旅路の果てに
第6章 11
ルークとリエナはきさらぎ亭の食堂に戻った。昼時なので店内は混んでいる。主人も今は厨房で腕をふるっているようだ。ジェイクももう来ていて、待ちかねたように近づいてきた。
「よう、ここのやつから話は聞いたぜ。受けてくれるってな。ありがとよ、恩に着るぜ」
気の早いジェイクの言葉にルークは苦笑した。
「おいおい、まだ受けるって言ってねえぜ? 俺はこいつと相談するって言っておいたはずなんだが」
「え? じゃあ、駄目ってことか?」
「だから、人の話は最後まで聞け。相談するって言ったんだ。この話、乗らせてもらうつもりだ」
「何だ、心配させないでくれ。じゃあ、早速……」
早くも立ち上がろうとするジェイクを、ルークが引きとめた。
「条件がある。これを呑んでくれたら、受けさせてもらう」
「条件? ……難しいことか?」
不安そうな顔をするジェイクに、ルークは辺りを見渡すと真剣な顔つきで言った。
「すこしばかり込み入った話になる。できたら、他人の耳のない場所で話したい。一旦、ここを出ないか?」
「条件とやらを人に聞かれたくないってわけか」
「そうだ」
「それなら、ここの家の居間を借りたらいい。――ちょっと待っててくれ」
ジェイクは立ち上がって、厨房に居るきさらぎ亭の主人に話しに行った。すぐに戻ってくると、二人に向かって手招きした。
「こっちだ。ついて来てくれ」
ジェイクは勝手知ったる様子で、食堂から続く、きさらぎ亭主人家族の家に足を踏み入れた。
「今は宿も食堂もかきいれ時だから、うちの中には誰もいない。盗み聞きされる心配はないから、安心してくれ」
三人はあらためて、居間で向かい合って座った。早速ジェイクが話を切り出した。
「あんたらの条件を聞かせてくれ」
ルークは頷いて答えた。
「最初に言っておく。俺達は理由ありだ」
「理由あり?」
「そうだ。はっきり言えば、追われてる。だから、俺達がトランの村に住むってことは、村で匿ってもらうのと同じ意味になる」
「……追われてるって、あんたら、いったい何をやらかしたんだ?」
ジェイクは不安そうな表情になった。昨日はうちの村なら隠れ住むのにちょうどいいと言ったものの、面と向かってこう告げられると、やはり心配になるらしい。
「詳しい事情は話せない。話せというのなら、この話は断る」
そうルークにはっきり言われて、ジェイクは難しい顔で考え込んだ。
「わ、わかった……。これ以上は聞かねえよ」
しばらくして、ジェイクはようやく答えた。ルークも話を続ける。
「俺達が追われている身だと承知してもらったうえで、素情についても一切詮索しないこと。それから、俺達がトランで暮らすようになったことは、村の外の連中へは他言無用だ。村の人間の身内にも、ほとぼりが冷めるまで当分の間は話さないで欲しい。特に、ここの主人と女将にはきっちり釘を刺しておいてくれ。その代わり、村には絶対迷惑をかけない。これは約束する。わずかでも追手の気配を感じたら、俺達はすぐに姿を消す。もし村で丸一日、俺達二人の姿が見えなくなったら、その時には家に置いてある持ち物はすべて処分してくれ。――これが、条件だ」
ジェイクにとっては、予想以上に深刻な話だった。それでも、納得はしてくれたらしい。一つ頷くと、確認した。
「条件はそれで終わりか?」
「そうだ。なにしろ俺達は……」
ルークはここでわざと言葉を濁した。傍から見れば、つい口が滑ったかのようである。
「やっぱり……、昨日俺が言った話は本当だったんか?」
ついさっき、これ以上の事情は聞かないと言ったばかりにもかかわらず、ジェイクは恐る恐る聞いてきた。ルークの読み通りである。
ルークは肯定も否定もしなかった。代わりにわずかに狼狽した表情を――これも言うまでもなくわざとであるが――見せる。そのせいか、ジェイクの方は、自分の想像が正しかったのだと確信したらしい。表情からありありとそれがわかる。
同時に、ルークの表情と態度にただならぬものを感じたのか、それ以上は追及してこない。ジェイクも真面目な表情でしばらく考え込んでいた。
「兄さん、それならこっちも条件をつけさせてくれ」
ジェイクがようやく口を開いた。
「ああ、言ってみてくれ」
「正直なことを言えば、あんたらがどういう素性で、どんな事情で追われているのか、気にならないって言ったら嘘になる」
「当然だな。俺でもそう考える」
ルークは頷き、続きを促した。
「でもよ、こっちも用心棒がどうしても必要だ。だから、そっちの条件を呑むぜ。その代わりにだが、村のみんなにもあんたが元は騎士様で、ご主人のお嬢様に惚れて手に手を取って駆け落ちしてきた――そう説明しておきたい。あんたらの追われてる本当の理由と合ってるかどうかは関係ない。みんなを納得させることができれば、これ以上余計な詮索をするなって釘を刺しておける」
「俺達にも、話を合わせてくれってことだな?」
「話が早くて助かるぜ。――そういうことだ。このことは、トランの村のまとめ役として俺があんたと交わす契約だ」
「その条件なら、こちらも呑む」
ルークが答えると、ジェイクがルークを見据えてきた。
「あらためて、あんたに依頼する。トランの村の用心棒を引き受けて欲しい」
ジェイクの声は真剣そのものだった。
「わかった。この話、受けさせてもらう」
「そうか、……ありがとうよ」
一気に気が抜けたのか、ジェイクは明らかにほっとした表情になった。
「ああ、こちらこそよろしく頼む」
ルークも表情を緩めると右手を差し出した。ジェイクも破顔して、握手を交わす。
「よかった。これで村のみんなも安心して暮らせるってもんだ。本当にありがとうよ。――そういや、まだ名前を聞いていなかったな」
「ルークだ」
「リエナです。これからお世話になります。よろしくお願いいたしますわ」
「ルークにリエナちゃんか、こっちこそよろしく頼むぜ」
「もう一つ、話しておきたいことがある」
「何だ? まだ他にも条件があるのか?」
「そうじゃない。トランにとっては、間違いなく有利な話のはずだ」
わけがわからず、また不安な顔をするジェイクに、ルークは笑顔で言った。
「リエナは魔法使いだ。回復や解毒の呪文が使える」
思いもよらぬ話に、ジェイクの眼が大きく見開かれる。
「……リエナちゃんが、魔法使い? 傷を治したり、解毒ができる?」
「ああ、そうだ」
「じゃあ、うちの村のみんなが怪我したり、毒蛇に噛まれたら、呪文で治してくれるのか!?」
「そうだ」
「一回、いくらだ?」
大真面目に聞くジェイクに、ルークが噴き出しそうになる。代わりにリエナが答えた。
「そんな、代金なんていただけませんわ。トランに住まわせていただくのですもの。わたくしの呪文でお役に立てるのでしたら、いつでもおっしゃってくださいね」
ジェイクはみるみるうちに満面の笑顔になった。魔法使いの数は少なく、治療や解毒の依頼には多額の費用がかかる。だから、普通の庶民には呪文での治療など無縁の話である。それが、無料でいつでも治療が受けられるのだという。トランの村にとって、まさに思いがけない幸運だった。
「ルーク、あんたは果報者だな。こんな別嬪で、しかも呪文まで使える女房なんて、世界中どこ探してもいねえぜ」
「だから言っただろ? 最高の女だって」
相変わらずののろけ振りに、ジェイクは笑ってルークの背中をひとつ叩いた。
「俺は村を代表して、あんたらを歓迎する。ひとまず食堂に戻って飯にしよう。今日は俺の奢りだ。何でも好きなもんを注文してくれ」
一緒に昼食をとりながら、二人はジェイクからトランの村についていろいろな話を聞かせてもらった。食事が終わり、明日の昼にここで待ち合わせる約束をして、店の前で別れた。
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