旅路の果てに
第12章 番外編
雪
トランの村は冬ごもりの季節を迎えていた。
リエナは村の用事で出かけるルークを送り出した。今日は珍しく雪もやみ、雲の切れ目から、やわらかい日差しが顔をのぞかせている。
リエナは暖炉の前の長椅子にゆったりと座り、冷やさないように膝掛けをかけると縫い物を始めた。
今縫っているのは、寝台の上掛けである。今年の冬のはじめに完成したものとほぼ同じ意匠であるが、大きさは半分ほど――あらたに迎える家族のためのものだった。
産まれるのは夏の盛り。実際にこの上掛けを使うのは来年の冬になるのであるが、いざ産まれてしまえば当分は落ち着いて針を持つことも難しくなる。時間のあるうちに親子お揃いで作っておきたくなったのである。
針を動かしながら、リエナはこの村に来てからの日々を思い出していた。
***
――わたくし達が初めてこの村を訪れた時、季節は秋。
この居間に立って、ルークのそばにずっといられる喜びに震えた日のことは忘れられない。
決して許されない罪を背負っていながらも、何もかもが幸せに満ちていた。
ほんのわずかな行き違いから、ルークと思いがすれ違ってしまった日々もあった。初めて正面からぶつかった、昨年の初雪の日。互いの想いが通じ合った歓びに震えた、あの夜。ずっと寄り添って過ごした、長い冬。
それなのに、冬の終わりに悲しい出来事がわたくし達を襲った。けれど、二人で手を取って乗り越えることができた。
春が来て、夏が来て、また秋が来て、すべてはもう過ぎ去ったこと、やっとそう思えるようになった。今はこうして、こころ穏やかに過ごすことができる。
――そして迎えた二度目の冬。
今、わたくしの胎内には、新しい生命が宿っている。愛おしい、ちいさないのち。
***
針山に針を戻し、そっと手を当ててみた。すこしずつ目立ち始めたおなかを撫でていた手がふと止まる。いつもと違う内部の感触に、リエナの表情が変わった。
――動いた……?
すこしばかりの驚きと、あふれるほどの愛おしさ――まぎれもない、子の誕生を待ち望む母親の慈愛に満ちた微笑みである。リエナは思わず、両手でそっとおなかを包み込んだ。
――早くあなたに会いたい。この腕に抱いて、あなたのいのちの重さを確かめたい。
その時、玄関の扉を叩く音が聞こえた。
リエナはルークを出迎えるために席を立つ。ゆっくりと、転ばないように。
――おなかの赤ちゃんがたった今はじめて動いたのよと伝えたら、ルークはどんな顔をするのかしら。
リエナの菫色の瞳が柔らかな光を帯びる。
――とても喜んでくれるに違いないわ。そしてしっかりと抱きしめて、くちづけしてくれるのよ。わたくしと、ちいさないのちとの両方に。
***
いつのまにか、また雪が降り始めていた。
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