Tea break
ある日の昼下がりのこと。ルークは宿の部屋で何をするわけでもなく、窓から外を眺めていた。
三人は昨夜遅くこの町に到着し、宿屋に泊って久し振りにゆっくりと休息を取ることができた。午前中に手分けして買い出しを済ませ、昼食後いつも通りアーサーが情報収集に出かけたが、ルークは今は情報待ちで特にすることもない。リエナも昼食の後片付けのために厨房に行ったまま、まだ戻ってきていない。
ルークは手持ち無沙汰だったが、リエナ一人を宿に残して自分だけで出かける気にもならず、仕方なく部屋で待っていた。
しかし、リエナはなかなか帰って来なかった。いつもの心配性が出たルークは待ちくたびれたこともあって、迎えに行こうと部屋を出た。
ルークが厨房を覗いてみると、リエナはせっせと何かを作っている。昼食はさっき済ませたばかりで、夕食の支度にはまだ早いはずだ。けれど、あまりに楽しそうなので、ルークは声をかけてみた。
「何作ってんだ?」
「あら、ルーク。ビスケットなのよ。今朝買った胡桃と干し葡萄を入れてみたの。日持ちもするし、ちょっとつまむにはいいかしらと思って」
そう答えてにっこりと微笑むリエナは、天板に出来上がった生地を並べているところだった。
「へえ、リエナ、こんなもんまで作れるようになったんだ」
「さっきね、たまたま行き合った人に教えてもらったの。これで後は焼くだけ。でも、もう少しかかるから、お部屋で待っていてくれる?」
「いや、俺も退屈だし、お前一人残して出かけるのもなんだから、ここで一緒に待っててもいいか?」
「もちろんよ。――じゃあ、お茶を淹れるわね」
天火にビスケット生地を入れると、リエナはお茶の用意をして、傍らにある食卓にルークと向かい合って座った。お茶を片手に二人で話し込んでいるうちに、いい匂いが漂ってくる。
「そろそろ焼けたころね」
リエナは天火の扉を開けると、天板を取り出した。その上にはたくさんのビスケットが並んでいる。荒く刻んだ胡桃と干し葡萄をたっぷり焼き込んだ素朴なものだ。
「――あ、ごめんなさい」
リエナが急に申し訳なさそうな顔をした。
「へ? お前、別に謝るようなこと、してないぜ」
「だってあなた、甘いお菓子は好きじゃないでしょ?」
ルークは基本的には好き嫌いなく、何でも食べる。ただし甘いものだけは苦手で、ローレシア城でもいつも食後のデザートを断り、王宮の菓子職人たちを嘆かせてきたのである。
「まあな。でも何だかうまそうだ。試しに一つ食ってみてもいいか?」
眼の前の焼きたてのビスケットからは、食欲をそそる香ばしい匂いが立ち昇っている。ルークはその匂いの誘惑に負けたらしい。
「あなたがそう言ってくれるなんてうれしいわ。――熱いから気をつけてね」
さっそくリエナはいくつか皿にのせて差し出した。ルークは一つつまむと、無造作に口に放り込んだ。
「どう?」
リエナがちょっと心配そうに、ルークを見上げている。
「うまい。俺こういうの全然駄目だと思ってたけど、これはいける」
満面の笑みで頷くと、もう一つ取って口にした。
「よかったわ」
「お前も食ってみろよ」
リエナも味見をしてみる。こういったお菓子を作るのは初めてであるが、自分でもなかなかうまくできていると思った。
「ルーク、お茶をもう一杯いかが?」
リエナはこぼれるような笑顔を向けた。
「ああ、頼む」
ルークも笑顔で空になったマグカップを差し出した。
今度は焼きたてのビスケットをお供に、楽しいお茶の時間になった。普段の旅の生活では滅多にない、貴重なくつろぎのひとときである。
***
しばらくしてアーサーが情報収集を終えて宿に帰ってきた。部屋に戻ろうとした途中で、厨房からよく知った声が聞こえてくる。覗いてみると、ルークとリエナが楽しそうにおしゃべりに興じている。アーサーの口元に思わず笑みが浮かぶ。そのまま声をかけることなく、気づかれないようにそっと部屋に戻っていった。
***
そして次の町でのこと。アーサーは買い出しついでに、地元の名物だというお菓子を買ってきていた。
「俺にも一つくれ」
宿の部屋で一人珈琲を飲んでいたルークは、紙袋の中を覗くとそう言った。袋に入っているのは、数種類の木の実を焼き込んだ素朴な焼き菓子である。
「お前が自分から甘いもの食べるって言うなんて珍しい」
ちょっと眼を瞠ってアーサーが紙袋を差し出すと、ルークは一つ取って口に入れた。しかし、どうも微妙な顔をしている。
「どうした?」
「うまくねえんだ。――とにかく、甘い」
アーサーは自分も味見をしてみる。
「そう? 僕はおいしいと思うけど」
「なんでかな? この間リエナが作ってくれたビスケットはうまかったのに」
ルークは口直しのつもりか、珈琲を飲むと首を捻った。
「それってさ、お前の場合、リエナが作ってくれた菓子だから、おいしいってことだろう?」
アーサーの言葉にルークは考え込んだふうに見えたが、しばらくしてぼそりとつぶやいた。
「――当たってる、気がする。まあ、いいや。別に菓子食わなくったって、どうってことないし」
どことなく気まずそうに珈琲を飲み干したルークの姿に、アーサーは内心で笑いをかみ殺していた。
(終)
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