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         Let’s shopping!

 ある日の昼下がり、ルーク、アーサー、リエナの三人は、到着したばかりの町の目抜き通りを歩いていた。かなり大きな町で、裕福な住民が多いらしく、行き交う人々の服装は洗練され、店に並ぶ商品も高級なものが多い。

「結構、でっかい町だなあ」

 辺りを見回して、ルークがつぶやいた。

「そうだね。この辺りでは、いちばん賑やかな町なんじゃないかな」

 アーサーも同意した。男二人に挟まれるように歩いていたリエナは、ふとある店が眼に入った。

「どうかした?」

 それに気づいたアーサーがリエナに声をかけた。

「少しだけあのお店に行きたいのだけれど、いいかしら?」

 リエナが眼を向けた方向にあったのは、調理器具を扱う専門店である。ルークがリエナを見下ろして言った。

「料理の道具の店か。リエナ、何か欲しいものでもあるのか?」

「ううん、そうじゃないのだけれど……」

 リエナは明らかに遠慮してはいるが、ルークもアーサーも、努力して料理上手になった彼女のおかげで、旅の最初の頃に比べ、日々の食生活が格段によくなったありがたさは身に沁みている。もし、彼女が何か必要だと思えば、購入するのはもちろん賛成である。

「構わないぜ。ちょっと寄ってくか」

 ルークはリエナを促して、店の方に歩きだした。

 三人は店の飾り窓の前に立った。そこには、実用的で美しい調理器具が飾られていた。見るからに切れ味のよさそうなナイフや、華やかな色合いの琺瑯の鍋、様々な色柄の布巾や鍋つかみ、いろいろな形の菓子用の焼き型まで並んでいる。料理好きなら、思わず目移りしそうな品揃えである。

 ただ、かなり高級な店らしく、店内にいる客はみな綺麗な身なりをしていた。一方、今の三人はここ数日続いた野宿のせいで、いささかくたびれた旅姿である。大きな荷物を背負っていることもあり、この格好のまま店の中に入るのはためらわれた。

「ちょっと、入りづらいね。――リエナ、まだ時間も早いし、先に宿を決めて後から出直したら?」

 アーサーがリエナにそう提案した。

「ありがとう、そうさせてもらえるとうれしいわ」

 リエナは頷くと笑顔を見せた。

 店を離れた三人はしばらく歩き、今夜の宿を決めた。荷物を置き、それぞれ交替で湯を使って旅の汚れを落とす。旅装束であるのは変わりないけれど、これで、町のどこを歩いても恥ずかしくない姿にはなれた。

 アーサーが旅の必需品の買い物をするための覚書を書きながら、リエナに話しかけた。

「リエナ、さっきの店で、何を買いたかったのかな?」

「え? そういうわけじゃ……」

「遠慮するなよ。お前が無駄遣いしないのはわかってるからな」

 ルークも助け船を出した。

「こいつの言う通りだよ。今なら、財布も多少余裕があるから」

 男二人に勧められて、リエナはようやく口を開いた。

「できれば、お料理専用のナイフがあれば、って思ったの」

 そもそも、リエナが料理担当になったのは、男二人がまったく料理ができないのを目の当たりにして、あとは自分しかいない、とがんばったからである。幸い、彼女には才能があったとみえて、今ではかなりの腕前になっている。しかし、きちんとした旅用の調理器具を持っているわけではなく、今使っているナイフも、本来は護身用である「聖なるナイフ」で代用している。

「料理専用のナイフ? なんだ、それなら遠慮せずに買えばいい」

 ルークがもっともだとばかりに同意した。

「そうだよ。リエナのおかげで、僕達は飢え死にせずに済んでるんだからね」

 アーサーも笑顔になった。

「いいの?」

 最初は遠慮していたリエナも、男二人にそう言ってもらって、うれしそうだった。

「もちろん。またこれで、リエナのうまい手料理が食えるんだ。安いもんだぜ」

 いちばんリエナの手料理の恩恵にあずかっているのは、間違いなくルークである。おおきく頷いて言った。

「じゃあ、ルーク、リエナに付いていってやってくれ。僕はいつも通り買い物と情報収集に行ってくるから」

 アーサーがルークにそう頼んだ。

「いいぜ。料理用といっても、ナイフだからな。俺が一緒に選んでやるよ」

 ルークは笑顔で引き受けた。

********

 宿の前でアーサーと別れ、ルークとリエナは並んでさっきの店を目指して歩いていた。

「リエナ、悪かったな」

「え?」

「ナイフ。ずっと、使いづらいのを我慢してたんだろ?」

「別に我慢していたわけではないのよ。でも、お料理専用のを見たら、やっぱり使いやすそうだったから……」

「そういうとこ、リエナらしいよな。でも、本当に必要だと思ったら、欲しいって言えよ。リエナのおかげで、アーサーも俺も、まともにめしが食えるんだから」

 そうこうしているうちに、店に到着した。今度はためらわず店の扉を開けて中に入る。店内には、飾り窓にあるよりも、更にたくさんの道具が飾られている。それを見てリエナは眼を輝かせた。こういった品はよくわからないルークも感心して眼を瞠っている。

「たくさんあるなあ。リエナ、ナイフ以外に欲しい物あるか? 例えば、鍋とか」

「本当にいいの? できればもう一回り大きなお鍋が欲しいと思っていたのよ」

「じゃあ、ナイフと一緒に買っていけよ」

 ルークは即答した。自分の大食いのせいで、今使っている鍋一杯にスープやシチューを作っても足りないときがあると、一応は自覚しているらしい。

「ありがとう。でも、このお店では無理よ。ここのは高級品ばかりだし、第一、旅用の物とは形が違うもの」

「それなら、帰りに道具屋にでも寄っていくか」

 二人で話しながら店内を見渡していると、店員の一人が声をかけてきた。

「いらっしゃいませ。今日は何をお探しでしょうか?」

「彼女が使いやすそうな、料理用ナイフが欲しいんだが」

 ルークがリエナを方を見て、そう答えた。

「お嬢様が使われるナイフですね。それでしたら、小振りの物がよろしいかと存じます。どうぞ、こちらへ」

 店員は愛想よく頷くと、二人をナイフの売り場に案内してくれた。

 売り場には、様々な大きさや形のナイフがたくさん陳列されている。その中から、店員が何点か選んで、二人の前に並べてくれた。

「ルーク、これはどうかしら?」

 なかでもいちばん小振りの物を、リエナは手に取ってみた。

「どれ、ちょっと貸してみてくれ」

 華奢なリエナの手にちょうどよさそうなナイフは、ルークの手に渡るとずいぶんとちいさく見える。ルークはためつすがめつして見ていたが、手にしたナイフを戻した。

「やめとけ。悪くはないけど、ちょっと弱い」

 それを聞いた店員が、少々驚いた様子で、ルークを見上げて話しかけた。

「お客様、こちらは充分に長期間の使用に耐えうるかと存じますが……」

「ああ、普通に家の中で使うだけなら、俺も充分だと思う。だが、俺達はずっと旅してるから、もっと丈夫でないと困るんだ。そうそう買い替える物でもないしな」

 そう言って、他のものを一つずつじっくりと吟味し始めた。しばらく真剣な顔で没頭していたが、全部のナイフを戻すと、首を振った。

「どうも、これっていうのがないな。――他のも見せてくれるか?」

「それはもちろん構いませんが……。お嬢様のお手には、少々大き過ぎるかもしれませんよ」

 そう言いつつも、他のもう少し大きめの品も並べて見せてくれた。ルークはさっき以上に真剣な表情で選んでいたが、やがて、笑顔で一振りのナイフを選び、リエナに手渡した。

「これ、どうだ?」

 ルークが選んだのは、最初に店員が出してくれたものよりは少し大きめである。リエナは、内心では自分には重いかもしれないと思ったが、せっかくルークの選んでくれた品であるし、刃物に関しては、彼は間違いなく玄人である。素直に受け取って、手に持ってみた。

「あら……?」

 確かに、最初に自分が選んだものよりは大きくて重い。しかし、それがかえって自分の手にしっくりと馴染む気がする。

「重いかもしれないって思ったのに……、持っていても、全然疲れないわ」

 それを聞いて、ルークは満面の笑みを浮かべた。

「だろ? ナイフは持った時に、どれだけ手に馴染むかがいちばん大事だ。それに、これなら一生使えるくらい頑丈にできてる」

 二人の遣り取りを見ていて、店員はルークのナイフを選ぶ眼の確かさに驚きを隠せなかった。感心した様子で、ルークに話しかけた。

「お客様、実にお目が高い。こちらは、当店でも最高級のお品でございます。お持ちの剣も大変よいものとお見受けいたしました。さすがでございますね」

「まあな。俺にとって、剣は生命を預ける大切なものだから、当たり前だ」

 結局、このナイフを購入することに決めたのだが、店員が告げた値段に、今度はリエナが驚いた。

「ねえ、ルーク。あなたが選んでくれたこのナイフがいいものだっていうのはわかるわ。でも、少しお値段が高過ぎない?」

 またリエナの遠慮が出たのだが、ルークは明るく笑っただけだった。

「確かに、安くはねえよ。でもな、毎日使う道具ってのは、自分で使いやすいと思える、本当にいい物に限る。お前、これからこのナイフでうまいめし作ってくれるんだろ? 期待してるぜ」

 ここまで言ってもらえて、ようやくリエナも購入する気になれた。ルークを見上げ、本当にうれしそうな笑顔をみせた。

「ありがとう、これに決めるわ」

********

 店員に見送られ、二人は次に道具屋に向かった。ルークはナイフを買った店で、大鍋も購入してもいいと思ったのだが、リエナが言った通り、旅専用のものは扱っていないとのことで、代わりの店を教えてもらったのである。

 今度の店は、さっきとは打って変って、いかにも実用本位といった品物を並べた店だった。中年の夫婦二人で切り盛りしていて、大勢の旅人で賑わっている。置いてある商品の値札を見ると、値段も手頃である。

「いらっしゃい」

 気のよさそうなおかみさんが、二人に声をかけてくれた。この店で欲しいのは鍋であるから、今度はリエナの出番である。

「旅の間に使える、大きめのお鍋を探しているんです」

「鍋なら、そっちの奥にたくさん置いてあるよ。気に入ったのあったら、声をかけておくれね」

 おかみさんが指差した方に、様々な大きさの脚付きの鍋が並んでいた。リエナがじっくりと選び始める。ルークも、リエナの求めに応じて、高いところに並んでいる鍋を取ったり、持ち運びに便利かどうか試したり――大きな物なので、間違いなく、ルークの荷物に入れることになるはずである――していた。やがて、リエナが一つの鍋を選び出した。

「これがいいと思うわ」

「決まったか。お、これならたくさんスープでもシチューでもできるな」

 自分ばかり食べ過ぎると、しょっちゅうアーサーに文句を言われているルークである。これで、残りの量を気にせず、好きなだけリエナの手料理を堪能できるのだから、至極ご機嫌だった。

 ルークはおかみさんに買う品が決まったと声をかけた。

「はいよ。――おめでとうね」

 おかみさんはルークから鍋と代金を受け取りながら、彼を見上げて言った。

「へ?」

 ルークには、何がおめでたいのか、さっぱりわからない。

「あんたたち、結婚するんだろ?」

 おかみさんのとんでもない言葉に、ルークは絶句したまま固まっている。おかみさんはにこにこしながらリエナに顔を向けると、大きく頷いた。

「照れなくったっていいよ。とびきりの別嬪さんじゃないの。大事にするんだよ」

「……違いますっ!」

 頬を紅く染めて、リエナが慌てて反論するのが、おばさんには意外だったようだ。

「え? そうじゃないの? ごめんねえ。あんまり仲よさそうに鍋を選んでたから、てっきりそうかと思ったよ」

 おかみさんは豪快に笑うと、持ち帰りやすいように縄をくくりつけた鍋とおつりをルークに手渡した。

 真っ赤になったままの二人が店を出ようとしたところで、おかみさんはルークの背中をこづき、そっと小声で囁いた。

「兄さん、がんばるんだよ。脈はありそうだからねえ」

 道具屋を出た二人は、結局、宿に帰り着くまでひとことも話さなかった。

 アーサーは用事を済ませて部屋に戻っていた。密室で二人きりにならずに済んで、ルークもリエナも内心ではほっと胸を撫で下ろしていたが、アーサーは、顔を赤くしているくせに、どことなく気まずい雰囲気になっている二人の様子で、大体の事情を察していた。それでも、気づいていることをおくびにも出さず、笑顔で二人を出迎えた。

「お帰り。いいナイフは見つかった?」

「ああ、ちょっと張り込んだぜ」

「ずいぶん高価だったのよ。――贅沢しちゃって、申し訳ないわ」

「まーた、そういうことを言う。本当に必要なものなんだから、構わないって言っただろ?」

 ルークは仕方のないやつだ、という顔をしている。

「ルークの言う通りだよ。いい道具が高価なのも当たり前だしね」

「ありがとう、二人とも。これからも、がんばっておいしいお食事、作るわね」

 リエナはすぐにでも腕を振るいたいところであったが、残念ながら今夜の宿では厨房を貸してもらえない。新しいナイフを試すのは後のお楽しみとして、三人は宿の食堂に夕食をとりに出かけた。せっかくなので、この辺りの名物料理を注文する。リエナはいつも以上に、どんな食材をどのように料理してあるか、研究に余念がない。また、新しい献立を思いついたようだ。

********

 翌朝、早めに三人は次の目的地に向けて出発した。

 その日の夜は野宿である。いつも以上に楽しそうに料理を始めたリエナに、ルークは焚火の火を調整しながら尋ねた。

「どうだ? 新しいナイフの使い心地は」

「ええ、とてもいいわ。やっぱり、お料理専用のものは違うわね」

「なら、よかった。砥ぐのは俺がやってやるから、切れ味が悪くなったら遠慮なく言えよ」

「ありがとう」

 ルークはもちろん、アーサーも、リエナのうれしそうな様子に、今夜の食事への期待がおおいに高まった。実際にできあがった料理もいつも以上の出来栄えである。しかも、大鍋も新調したおかげで量もたっぷりある。男二人はいつも以上に食が進み、鍋一杯にあったシチューはきれいになくなった。

 食後、リエナの淹れてくれた香り高い珈琲を飲みながら、ルークは満足そうにリエナに話しかけた。

「今日の晩飯は特にうまかったぜ」

 アーサーも笑顔で同意した。

「本当にね。また腕をあげたんじゃないかな」

 リエナも今日の料理は自分でも上出来だと思っていた。男二人の満足げな顔を見て、にっこり微笑んでいる。

「お道具がいいからよ。――二人には、本当に感謝しているわ」

「それは、こっちの台詞だ。これからも頼んだぜ」

 ルークは笑いながらそう言うと、手にした珈琲をおいしそうに飲み干した。

                                             ( 終 )

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