自覚 −2−
翌朝、リエナは自然な目覚めを迎えることができた。ムーンブルク襲撃以来、初めてのことである。よく眠れたせいか、昨日の身体の疲れも癒えている。
(悪夢を見ずに済んだのだわ。……やっぱり、昨夜ルーク様に慰めていただいたおかげなのね)
起き上って、身支度を整える。髪を梳く為に部屋の鏡を覗いてみると、いつもより心なしか顔色がよい気がする。ずっと重苦しいばかりだった心も、わずかだが軽くなったのも気のせいではないようだ。
ちょうど支度が済んだ頃、扉をノックする音が聞こえた。扉を開けるとアーサーが立っていた。優雅な仕草で朝の挨拶をする。
「おはようございます。リエナ姫」
「おはようございます」
リエナも挨拶を返したが、アーサーには、彼女の表情がなんとなく曇っているように見えた。
(……? もしかして、ルークじゃなくて僕が来たから残念だったのかな? ルークのやつは、姫を迎えに行くのを何となく嫌そうにしてたし……)
リエナはアーサーに付き添われ、彼らの部屋の前まで行った。扉を開けてもらい、中に入ると、ちょうど正面に立っていたルークと眼が合う。リエナは昨夜のことを思い出して、ほんのわずか頬を紅く染めて、うつむいてしまった。ルークも慌てて眼を逸らしたばかりか、心なしか顔まで赤くなっている。
ルークはぎこちなく、朝の挨拶をする。
「おはようございます、リエナ姫。あの……、昨夜はよくお休みになれましたか?」
言ってしまってから、自分の気遣いのなさに気づき、ルークは慌てた。
(しまった! 昨夜リエナ姫は、うなされて目を覚ましたんだ。それを知っててこんなことを聞くなんて、大失敗じゃないか!)
ルークがますます赤くなる。リエナはうつむいているので、ルークの様子には気づかない。こちらも頬を染めたまま、答えた。
「おはようございます。昨夜は……おかげさまで、よく眠れましたわ」
この二人の様子に、アーサーは昨夜の自分の予想が正しかったのを確信したが、同時に今後何も問題が起きなければいいが、と不安を感じたのも事実である。
その後、昨夜と同じように二人部屋で食事をとる。食事が始まりしばらくすると、リエナが恐る恐る切り出した。
「あの、お二方にお願いがあるのですが……」
「何でしょうか?」
「その、姫というのはお止めいただけませんでしょうか? どこで聞かれるかわかりませんし……。リエナ、と名前で呼んでくだされば結構ですわ」
「それでは、あまりに失礼かと……」
この言葉にルークは一瞬躊躇したが、思い直したように大きく頷いた。
「でも確かにおっしゃる通りです。姫……失礼しました、リエナの身分が他人に知れてしまっては、元も子もありません。でしたら、リエナ……も、私達を名前で呼んでいただけますね」
「承知しましたわ。ルーク、アーサー。あらためてよろしくお願いいたします」
そう言うと席に着いたまま、優雅に一礼する。ルークはその姿に思わず見惚れた。しかし、無理やり表情を元に戻し、いたわるような視線を向けた。
「リエナ、今日から当分の間ご不自由な思いをさせますが、できるだけのことはしますので」
「お心遣い、感謝します。ご迷惑ばかりおかけするとは思いますが、できるだけことはするように努力いたしますわ」
アーサーもリエナを気遣い、優しく言い聞かせた。
「決してご無理をなさらないでください。もしお御足が痛むようでしたら、私が回復の呪文をかけますので」
「ありがとうございます。回復でしたら、わたくしもできますし……」
「――これは失礼いたしました。ムーンブルク王家直系の姫君であられるのですから、当然でしたね」
「とんでもありません。わたくしなど、まだまだ未熟ですもの。ですけれど、お二方もお怪我をなさった時には、どうぞおっしゃってくださいませね」
そう言うと、花がほころぶような、それでいてどこか寂しげな笑顔を見せた。
***
朝食後、リエナは部屋に戻ると旅立ちの支度を整えた。真新しい魔道士の杖を見つめながら、人知れず新たな決意を胸にしていた。
(ムーンブルクの復興……。わたくしに課せられた、使命。その為にしなければならないことは、ただひとつ……)
(終)
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