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         Let’s cooking!

「――さてと、めしにするか。リエナ、どうぞ」

 ルークは軽く炙った干し肉の一片をリエナに渡すと、自分も齧り始めた。しかし、リエナはあまり食欲がないのか、手渡された干し肉になかなか手をつけようとしない。

 その様子に気づいたアーサーが、リエナに声をかけた。

「どうかなさいましたか?」

「あ、いえ。何でもありませんわ」

 慌てて返事をして食事を始めたが、ほんのひとくちでリエナは喉を通らなくなってしまった。

 彼らはここ数日野宿が続いていた。そのため、前に立ち寄った町を出てから、毎食ずっと同じ様な食事ばかりである。

(旅をしているのだから、贅沢を言ってはいけないのだけれど……。少しつらいかも……)

 リエナは王族の出身であるから、生まれてから旅に出るようになるまでは、贅を尽くした食事が当たり前の生活をしていた。しかし、もともと我が儘をいう性格でもないし、特に嫌いな食材があるわけでもない。供された食事には、食材、それを提供してくれた人、料理人への感謝の気持ちを忘れないようにと厳しく教育も受けている。

 それでも、毎食毎食が干し肉、堅パン、炒り豆などと水だけであるのは少々きついものがある。決して以前のような食事や菓子類を求めているわけではなく、たまにはあたたかい物を口にできればうれしいのに、というささやかな願いを持っているだけだ。

 一方で、ルークもアーサーも、決してこの食事に満足しているわけではない。二人とも料理はまるっきりできないので、仕方がないと諦めているだけである。

 実を言えば、ルークは料理の経験があるといえばある。13歳の時から成人の儀を迎える16歳まで、ローレシアの騎士団に見習い騎士として入団していたからだ。在団中は、本人と父王の強い希望もあり、王太子だからといって特別扱いを受けたわけでもなく、他の見習い同様にこき使われ、馬の世話や水汲みはもちろん、荷物運びから焚火の番まで、あらゆる雑用を率先して引き受けていた。その経験が、今になって役に立っているのである。

 しかし、どうしても料理だけは上手くいかなかった。

 演習中などでは、料理番として手伝いをすることもあったのだが、煮込みの鍋を見張っていれば、何故だか焦がしそうになり、食材を切ってみれば、刃物を扱うのは玄人のはずであるにもかかわらず、大きさがばらばらになってしまう。ひどい時には、干し肉を炙り過ぎて真っ黒にしたことすらある。

 演習中の団員達にとって、三度の食事は数少ない楽しみである。それを台無しにしそうになったのだから、普通なら、先輩騎士から大目玉を食らうところだけれど、相手が王太子殿下となれば、そうもいかない。ルークもそのことは身に沁みたらしく、自分から料理番だけは外して欲しいと騎士団長に訴え、団長も、渋々――内心では大いに安堵して――このルークの申し出を受け入れたのである。

 ルークのような経験をしていないアーサーの方は、当然ながら料理などしたことはない。実際に旅に出てみて、ルークのあまりの料理の才能のなさに呆れかえり、それなら自分でやろうと何度かは試みてはみた。しかし、その結果はいずれもルークと似たり寄ったりである。他のことなら何でも器用にこなすアーサーであるが、どうも料理とは相性が悪いらしい。

(ルークもアーサーも、お料理は全然できないっておっしゃってたわ。――それなら、わたくしが挑戦してみればいいのかもしれない)

 リエナは手にした干し肉を眺めながら、そんなことを考えていた。しかし、彼女も料理がどのように作られるものなのか、見当もつかなかった。王女の身分で厨房に入ることなどありえず、また、幼いころからみっちり習っていた王族女性の教養の科目の中に、裁縫や刺繍はあっても、料理はない。

 とりあえず、リエナは今までの食事がどのように作られていたのか、想像だけでもしてみることにした。

(ムーンブルク城や、しばらくお世話になっていたルーセント公爵邸でのお食事は……、駄目だわ。使われている食材の一部が何か、くらいしかわからないし、旅の途中で手に入れられるとも思えないもの。……でも、この間泊った宿屋の食堂のならどうかしら?)

 数日前に三人で行った食堂での献立――獣肉に岩塩と香辛料をまぶして炙り焼きにしたもの、豆と野菜と塩漬け肉を煮込んだシチュー――これなら、少しは想像できるかもしれない。

 干し肉を手にしたまま、すっかり考え込んでしまったリエナは、長い間無言のままだった。ルークがその様子に気づき、心配そうな顔を彼女に向けた。

「リエナ、どうかしましたか? 食欲がなさそうですが」

 ルークに声をかけられ、リエナははっと我に返った。

「ごめんなさい、ぼうっとしてしまって。……何かわたくしにご用でしたかしら?」

「いや、疲れたのかと思って……。大丈夫ですか?」

 慌ててリエナは笑顔を作ると、ルークに謝った。

「大丈夫ですわ。ご心配をかけて、申し訳ありません」

 アーサーもリエナを気遣って声をかけた。

「ここ何日も野宿続きでしたから、お疲れになるのも当然ですよ。多分、明日か明後日には町に到着できると思います。もう少しだけ、ご辛抱くださいね」

「そんな……。お疲れなのは、アーサーもルークも同じですわ。こちらこそ、いつも気を遣ってくださって感謝していますのに」

 そう言うと、リエナはこれ以上彼らに余計な心配をかけないよう、少し無理をして、もうひとくちだけ干し肉を口に運んだ。

********

 その夜、毛布にくるまって横になったまま、リエナはまだ食堂の料理の作り方を想像し続けていた。

(お肉の方は何となくわかるわ。狩りで獲物が手に入れば、後は上手に焼けばいいのだもの。これなら旅の途中でもできそうね)

 実際、男二人は時々獲物を仕留めて来てくれた。中には魔物の時もあるが、ルークの話では、ローレシアの騎士団でよく使われた食材らしい。リエナも最初は驚いておそるおそる口にしたけれど、予想よりも臭みもなく、今はもうあまり抵抗なく食べられるようになっていた。ただし、焼くのが男二人の為、しょっちゅう焦がし過ぎたり、中が生焼けだったりしていたのは仕方ないかもしれない。でも、上手に味をつけてうまく焼ければ、もっとおいしく食べられるのは間違いなさそうだ。

(シチューの方はどうかしら? お鍋に水と材料を入れて煮るんでしょうけれど……。駄目だわ、どんな順番に入れたらいいのか、何で味をつけているのか、全然わからない。――やっぱり、わたくしにお料理は無理なのかしら……)

 それでも、リエナは料理に挑戦するのを諦める気にはなれなかった。旅はまだ始まったばかりで、あとどれだけ続くのか、まるっきり見当もつかない。男二人も、一応平気そうにはしているけれど、決して今の食事に満足しているわけでないのもわかる。

(やるだけやってみてもいいわよね。――だって、後はわたくししかいないのだもの)

 その後も、リエナは夜空を眺めながら考えていたが、さすがに旅の疲れが出て、いつの間にか眠りに落ちていた。

********

 二日後、三人は新たな町に到着した。すぐに宿も決まり、荷物を置いてそれぞれ湯を使ってさっぱりすると、部屋で一休みした。

 その後食事に行こうとしたが、今日の宿には食堂はない。その代わりに、宿泊者に厨房を貸してくれ、自由に料理をしたり、外の店で買ってきた料理を食べたりできるようになっている。何かと物入りな長旅をしている客にはありがたい施設であるが、料理ができない三人には無用の長物である。三人は連れ立って町の食堂に出かけた。

「ルーク、お前、どれだけ食べるつもりだ?」

 すごい勢いで次から次へと料理を片づけているルークに、アーサーが半ば呆れ気味の声をかけた。

「いいだろ、たまには。腹減ってるんだよ。さすがに、干し肉と堅パンばっかには飽きたぜ」

「財布の中身も少しは考えてくれ。まだ、道具屋で買い物をしないといけないんだから」

 男二人の遣り取りに、リエナも思わず吹き出していた。

「わたくしもルークの気持ちはわかりますわ。久しぶりのあたたかいお食事は、やっぱりおいしいですものね」

 もともと小食のリエナも今日は食が進むらしい。うれしそうに、季節の野菜を煮込んだスープと焼きたてのパンを口に運んでいる。思わぬ味方に、ルークも我が意を得たりとばかりに頷いて、リエナに同意を求めた。

「リエナも干し肉ばかりじゃあ、つらいですよね」

「正直なことを言えば、そうかもしれませんわ。――ごめんなさい、我が儘を言ってしまって」

 慌てて謝るリエナに、今度はアーサーがかぶりを振った。

「我が儘なんて、とんでもありませんよ。むしろ、毎日不自由な思いをさせてしまって、申し訳なく思っています。僕達のどちらかが料理できればいいんですが……」

 これを聞いて、リエナは思い切って男二人に自分の思いつきを相談してみることにした。

「あの、もしよろしければ……」

「何でしょう?」

 アーサーが柔らかな若草色の瞳をリエナに向けた。

「わたくし、お料理をしてみようと思うのですけれど……」

「リエナが、ですか?」

 思わぬ話の展開に、アーサーは眼を丸くした。

「駄目です。リエナに、そんなことをさせるわけには……」

 慌ててルークはそう言いかけたが、続きの言葉を飲み込んでしまった。彼女が何故こんなことを言い出したのか、その理由は嫌というほど、よくわかるからだ。しばらく考え込んでいたが、おもむろに口を開いた。

「確かに……、もしリエナが料理をできれば、うれしいかも……しれません」

 ルークのこの言葉に、リエナはぱっと顔を輝かせた。

「それでは、挑戦してみてもよろしいかしら? 今夜の宿は厨房がありますし、明日の朝食を作ってみますわ」

「ルークの言う通り、もしリエナが料理を作ってくだされば、僕達の食事はもちろん、財布の中身も助かりますね」

 最初は申し訳なさそうな顔をしていたアーサーもうれしそうだ。

「わたくし、がんばりますわ」

 リエナは笑顔を見せて頷いた。

********

 翌朝、三人は町の市場を歩いていた。この町では、通常の店の他に、露店で新鮮な食材を売る朝市をやっている。道端に、いろいろな種類の生や塩漬けの肉類、今朝採れたばかりのみずみずしい野菜や果物などを売る店が軒を連ねている。朝食の材料を買いに来たらしい近所の主婦たちで大いに賑わっていた。店と盛んに遣り取りする声があちらこちらから聞こえてくる。

 今までほとんどこういった場所に来た経験のない三人には、新鮮な光景である。

「ちょっとちょっと、あんたたち、これ買ってかない?」

 突然呼びかけられ、ルークが振り向くと、露店で店番をしている中年の農婦がにこにこして立っていた。店先には採れたばかりらしい新鮮な野菜やきのこが所狭しと並べられている。物珍しさも手伝って、三人はこの露店に立ち寄っていくことにした。

「あんたたち、旅してんの?」

 この辺りではあまりお目に掛らない、どこか品のある三人組を見上げて、農婦は興味しんしんといったふうに話しかけてきた。

「ええ、昨日この町に着いたんですよ」

 如才なく、アーサーが農婦に柔らかな笑顔を向けた。

「見たことない野菜が多いな」

 ルークも珍しそうに眺めている。

「おいしそうな野菜やきのこですわね」

 にっこり笑って品物を見ているリエナの美貌と上品な物言いに、農婦は驚きを隠せなかったらしい。

「おやまた、大変な別嬪さんだこと。ここにあるのは、ぜーんぶうちの村で採れたもんだよ。どうだい、朝ごはんのスープにしたら、おいしいよ」

「スープ、ですか? 作り方は難しいのではありません?」

 このリエナの言葉に、農婦は大笑いした。

「もしかして、お嬢さん、料理したことない?」

「ええ、恥ずかしいのですけれど、これから始めてみようと思うんです」

「じゃあ、あたしが教えてあげるよ。ここらにある野菜ときのこを適当な大きさに刻んで、鍋で煮て、塩と適当な香辛料を入れれば、それでできあがり。――簡単でしょ?」

 毎日料理をしている農婦にとってはそうかもしれないが、まるきり料理の経験のないリエナには難しく感じる。赤くなって正直にそう言うと、農婦は素直なリエナの態度に好感を持ったらしい。もっと詳しい作り方と、じゃがいもや人参などの根菜類は水から煮ること、きのこからいい出汁がでること、塩漬け肉を入れてもいいこと、香辛料はあるといいが、高価なものだからなくても何とかなる、など料理のこつを丁寧に教えてくれた。

 結局、農婦が勧めてくれた数種の野菜ときのこを購入し、リエナがスープ作りに初挑戦することになった。岩塩は自分達も持っているし、香辛料は料理が上手くできそうなら、その時に購入しても遅くない。

 帰り道、焼きたてのパンとチーズも購入し、三人は宿屋に戻った。宿の厨房はそこそこ空いていた。朝早くに出立する客達は、もう朝食を済ませているからだ。

 リエナは早速スープ作りに取りかかった。役に立つわけでもないのに、男二人もついて来ている。彼女を一人にするのも心配であるし、何か手伝えればそれに越したことはない。

 リエナは自分の荷物から小振りのナイフを取り出した。これは「聖なるナイフ」と呼ばれ、普通は護身用として女性に人気のある品物である。料理に適しているとは言い難いが、ルークやアーサーが持っている料理にも使える万能型のナイフは、彼女の手には大きく、重過ぎる。

 まずは、じゃがいもの皮剥きから始める。何もかも初めてであるから、手つきは危なっかしい。何度も指を切りそうになりながら、それでも少しずつ剥いていった。

 すると、隣で朝食の支度をしていたまだ若い旅の女が声をかけてきた。

「あんた、もしかして料理初めて?」

「あ、はい。そうなんです」

 素直に頷いたリエナに、女は好意的な笑顔を向けた。

「やっぱりねえ。――どうやら、後ろにいる男どもは役立たずみたいだし、あんたが見兼ねて料理を始めたってとこかな?」

 図星を刺されて、リエナは真っ赤になった。アーサーはともかく、ルークはこの女の物言いに腹を立てそうになったが、全部事実なので、何も言えずに立っている他はない。

「大丈夫だよ。あたしだって、最初はなーんにもできなかったんだもん。でもね、人間、必要に迫られれば、なるようになるもんさ」

 そう言いながら、野菜の皮を剥く時のナイフの持ち方を実践して見せてくれた。見よう見まねでリエナもやってみると、なるほど、最初よりもずっと上手く剥ける。うれしそうにナイフを持つリエナの様子に、女も笑顔になった。

「初めてにしちゃ上手いじゃん。この調子なら、あっという間に上達するよ。がんばってね」

「ありがとうございます。何だか、お料理って楽しいわ」

 お礼代りに買ってきた材料を少し渡そうとすると、女はいいからいいからと手を振った。

「そんなん気にしなくていいよ。旅してる者同士、お互いさまだもんね。じゃあ、あたしはもう行かないといけないから」

 そう言い残して、女は厨房を出て行った。

 何とか全部の材料を刻み終わり、教えてもらった通りに鍋に入れて煮る。材料に火が通ったところで岩塩を加え、更に煮込んでできあがりである。期待と不安を胸に鍋の蓋を開けてみると、食欲をそそるいい匂いが立ち昇った。

 見た目も匂いもおいしそうではあるが、実際の味はまだわからない。リエナはおそるおそる味見をしてみた。

「……あ、おいしい、かもしれませんわ」

 ルークがたまらず味見をさせてもらうと、満面の笑みで叫んだ。

「うまい!」

 続けてアーサーもひとくち飲んでみた。露店の農婦が言った通り、きのこから出汁がよく出ていて、香りも味もいい。

「確かに、おいしい。――どうやら、リエナには料理の才能がありそうですね」

 アーサーもうれしい驚きに笑顔を見せた。

 早速、三人はその場で朝食を始めた。献立は野菜スープと、買ってきたパンにチーズだけの質素ともいえる朝食であるが、リエナの初めての手料理である。三人とも、充分に満足できた。

 結局、その日はもう一日、町に滞在することになった。リエナが料理できそうであるから、保存の効く食材を買っておきたいし、リエナも、もう少し厨房で練習したいと希望したからだ。朝食後、三人でもう一度露店に買い物に出かけた。

 既に日も高いせいか、朝市はほとんど終わっていた。しかし、野菜ときのこを買った露店の農婦は、片づけものをしながら、隣の店の農婦と盛んにおしゃべりに興じているところだった。リエナは笑顔で農婦に近づき、丁寧に挨拶をした。

「こんにちは、今朝はありがとうございました」

 リエナの姿を認めた農婦も、笑顔で挨拶を返してくれた。

「おや、お嬢さん、こんにちは。――その様子だと、スープは上手くできたみたいだねえ」

「はい、おかげさまでおいしくできました」

「そりゃあよかった」

「あの、教えていただきたいことがあるのですけれど……」

「何だい? 遠慮なく聞いとくれ」

「これからも、お料理をしてみようと思うのですけれど、わたくしたちはずっと旅を続けないといけないんです。何か、保存の効く食材がないかと思って……」

「ああ、そういうことね。そんなら、干しきのこなんてどうだい? 軽いから持ち運びも楽だし、スープやシチューに入れるとおいしいよ」

 それ以外にも、干し肉や豆を使った簡単な料理をいくつか教えてくれた。リエナは喜んで礼を言い、その場で、農婦の手作りだという干しきのこを購入した。他にも、町の中にある大きな食料品店に寄り、店員に教えてもらって、料理に使えそうな保存食品をいくつか購入した。

 その日の昼食と夕食はもちろん、翌朝の朝食も、宿の厨房を借りて全部リエナが作ってみた。どう見ても初心者としか思えないリエナが、一生懸命料理と格闘している姿を見て、厨房で行き合った旅の女達は親切にいろいろと教えてくれた。リエナも素直に教わり、丁寧に礼を言った。出来上がった料理は、残念ながら最初のスープほどには上手くはできなかったが、リエナは料理の楽しさに目覚めたらしい。これからも作る、と男二人に宣言した。

********

 旅を再開してからも、リエナは料理を続けた。

 もちろん、いつも上手くいったわけではない。肉の焼け具合がわからず焦がしたことも、塩加減を間違えて、ほとんど味のないスープが出来上がったこともある。それでも、焦げたところは削ぎ落とし、スープには塩を足せば、ちゃんと食べられる。この程度の料理でも、干し肉と堅パンだけの頃に比べれば天国だと思えるくらい、今までの食事が酷かったのである。

 努力の結果か、もともと才能があったのか、はたまた男二人――特にルーク――がおいしそうに平らげる姿がうれしかったのか、リエナはめきめきと腕を上げはじめた。今では野宿の時でも、あり合わせの食材で簡単でおいしい料理を手早く作るし、たまに宿に泊まれる時にも、なるべく厨房を貸してくれるところを選ぶようになったくらいである。

 このことは、おいしい食事ができるようになっただけではなく、三人の経済事情にもよい影響をもたらした。王族でありながら、身分を隠す為に普通の旅人と変わらぬ生活を送っている彼らは、決して懐具合があたたかい時ばかりではない。いくらアーサーとリエナが回復の呪文を使えても、薬草や毒消し草は必需品であるし、新しい武器や防具も必要になる。特に、見た目以上によく食べるルークがいると、食堂での食事代も馬鹿にならないほどかかる。そんなとき、リエナが町の市場で新鮮な旬の食材を買い、宿で料理をしてくれれば、ずっと安上がりであるからだ。

 かといって、いつもいつもリエナが料理当番なのも気の毒であるし、各地の名物料理も食べてみたい。財布の事情が許せば、食堂に出かけて食事を楽しんだ。そのときにも、リエナはどんな食材が使われているかじっくりと味わってみたり、機会を見計らって、さりげなく料理人に作り方を聞いたり――食堂の主人など、リエナのような若い美女に質問されて、悪い気がするはずがない――自分なりに研究を重ね、ますます腕を上げていった。

 ルークとアーサーはリエナの料理に大いに満足していた。野宿の時には味気ない食事でも仕方ないと諦めていた彼らにとっては、まさにうれしい誤算である。

(まさか、旅に出てリエナの手料理が食えるとは思っても見なかったぜ。――これからもきつい旅が続くけど、少しは楽しみができたってもんだ)

 ルークは今日も楽しそうに料理をしているリエナに見とれながら、日課の剣の手入れにいそしんでいる。

                                             ( 終 )

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