新緑の閃光
「……ギラ」
アーサーの左手から、新緑の緑色の光が溢れ出る。光は瞬く間に幾筋かの閃光に姿を変え、一体の魔物に向かって走っていく。
閃光が標的を捉えた。ぐるりと光の軌跡が標的を囲んだ瞬間、炎が上がった。
***
「流石だな」
大剣を背中の鞘に戻しながら、ルークが言った。けれど、アーサーは特に答えず、いつもの笑みを唇に浮かべているだけである。
「二人とも、怪我はないわね?」
後方で支援していたリエナが確認した。
「ああ、大丈夫だ」
「僕も何ともないよ」
「それならよかったわ」
「行くぞ」
ルークが先頭を切って、歩き出した。
***
「お、飯ができたな。今日もうまそうだ」
ルークは拾い集めた薪を傍らに置くと、焚火の前にどっかりと腰を下ろした。
三人はようやく今夜の寝場所を確保して、野宿の準備を終えたところだった。眼の前の焚火の大鍋で、リエナ手作りのシチューがあたたかな湯気を上げている。
ルークはリエナからシチューの皿を受け取った。早速口にすると、満面の笑みを浮かべた。
「うまい。やっぱりお前の手料理が最高だ」
「ありがとう。たくさん食べてね」
「ああ、お前も早く食えよ」
「ルークの言う通りだ。リエナも早く自分の分を確保しないとだめだよ。でないと、この大食いがあっという間に全部平らげるから」
「うるせー。うまいんだから仕方ないだろうが」
ひとしきり食事を楽しんだところで、リエナがアーサーに話しかけた。
「ねえ、アーサー」
「何かな?」
「あなたの閃光の呪文についてなんだけれど」
「僕の呪文?」
「ええ。前から独特じゃないかしらって思っていたのよ」
「たしかに、そう……かもしれないね」
「独特? そういや、アーサーの閃光の呪文は他のやつのとは違う気がするな」
魔力を持たないルークも気づいていたらしい。リエナは頷いて、説明を始めた。
「そうなのよ。普通は手元でほんの一瞬光が閃くだけで、すぐに炎に変わるわよね。でもアーサー呪文は閃光の状態のまま長く走っていって、標的を捉えて初めて炎になるの。わたくしも大勢の魔法使いの閃光の呪文を見てきたけれど、こんなふうなのはアーサーだけなのよ」
「なるほどな」
「アーサー、あなたのことですもの。この独特の効果は、何か理由があるのではなくって?」
「……鋭いね。やっぱりリエナは他の魔法使いと違うよ」
アーサーは眼を瞠って、説明を始めた。
「僕の場合、剣と魔法とを同時に使うのは二人とも承知していると思うけど、標的となる魔物はそれを知らない。むしろ、剣を持っているから、攻撃は剣が主体だと思われる可能性が高いよね」
「確かにそうだな。下等なやつはともかく、知能の高い魔物ならそう考えるだろうよ」
「だからこそ、剣と併用する魔法が有効になるんだ」
「剣で攻撃すると見せかけて、もしくは実際に攻撃をして、実は魔法もって、わけか」
「そういうこと」
リエナも納得顔でちいさく頷いた。
「だから、アーサーの詠唱も独特なのね。きちんと呪文を詠唱しているはずなのに、一見何もしているようには見えないもの」
「そう言われてみればそうか。相手にしてみりゃ、剣だけかと思って油断した瞬間に魔法も喰らう――たまったもんじゃねえな」
「あら、それだけじゃないのよ」
「まだ他にも何かあるのか? 俺からしたら、剣と魔法とが同時にくるってだけで勘弁してくれって思うが」
「剣で攻撃しながら同時に魔法の詠唱、これはアーサーにしかできないと思うわ。詠唱は精神を集中しないととてもできないし、無理しても精神に負担がかかるばかりで、肝心の威力は激減してしまうもの。おまけに、剣を装備しているから杖を使わないわよね。杖なしであれだけの効果をあげることだって、とても難しいもの」
通常魔法の詠唱時は杖を使う。杖は自らの魔力を高め、制御するためには必須のものだからである。魔法戦士はアーサーの他にも大勢いるが、みな剣か魔法かどちらかが主体で、残りの一方は補助的に使うことになる。アーサーのようにどちらも使いこなせる魔法戦士は稀有な存在と言っていい。
「そういや、リエナ、お前は杖を掲げるとその場から動いてないな」
「動かないのではなくて、動けないのよ。それだけ集中しないと発動できないもの。特に攻撃魔法はそうよ」
「じゃあ、アーサーはよっぽどすごいってことか」
「ええ。とても素晴らしいわ。ある意味、魔法専門の魔法使い以上の詠唱技術の持ち主だものね」
仲間二人の遣り取りに、アーサーが苦笑を漏らす。
「なんだか、そこまで褒めちぎられると……ね」
「こういう褒め言葉くらい、素直に受け取っとけ」
真顔で言うルークにリエナも同意する。
「ルークの言う通りよ。わたくしも魔法使いの一員として、あなたから学びたいと思うことがたくさんあるわ」
ここまで言われても、正直アーサーは面映いだけでなく、若干の居心地の悪さも感じていた。けれど、今は素直に礼を言っておくことにする。
「わかった。……二人ともありがとう」
***
その後、火の番をルークに任せ、アーサーは横になっていた。消耗しているはずなのに、今夜はなかなか寝付けない。
一つ寝返りを打って、今夜仲間二人と交わした会話を思い出していた。
(二人にあんなふうに思われていたとは――意外だね)
実際のところ、アーサーはルークとリエナの二人に引き比べて、自分の能力が半端な物だと感じていたのである。
ルークの剣は、もはや彼の右に出るものはいないと言っても過言ではない。ルークの剣は重く、しかも鋭く素早い。力だけでなく、純粋な技術も相手との駆け引きも、何もかもが一流と呼ぶにふさわしいものだった。
リエナも同じだった。魔力そのものは、既に歴代のムーンブルク王家の魔法使いの誰よりも強大になっている。華奢な身体からは想像もつかないほどの魔力には圧倒されるばかりだった。そればかりか回復も補助もと、豊富な呪文を使いこなす姿は、まさに生まれながらの魔法使いとしかいいようがない。
(僕のこの中途半端な能力も、あの二人の補助をするという点では意味があるのかもしれないね)
アーサーは薄目を開けると、ルークの方をちらりと見遣る。ルークは黙々と日課である剣の手入れに勤しんでいた。アーサーはルークに気づかれないよう、そっと息をはく。
(――僕は僕ができる、精一杯の役割を果たせばいい。そのための努力は惜しまないよ)
ようやく穏やかな眠りが訪れそうだった。
(終)
※補足
Twitterで行われているDQ小説同盟さま主催の『DQ版深夜の真剣文字書き60分一本勝負』第16回で書いたものです。
60分では書けず、倍の2時間かかったためエア参加でサイトのみのアップとしました。
お題は、トルネコ、ムーンブルク王女、シドー、ギラ系、バロンの角笛、みえっぱり
このうち、メインお題にギラ系、サブにムーンブルク王女を選びました。
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