

「いけませんわ。これは純粋にムーンブルクの問題です。第一、ルーク殿下はローレシアの王太子ではございませんか。そのような方に同行していただくなど、許されるはずがありませんわ……!」

 リエナだけでなく、重臣達も口々に反対した。

「陛下! ルーク殿下をハーゴン討伐になどと……! リエナ殿下の護衛であれば、他にいくらでも……」

 王は無言で重臣達に鋭い視線を向けた。王の琥珀色の瞳に籠められた気迫に、重臣達には面を伏せてその場で跪くしかなかった。

 跪き、頭を垂れたルークに、王は厳かに命を下す。

「勇者ロトと精霊ルビスの名の許に命ず。ルーク・レオンハルト・アレフ・ローレシア、そなたにハーゴン討伐の命を与える」

「謹んで、拝命いたします」

 顔を上げて、ルークは真っ直ぐに父王を見た。深い青の瞳に決意の深さを見てとり、琥珀色の瞳にも満足げな色が浮かぶ。王は言葉を失っているリエナに穏やかに言葉をかける。

「リエナ姫、あなたの志は尊敬に値する。だが、ここにいるルークも勇者ロトの血を引く者だ。ロト三国には破壊神の復活を阻止する義務がある。決して、ムーンブルク一国の問題ではない」

 そう言うと、視線を後方に移した。

「――もう一人、同じことを考えておる男がいるようだ」

 王からの視線を受け、アーサーがゆっくりと玉座の前に進み出た。

「陛下、私もすぐにサマルトリアに帰国し、旅立つ準備をいたしたいと存じます」

 普段は穏やかな若草色の瞳も、今はルークと同じ決意に溢れている。

「アーサー殿下まで、何ということを……! 第一、サマルトリアのランバート9世陛下が何とおっしゃるか……!」

 先程の重臣がまた叫び声をあげたが、ふたたび王が遮った。

「ランバート9世が、――あのオスカーが、この大事に、息子可愛さゆえに守りに入ると、本気で考えておるのか?」

 この王の言葉に、アーサーの口元に不敵とも言える笑みが浮かんだ。

「陛下、我が父王も私に討伐の命を下すに違いありません」

 いつの間にか、三人での旅立ちが決定してしまったことに、リエナはまだ動揺の色を隠せなかった。

「ルーク殿下、アーサー殿下、お二方のお気持ちは充分に受け取りましたわ。ですから、後はわたくしが……」

 リエナは強い態度を崩さなかったが、ルークが彼女の言葉を途中で遮った。

「リエナ姫、あなたのお志は立派だと思います。私もあなたの魔法の威力が大変なものであるのは充分に承知していますが、一人でハーゴンを討つのはいくら何でも無茶です。第一、あなたは絶対に死んではならない身です。そこはよくお解りですね? もしあなたが生命を落とせば、それでムーンブルク王家の血は絶えるのですから」

「わかっております。ですけれど、ハーゴンはわたくしを殺すことはできませんわ。わたくしがいなければ、破壊神を復活させることはできないのですから」

 まだリエナは抵抗を続けるが、ルークは真剣そのものの表情で、彼女を真っ直ぐに見つめた。

「この状況で、あなた一人で旅立たせたと、もし勇者ロトが知ったらなんとおっしゃるでしょうか? 自分と同じ血を引く者の窮地を見捨てた、そう言われても仕方ないと思いますが?」

 ここまで言われてしまえば、リエナも同意する他はない。再び王の前に跪き、感謝の言葉を述べた。

 翌日、アーサーはサマルトリアへ父王への報告と旅立ちの準備の為、帰国した。

 ルークもリエナも慌ただしく準備を始める。今回の旅はどれだけの年月がかかるかすらわからない。必要なものを充分に、かつなるべく身軽に動けるよう、入念に持ち物を吟味する必要がある。ルークは今回と同じ旅装束、リエナもムーンペタのルーセント公爵邸で揃えてもらった白いローブや魔道士の杖などをそのまま使うことにした。彼女の持っていた身の回りの品のあまりの質素さに、周りの人間は、いくら何でも王女の持ち物ではないと驚いた。その為、贅沢な化粧道具や絹物の衣類などは必要ないとしても、せめてもう少し身分にふさわしい物を、と勧められたが、身分を隠す必要があるからこのままでかまわない、とリエナ自身が押し切ったのである。

********

 数日後、リエナの許へ、ローレシア王より話がある旨、使いの者が来た。

 服装を整え、侍従長に案内されて王の執務室を訪ねると、王は人払いをしたうえで椅子を勧め、おもむろに話を切り出した。

「折り入ってあなたに話しておきたいことがあってな、ご足労願ったのだ」

「はい」

「単刀直入に申し上げる。あなたとルークとの婚約はなかったことにしていただきたいのだ」

 リエナには王の話の内容は既に予想がついていたらしい。長い睫毛を伏せると、淡々と答えを返した。

「はい。そのことはわたくしが王家最後の人間となった時から、承知しておりました」

 しかし、表情は暗く、明らかに涙をこらえているのが、王にはよくわかった。

「おわかりいただけたか。――許されよ」

 頭を下げる王に、リエナは慌てて席を立つと、跪いた。

「陛下、どうかそのようなことは……」

 王は頭を上げると、リエナの手を取り、再び椅子にかけさせた。

「リエナ姫、わしもできることなら、あなたをルークの妃としてお迎えしたかった。しかし、あなたが王家最後の王女となった以上、それは不可能だ。かといって、ルークをムーンブルクに婿入りさせるのも難しい。――いくら弟王子が二人いるといっても、わしはあれに王位を継がせたいと思っておるのだ」

「陛下……」

「わしの眼から見ても、ルークの剣の腕は既にローレシアでも有数のものだ。必ずや、ハーゴン討伐の旅であなたのお役に立てるに違いない」

 王の琥珀色の瞳には、決して人前で見せることはない苦渋の色が滲んでいた。

「――わしからのせめてもの償いだ。そして、ルーク自身の意志でもある。存分に戦わせてやってくれ」

「もったいない、お言葉でございます……」

 ようやくそれだけを絞り出すように口にしたリエナが、執務室から退出する時、菫色の瞳にわずかに光るものがあるのを、王は見逃さなかった。

 王はルークがリエナに初めて会った時から、彼女に惹かれていることは知っていた。そして、リエナも同じ気持ちでいるだろうと、出会いの場となった舞踏会に同行した重臣からあらかじめそう聞いてはいた。しかし、予想以上に二人が惹かれあっている事実に直面し、深い苦悩を感じざるを得なかった。

********

 再び侍従長に付き添われて部屋に戻ったリエナは、出迎えた女官達の前ではずっと平静を装っていた。湯浴みと寝支度を済ませ、女官達をすべて下がらせると、リエナは一人で先程のローレシア王の話を反芻していた。

(わかって、いたわ……。最初から……)

 菫色の瞳に涙が浮かんだ。

 ムーンペタの宿で起きた、最初の夜の出来事が脳裏によみがえる。

(うなされたわたくしを慰める為に抱きしめてくれた、ルークの力強く、あたたかい腕。それにどれだけ傷ついた心が癒されたか……)

 リエナはムーンブルク崩壊ですべてを失った自分にとって、ルークのそばだけが、唯一安心できる場所である――その事実を既に知ってしまった。

(いけない、もうこのことに心を煩わせていては……)

 今、自分が為すべきことはハーゴン討伐であると、無理にも気持ちを切り替えようとした。けれど、拭っても拭っても、涙は溢れ続けていた。

********

 翌日、今度はルークが父王に呼び出された。

「ルーク、念の為確認しておくが、そなたとリエナ姫の婚約が白紙に戻っていることは承知しておるな?」

 何の前置きもなく、王はルークに問いかけた。

「……はい。承知しております」

 ルークの表情に苦渋の色が浮かぶが、こう答えるより術はない。

「それならよい。――昨夜、リエナ姫にも同じことを申し上げた」

「姫は、何とおっしゃったのですか?」

「最初から承知なさっておられた。――噂以上に美しいだけでなく、ご聡明でもあられるようだ」

 王も口には出さないが、二人の婚約が白紙に戻ったのを残念に思っている。しばらく沈黙が続いた後、再び話を切り出した。

「今夜、そなたを呼んだのは、もう一つ念押ししておきたいことがあったからだ」

「念押し、でございますか?」

 これ以外に、父王が自分に何を言うことがあるのか、ルークには想像もつかない。

「よいか、決してリエナ姫と間違いを犯してはならぬ。肝に銘じておけ」

 ルークは最初、何を言われたのかわからなかった。しかし、父王の言わんとする意味を理解した瞬間、深い青の瞳に怒りにも似た色が浮かんだ。

「いくら父上でもおっしゃって良いことと悪いことがございます! 私が、姫にそのような狼藉を働くと、本気でお考えですか……!?」

 王にはルークのこの反応はあらかじめ予想がついていた。真剣な眼差しで、怒りに逞しい肩を震わせている息子に諭すように言い聞かせる。

「わしとて、そなたを信用していないわけではない」

「そうおっしゃるのでしたら、何故……」

「これから始まるそなた達の旅は、長く過酷なものになるであろう。毎日が、死の恐怖と隣り合わせになるに相違ない。そういった日々のなかでは、何が起こっても不思議はない。――しかも、そなたは姫に惹かれておろう?」

 ルークはこの問いには無言だった。しかし、王にはルークの気持ちが手に取るようにわかる。

「リエナ姫は何としてもムーンブルクを復興させたいとの強い意志をお持ちだ。その為には、ハーゴンを討伐し、姫ご自身が女王として即位なさり、世継ぎを儲けねばならぬ。――わかるな?」

「……はい」

「そして、そなたが姫と結婚するわけにはいかぬことも、理解できるはずだ」

「……はい」

「ルーク、今、一番重要なのは何か、自分が何を為すべきかを考えよ」

 ルークはしばらく沈黙していたが、顔を上げて真っ直ぐ父王の眼を見た。

「リエナ姫を全力でお守りし、必ずや、ハーゴン討伐の命を果たして参ります。それが、ローレシアの王太子である、私の義務です」

 きっぱりと答えたものの、ルークの声には決意とともに、深い哀しみの色も混じっていた。

「それでよい」

 王もルークの哀しみには気づいていたが、微塵も表面に出すことなく、頷いた。

********

 王の執務室を退出し、自室に戻ったルークは、自分で自分の気持ちを持て余していた。

(リエナとの婚約が白紙に戻ったのは、俺だって最初からわかっていた……)

 どうにもやり切れず、長椅子にどさりと腰を下ろした。

(リエナは……、ムーンブルク復興の為に、自ら立ち上がったんだ……。必死になって、自分の為すべき義務を果たそうとしている)

 ルークもムーンペタでの出来事を思い出していた。

(若い女性の身で、あの、力を籠めて抱きしめたら折れそうなほど、華奢な身体で……、戦おうというんだ……)

 リエナの為に自分ができることは何か、やらなければならないことは何か、ルークはもう一度、自らに問いかけた。

(父上のおっしゃるとおりだ。まずはハーゴンを倒す。リエナを最後まで守り切ってみせる。……だが、俺はリエナを諦めたくない、自分の手で幸せにしたい。それは変わらない。――その為には、今は自分の為すべきことをやるだけだ)

 自分の想いは時が来るまで、心の底に封印すると決めた。

********

 更に数日後、サマルトリアからアーサーがサマルトリア王の親書を手にローレシアに戻った。親書には、王太子アーサーを、リエナ、ルークとともにハーゴン討伐の旅に派遣する旨、書かれていた。

 三人の新たなる旅立ちが始まろうとしている。

                                             ( 終 )


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