旅路の果てに
第14章 3
リエナは幸い産後の肥立ちもよく、順調に回復していった。ラビばあさんはもちろん、エイミをはじめとした、村の女達もかわるがわる、赤ちゃんと母になったリエナの顔を見がてら、手伝いに来てくれている。
アレンもとても元気だった。まだ一日の大半を眠って過ごしているが、起きている時には、ちいさな手と足をぱたぱたとよく動かしている。時折大きなあくびをしたり、身体を伸ばしたり、見ていて飽きない。
リエナが食事の後片付けをしているとき、ルークは隣の食卓の椅子に腰掛け、アレンを抱いてあやしていた。
「なんだか面白いな。こんなちびの癖に、やることは一人前なんだから」
ルークがちいさな顔を覗き込んだ。抱っこもだいぶ慣れてきたのか、それなりには様になっている。リエナも幸せそうに微笑んだ。
「本当にそうよね。赤ちゃんがこんなに表情豊かだとは思わなかったわ」
「……なんとなく、なんだが、俺に似てる気がしてるんだが」
「あら、なんとなくじゃなくて、とってもあなたに似ていると思うけれど?」
リエナは洗い終わった皿を拭きながら、話を続ける。
「黒髪みたいだし、瞳の色も深い青でしょう? ただ、すこしだけアレンの方が明るいかもしれないわね。でも、よく似ているのは間違いないわ。瞳の色もだけれど、おばあちゃんからも村のみなさんからも、大きくて身体つきもしっかりしているっていつも言われるもの」
「やっぱり、そうか……」
ルークが珍しく語尾を濁している。
「ルーク、自分に似ているのがそんなに気になるの?」
「いや、気になるっていうよりも、不思議な気がしてな」
「不思議、って?」
「自分とよく似た存在が、目の前にいるのがなんか信じられないっていうか……うまく言えないんだが」
聞きようによっては父親らしからぬ発言である。けれど、リエナの方は特に気にしたふうもなく、頷いて言った。
「あなたの言いたいこと、何となくだけれどわかる気はするわ」
「わかるのか?」
「ええ」
リエナはゆったりと微笑むと、話を続ける。
「それにわたくし達、こんな近くで赤ちゃんと接したことがなかったでしょう? そのせいもあるのではないかしら」
リエナの言う通りだった。二人ともこれまで身近に赤ちゃんどころか、幼児のいる生活を送った経験がない。王族であり、常にお付きの大人達に囲まれて育ってきた。また、リエナには兄しかいないし、ムーンブルクでは王族女性は成人まで公式の場に出ない。普段接するのは乳母をはじめとする、側仕えだけなのである。
一方、ルークには弟が二人いる。しかし、腹違いであるうえに、義母はルークにやたらと敵愾心燃やしていたから、弟達が成人するまで、公式行事以外ではまったくといっていいほど交流がなかった。
もちろん、二人とも遊びや話相手となる貴族の子弟の友人はいたが、いずれも同い年かやや年上ばかりである。そういう事情もあって、毎日が新たな発見ばかりだったのだ。
「見てて飽きないのも不思議だよな」
「本当に。毎日があっという間に過ぎてしまうわ」
今の、この穏やかな日々に辿り着くまでの苦労は計り知れなかった。だからこそ、幸せな時間は二人にとって、かけがえのないものである。
リエナが、そっとアレンのやわらかな頬に触れた。
「アレン、いい子ね。あなたが大きくなるのが楽しみよ」
声をかけられて、アレンはじっとリエナを見つめてきた。まだはっきりと見えてはいないのだろうが、それでも自分にとって大切な存在であることはわかるらしい。うれしそうに声をあげた。
「あ、笑った」
ルークもつられて、白い歯を見せた。
「いいか、アレン。強い男になるんだぞ」
アレンは、今度はきょとんとした顔をしていたが、急に泣き出した。ルークは突然のことに驚いたらしい。思わず手から落としそうになって、慌てて抱き直した。
「嫌われたのか……?」
半ば呆然としているルークに、リエナはちいさくかぶりを振った。
「お腹が空いたのね。大丈夫よ、アレンはあなたのことが大好きだから、心配しないで」
そう言ってにっこりと微笑むと、ルークに代わってアレンを抱っこした。
***
アレンが満腹して、満足げにちいさなあくびをして再び眠ったころ、ラビばあさんが様子を見に訪ねて来てくれた。ちいさなこども用の寝台で眠るアレンの顔をいつも通りの満面の笑みで眺めた後、新米の両親に話しかけた。
「どうじゃ。アレンの様子は」
リエナもうれしそうに頷いて答える。
「ええ、とても元気よ」
「それは何より。リエナちゃんも産後の肥立ちは良さそうじゃが、今は無理は禁物じゃよ。まだまだ当分は夜中に何度も起きなならん。昼間アレンが眠っている隙に、すこしでも睡眠をとっておかないともたんからの」
「はい、わかったわ」
その後、リエナはラビばあさんに診察をしてもらう。順調に回復していると確認できたら、恒例のお茶の時間である。今日はラビばあさん特製のお茶の他、手作りの焼き菓子を持って来てくれていた。アレンは、今度はラビばあさんに抱っこされている。ついさっきまですやすや眠っていたのだが、今は起きて機嫌もよく、時々可愛らしい声をあげている。
ばあさんがアレンの顔を覗き込んだ。まるで実の曾孫のように可愛くてたまらないらしい。
「アレンの瞳の色はルークとよう似ておるな。ただ同じ深い青というても、アレンの方が、やや明るめというところかの」
「おばあちゃんもやっぱりそう思う? ついさっき、ルークとその話をしたばかりなのよ」
「ほうか。髪も黒髪のようじゃしの。父親似なのじゃ間違いなさそうじゃの」
リエナはうれしそうに頷いている。
「わたくしもそう思うのよ」
「ほんに、よい色をしておるわい。青い瞳の持ち主はすくなくないが、ここまで深くて鮮やかな色の持ち主はそうそうおらん」
「……ばあさん、どういう風の吹き回しだ?」
「何がじゃ」
「珍しく、俺のことを褒めてないか?」
「何を言うておる。わしは、おまえさんのではなく、アレンの瞳の色を褒めたんじゃ。勘違いするでない」
平然とそう言い放つと、今度はアレンに向かって話しかける。
「アレンもそう思うじゃろ?」
「どうも調子狂うな」
ルークは苦笑した。こういった遣り取りはばあさんとは日常茶飯事だが、舌戦となると勝てた試しがないからだ。リエナも見慣れた光景であるから、ゆったりと微笑んでいる。
「二人とも、相変わらずね」
リエナはかろやかな笑い声をあげた。
「わたくしは、アレンがルークに似ていてうれしいわ」
「しかしそうなると、リエナちゃんは大変じゃ。動き回るようになると、ちーっともじっとしとらん腕白坊主になるじゃろうて」
そう言って、笑いながらルークを見た。ルークも苦笑しながら同意した。
「ひでえなあ、と言いたいとこだが、まあそうなるだろうな」
「おまえさんもしっかり相手をしてやればいいんじゃよ。男の子は父親と遊ぶのを、ことのほか喜ぶでの」
その後も日が落ちるまで、居心地のいい居間には大人達の談笑とともに、時折可愛らしい声が混じっていた。
***
アレンはすくすくと育っていった。普通よりも発育が早いのか、あっという間に首が座り、寝返りを打ち始める。何か興味を引く物があったのか、ルークそっくりの青い瞳でじっと見つめていることもある。どんどん重くなっていくのも、若い両親にはうれしいことだった。
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