Sweet dreams
ルークとアーサーが宿の二人部屋で地図を広げ、次の目的地について話しているところに、ノックの音がした。ルークが扉を開けると、リエナが大きな盆を手に立っていた。盆の上には、二人分の珈琲と、リエナの手作りらしいケーキが載っている。
ルークと眼が合うと、リエナは恥ずかしげに眼を伏せた。
「お、ケーキ焼いてくれたんだ」
ルークは思わず笑顔になった。
「え、ええ。よかったら、アーサーと二人で食べてね」
「二人で? お前も一緒に食ってけよ」
「わたくし、ちょっと今のうちに用事を済ませておきたいの」
リエナはそう言うと、盆をルークに渡しただけで、すぐに自分の部屋に戻っていってしまった。
ルークはすこしばかり不思議に思ったものの、ちょうど小腹も空いたところだし、ありがたくご馳走になることにする。早速、机に広げていた地図を片づけ、珈琲とケーキの皿を並べた。
リエナの手作りケーキは二種類あった。一つの皿にはチョコレートケーキ、もう一つには刻んだ胡桃を焼き込んだものが並べられている。
「うまそうだな」
ルークが胡桃のケーキに手を伸ばそうとしたが、アーサーがそれを遮った。
「お前のは、こっちだ」
アーサーはチョコレートケーキの皿をルークへ押しやった。
「なんでだよ」
ルークは不服そうな顔を見せたが、アーサーはそれには答えず、胡桃の方を一切れつまむ。ルークもチョコレートケーキをほおばると、さっきとは打って変わって、満面の笑顔になった。普段は甘いものを一切口にしない――もっとも、リエナの手作りのお菓子だけは例外であるが――ルークの好みに合わせてか、ぎりぎりまで甘味をおさえてあり、ほろ苦さが珈琲によく合って、いくらでも食べられそうだった。
「やっぱ、リエナの手作りはうまいな。アーサー、お前も食えよ」
ルークはそう言ったが、アーサーは笑って首を振った。
「僕は遠慮しておくよ。それは『お前専用』だから」
「どういう意味だ?」
「今日が何の日か、忘れたのか?」
アーサーはルークに呆れたような視線を向けた。
「……あ、そ、そう言うこと、か……」
ルークは急にしどろもどろになった。ここまで言われて、ようやく今日がバレンタインだということを思い出したらしい。アーサーの前に置こうとしていたチョコレートケーキの皿を、慌てて自分の方に戻し、無言でもう一切れ口に入れた。
「あとでリエナにお礼を言っておけよ。――さりげなく、ね」
アーサーは笑いを噛み殺しながら、ルークに助言した。
***
そして、一月後。ある町で、ルークとリエナは並んで歩いていた。例によってアーサーは情報収集に出かけ、二人はちょっとした買い物をしに、道具屋へ行くところである。
町は何故だか、若い男女の二人連れが多い。しかもみな恋人同士らしく、仲睦まじく手を繋いだりして歩いている。普段は恋人同士の行事などに疎いルークも、さすがに今日がホワイトデーであることはわかっていた。リエナに何か贈り物をしたいし、アーサーが早々と二人を置いて出かけていったのも、気を利かせてくれたからだとも気づいている。
ルークはさっきからずっと、リエナと手を繋ごうかどうしようか、迷っていた。バレンタインのしばらく前に晴れて恋人同士になっていたものの、なんとなくリエナが嫌がるのではないかと、いらぬ遠慮をしているのである。
実は、恋人同士になって間もなく、こんなことがあったのである。ある町の宿で、自分達の部屋を訪ねてきたリエナがあまりに可愛くて、ルークは問答無用で抱きしめていた。しかも、扉をきちんと閉めていなかったために、その後すぐに部屋に戻って来たアーサーに、しっかり見られてしまったのである。
ルークは多少照れくさかったものの、まるっきり気にしてはいなかったが、もともと恥ずかしがりのリエナは真っ赤になって、ルークの身体を押しやり、小走りで自分の部屋に戻っていってしまった。ルークが後からアーサーに「扉くらいきちんと閉めておけ。そうしてくれれば、僕もそれなりの対応をする」と、呆れられたのは言うまでもない。
ルークが隣を歩くリエナを見下ろすと、どことなくいつもよりもうつむき加減な気がする。やっぱり嫌がられそうだと、ルークはどうしてもリエナの手を取ることができず、そうこうするうちに、目的の道具屋に到着してしまった。
道具屋の店内は、そこそこ混み合っていた。おなじみの薬草や毒消し草といった必需品などのほかにも、可愛らしいお菓子や趣味のものも置いている。特に今日はホワイトデーであるから、贈り物用の品もいろいろと並べてあって、ここでも若い男女の二人連れが数組、楽しげに買い物をしている。
ルークはまず、薬草と毒消し草をいくつか手に取った。そして、さりげなさを装い――と自分では思っていても、実際はまるっきり逆なのであるが――ホワイトデーの贈り物の置いてある棚の前に移動すると、思い切ってリエナに声をかけた。
「おい、リエナ。こっち来い」
「なあに?」
「このなかで何か、欲しいものあるか?」
リエナの頬が薄紅に染まった。
「本当にいいの?」
「ああ。どれでも好きなの、選んでくれ」
リエナはしばらく迷っていたが、やがてあるちいさな品物を指差した。
「わかった。これだな」
ルークは笑顔で頷くと、その品物を手に取った。
店の帳場にいるまだ若い女将は、ルークから品物を受け取ると、薬草と毒消し草の袋とは別に、ホワイトデーの贈り物を可愛らしい紙袋に入れてくれた。
「お幸せにね」
女将は二人に向かって、にっこり微笑んでそう言ってくれた。ルークとリエナも、女将に笑顔を返した。
店を出ると、ルークはリエナに贈り物を手渡した。
「ルーク、ありがとう」
リエナははにかみながらも、とてもうれしそうだった。
「お前が喜んでくれたら、俺もうれしいよ」
今度はルークもごく自然にリエナの手を取り、そのまま手を繋いで、宿への道を歩き始めた。
(終)
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