溺れゆく


 窓の外から入り込む冴え冴えとした月の光に照らされた室内――浅黒く逞しい身体と抜けるように白い身体とが絡み合う。寝台の上で豊かに広がるプラチナブロンドの巻き毛が揺れるたび、月の光を受けて煌めいた。

 静寂のなか、濃密な空気は熱を孕み、くぐもった喘ぎがかすかに聞こえてくる。

 身体を重ねたまま、ずっと貪るようなくちづけを続けていたルークが、ようやく唇を離した。

「ルーク……もう……許して」

 息も絶え絶えに、リエナが訴えた。菫色の瞳には、わずかに涙が滲んでいる。

「……許す、って何をだ?」

 リエナの上でゆっくりとした動きを止めないまま、ルークの声が無常に響く。

「だって……、このままじゃ……もう」

「もう……どうなる?」

 ルークは言うなり、最奥を突き上げた。たまらず、リエナが声をあげる。しかしその直後、いきなりルークは動きを止めてしまった。知らず知らずのうちに、リエナの唇から言葉が零れでる。

「……意地悪」

「俺が、いつお前に意地悪をした?」

 リエナはルークの問い掛けで、自分が何を言ったのかようやく気づいていた。無意識とはいえ――無意識だからこその自らの言葉のはしたなさに、身の置き所がないほどになっている。そんなリエナの姿をじっと見つめたまま、ルークの声が降る。

「どうして欲しい?」

 リエナは羞恥のあまり、顔を逸らし、目を閉じてしまう。ルークは何も言えなくなっているリエナの耳朶に唇を近づけ、熱い吐息とともに囁いた。

「お前が何も言わなければ、ずっとこのままだ」

 ルークに追い打ちをかけられてもまだ、リエナは必死に抵抗を続けている。

「……仕方ないな」

 ルークが呟くと同時に、無骨な指がリエナの華奢な肩にまとわりつく髪を払いのけた。露わになった首筋にほんのわずか、触れるか触れないかほどに指を滑らせる。リエナは切なげに身をよじった。観念したように瞳を閉じたまま、聞き取れるかどうかというほど、ちいさな声で答える。

「……お願い」

「聞こえないぜ。俺の目を見て、もっと大きな声で言うんだ」

 再びルークの指がリエナに触れた。指は首筋を離れ、豊かなふくらみの輪郭をそっとなぞっていく。

 溜め息にも似た喘ぎとともに、菫色の瞳がようようルークに向かって開かれた。うるみを帯びた瞳と懇願するかのような表情のなまめかしさに、今度はルークの方が衝動を抑えるのが難しくなっていた。それでも、どうしてもリエナの口から言葉を聞きたい。ルークは鋼の自制心にものを言わせ、かろうじて動きを止めたまま、ひたと菫色の瞳を見据えていた。

 リエナはまた眼を逸らしてしまった。ルークもこれ以上言葉で攻めることはせず、リエナを見つめたまま、待ち続ける。

 やはり、先に根負けしたのはリエナの方だった。

「……お願い、やめないで」

 涙声で訴えるリエナに、ルークの口の端に満足そうな笑みが浮かぶ。

「いい子だ」

 再びルークが動き始める。同時に、リエナの悲鳴にも似た声があがった。ルークも、もう抑える気などさらさらない。容赦なく攻め続け、激しさを増すにつれ、リエナの声はかすれ、言葉は意味をなさなくなっていく。

 リエナはルークに縋り付き、逞しい背中に爪を立てた。その直後、ひときわ高く、リエナの声が歓喜を告げた。

***

 ルークは、リエナを見下ろした。薄闇に浮かびあがる肌は、余韻がまだ醒めていないのか、ほんのりと染まったままである。

 目に映るのは、きめ細かな肌に散る、いくつもの紅い花びら。

 夜毎、増えていく花――リエナがルークのものだけである証。花びらを纏い、瞳を閉じて無防備に横たわる姿態は、たとえようもないほどに、美しくなまめかしい。

 リエナを凝視しながら、ルークは初めて二人きりで過ごした夜を思い出していた。

 何ひとつ知らないリエナ。けがれない、新雪のようにまっしろな肌――そこへ、初めて足を踏み入れることを許されたのだ。

 柔肌にそっと触れた時、リエナは不安げに身体を震わせた。長い時を経て、ようやく自分だけのものになる――愛おしさに、息が詰まりそうだった。

 まさに、至福の時だった。

 何もかもがたまらなかった。初めて見せる表情も、唇から零れでた、初めての声も。

 その後も、夜毎こうして抱くたび、愛しさは募るばかりである。恥じらいながらも懸命に応えようとしてくれる――リエナのそのぎこちなさがまた、いじらしい。

 毎夜、愛を交わし、身体を重ねることに慣れていくにつれ、リエナは更に美しくなっていった。きめ細かな肌はいっそううるおい、まるで極上の練り絹のように、ぬめるような光沢を放つようになっている。触れれば、しっとりとてのひらに吸いつき、抱き込めば、それだけで天に昇るかと思うほどに心地よい。

 互いの肌が馴染んだ今も、リエナが恥じらうのは変わらない。必死に声を抑え、涙を溜めて乱れまいと懸命に抵抗する。けれど、それは儚く潰え、やがて耐え切れずに髪を振り乱し、最後には歓喜の声をあげるのだ。

 自分だけが見ることを許される姿。自らの手で、自分の色に染めていく歓び。

 それがルークを、さらに駆り立てる。

***

 ルークの視線に気づいたのか、薄くリエナの瞳が開かれた。うるみを帯びた菫色の瞳が深い青の瞳を捉えた――たまらず、ルークは再び華奢な身体を抱きすくめる。全身で感じるしっとりと絡みつくような素肌の感触――それだけで、ルークはまた力を取り戻しつつある自分を自覚していた。

 ――抱けば抱くほど、また欲しくなる。溺れているとしか、言いようがない。

 ルークは自嘲めいた笑みを浮かべた。が、それはすぐに消え去った。

 ――リエナのこの身体と瞳に抗えるわけがない。それならば無駄な抵抗などせず、とことん味わい尽くすまでだ。

 雪の肌に散らされる、あらたな紅い花びら。

 ――誰にも渡さない。誰にも触れさせない。自分だけの記憶を、この身体と心に刻み続ける。

 ルークは、はやくも息を乱し始めたリエナに囁きかける。

「……リエナ。お前は俺だけのものだ」

(終)

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