聖なる夜のちいさな奇跡  −1−

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「えらく賑やかだな。なんか、祭りでもやってるみたいだ」

 ルークは周囲を見渡してつぶやいた。

 間もなく年も暮れようとする冬のある日の夕方、宿に荷物を置いた三人は、到着したばかりの街の目抜き通りを珍しそうに眺めながら歩いているところである。

 街全体が華やかな色彩にあふれている。あちらこちらに鮮やかな赤と緑の大きなリボンが飾られ、店の扉には、(ひいらぎ)の枝を大きな輪に巻いて、その上に思い思いの装飾を施した玄関飾りが掛けられている。

 こどもたちが作ったらしい雪だるままでもが、赤や緑の帽子をかぶったり、襟巻を巻いたりして、愛敬を振りまきつつ、笑顔で鎮座しているのもおもしろい。

 厳しい寒さにもかかわらず、行き交う人々は思い思いの晴れ着に身を包み、こころなしかみなうきうきとしていて、いかにも楽しげな雰囲気である。

「ねえ、あれを見て」

 リエナが眼で促した方に、ひときわ眼を引く飾りを施した店があった。三人は吸い寄せられるように、その店の飾り窓の前まで歩いていく。

「素敵ね……」

 飾り窓を覗き込んで、うっとりとリエナがつぶやいた。そこには、大きな(もみ)の木が置かれている。枝には、様々な色や形の美しい飾りがたくさんぶら下げられ、更に木のいちばん上に飾られた星が、店内の灯りを受けて、きらきらと輝いている。

「おもしろいね。本物の木にあんなふうに飾りをつけるなんて」

 アーサーも興味深そうに眼を瞠っている。

「ちょっと寄ってくか?」

 ルークも珍しいのか、アーサーとリエナを誘ってみた。彼らが笑顔で頷いたのを確認して、ルークは店の扉を開けた。

 店に一歩足を踏み入れた瞬間、どこか懐かしい空気に包まれた。

 古い道具類を専門に扱っているらしい。小振りの家具や、食器といったものがたくさん陳列されている。ここにも、深い赤と緑を基調とした飾りがあちらこちらに施されていた。外の通りよりもやや控えめな色合いであるのが、この店の品のある、しっとりとした雰囲気によく調和している。

「いらっしゃい。おや珍しい、旅の人だね?」

 落ち着いた中年の店主が穏やかな笑顔で三人を出迎えた。

「ええ、さっき着いたばかりなんですよ。ところで、今日は何か祭りでも? 店も通りも賑やかなのに驚いていたところですよ」

 アーサーが尋ねた。

「今夜は年に一度の聖誕祭なんだよ」

「聖誕祭、ですか?」

 続けてアーサーが質問する。サマルトリアで各地の風習などを研究していた彼も、聞いたことがない祭りだった。

「この街に古くから伝わる祭りでね……」

 そう言って、簡単に由来となった伝説について語ってくれた。精霊ルビスを信仰するロト三国とはまた違う、この土地独自の話である。

「とても興味深いお話でした。僕達は遠い土地から来ましたが、こういった伝説を聞くのは初めてです。ありがとうございました」

 アーサーは店主に丁寧に礼を言った。伝説を聞かせてもらったことだし、せっかくの機会でもある。たまには何か記念になる品を買うのもいいかもしれない。そう考えた三人はゆっくり店内を見ていくことにした。

 古い道具類を扱っている店らしく、磨き込まれ、つややかな飴色に輝く小型の卓の上には、繊細な絵付けを施された磁器の茶器や、銀製のスプーンなどが陳列されている。その他にも、代々の持ち主に愛されてきたらしい宝石箱や装身具が飾られていて、この店の主人の趣味の良さを物語っている。

 リエナは店内の品物を一つ一つ、じっくりと見てまわっていた。

 今は目的を持った旅の途中である。激しい戦いの日々の中で、こういった趣味の品を眺める機会はまずない。ここにある品物は、王族のリエナの眼から見れば、決して豪華なものではないが、大切に使い込まれてきたものだけが持つ、あたたかで、懐かしい空気を纏っている。それが、今のリエナにはたいそう心地よく感じられた。

「あら……?」

 店の片隅にひっそりと飾られていた、ちいさな品物が、リエナの眼を引いた。

「どうした?」

「あ、ルーク。これを見て」

 リエナが手に取って見せてくれたものは、精緻な彫刻を施された、ちいさな銀の鈴だった。かなり古いものらしく、リエナの手の上で、落ち着いた鈍色(にびいろ)の光を放っている。

「鈴? これが何か気になるのか?」

 ルークには何故この鈴がリエナの注意を引いたのかわからない。リエナはすこし首を傾げると、手の中の鈴をじっと見つめながら、ゆっくりと話し始めた。

「この鈴には、魔力が宿っている気がするの」

「魔力?」

「ええ。そんなに強いものではないけれど、持ち主を守護する力があるみたいね」

 アーサーも気がつき、二人に近づいてくる。

「何か面白いものでもあった?」

 リエナはアーサーに鈴を見せた。

「あれ? この鈴……」

「アーサーも感じる?」

「わずかだけど、守護の力があるね」

「へえ、さすがは二人とも魔法使いなだけあるな。俺は何にも感じないぜ」

 ルークが感心したように、二人の仲間と鈴を交互に見遣った。

 三人が鈴を囲んで話し込んでいるのを見て、店主が声をかけてきた。

「おや、その鈴の魔力を感じたのかい? みんなそろって、魔法使いなのかな?」

「俺は違いますが、仲間二人はそうです。――やっぱりこの鈴にはそういう力が?」

 ルークが三人を代表して店主に尋ねた。

「そうだよ。これは『魔除けの鈴』といって、この辺りでは昔、旅人のお守りとしてよく持って歩いたものだ。もっとも今では迷信だと言われて、実際に買う人はは滅多にいないがね」

「具体的に、どういった効果があるんですか?」

 アーサーが興味しんしんといったふうに質問した。

「主な効果は、魔物と遭遇したときに、呪文で眠らされたり、魔法を封じられたりしにくくなる……といったところかね。必ず防げるわけじゃないが、かかりにくくなることは間違いない」

「わたくしはすこしだけ魔法をたしなみますが、この鈴の魔除けの効果は本当だと思いますわ」

「それなら、持ってたら役に立つな」

 金額を尋ねると、大して高価ではない。買っておいて損はなさそうだった。

「じゃあ、これ買っていくか。一つだけだから、リエナが持っていればいい」

「え? でも……」

 リエナとしては、魔力が皆無のルークにこそ持っていて欲しいのである。

「もし、それぞれに入り用だったら、確かあと二つあったはずだよ」

 店主がそう声をかけてくれた。

「本当ですか?」

 リエナがぱっと顔を輝かせた。

「しばらく待っててくれるかい? 倉庫を確認してみるから」

 店主が姿を消し、三人はあらためてリエナの手に乗っているちいさな鈴を見つめた。

「このちいさな鈴に、そんな力があるなんてな」

「この街で魔除けの鈴に出会えたのも、何かの縁かもしれないね」

「今までとても大切にされてきたのね。この鈴の魔力はとてもあたたかく感じるわ」

 ほどなくして店主が笑顔で戻ってきた。手には、鈴がもう二つある。

「あったよ」

 リエナとアーサーがそれぞれ鈴を観察する。施された彫刻の模様が少しずつ違うだけで、あとは形も大きさも同じである。

「この二つも、まったく同じものだね。――リエナはどう思う?」

「わたくしもそう思うわ」

「三人分あって、よかったな」

 三人は魔除けの鈴を購入することに決めた。

 代金を払ったところで、一人の婦人が扉を開けて入ってきた。店の落ち着いた佇まいにしっくりとなじんでいるうえに、店主に親しげな笑顔で話しかけたところをみると、店主の妻らしい。

「あら、あなたたち。その鈴を買ってくれたの?」

 三人がそれぞれ手にしている魔除けの鈴を見て、店主の妻が声をかけてきた。

「魔除けになると伺ったので。僕達はまだこれから旅を続けますから、いい買い物ができました」

 アーサーが如才なく笑顔を向けると、店主の妻もうれしそうに微笑んだ。

「ありがとう。その鈴の魔除けの効果は本物よ。あたしのおばあちゃんが魔法使いで、いくつも集めていたの。大切な形見だから最初は売るつもりはなかったんだけど、少しでも旅人のお役に立てたらと思って、一つだけ手許に残して、あとはお店に出したのよ。――あら?」

 何かに気づいたようにアーサーとリエナをじっと見つめてきた。

「――若草色の瞳のあなたと、そちらの綺麗なお嬢さんは魔法使いね?」

「わかりますか?」

 アーサーがちょっと驚いたように眼を瞠った。

「ええ。あたしも若い頃にすこしだけ修業を積んだことがあるのよ。でも、たいして魔力がなくて、ものにはならなかったけど」

 そして、若い三人を眩しそうに見つめると、心からの笑みを浮かべて言った。

「あなたたちみたいな人にその鈴を買ってもらえてよかったわ。大切にしてね」

 店主夫婦に見送られて三人が店を出ると、既に日は暮れていた。そろそろ夕食時である。例によってルークが空腹を訴え、このまますぐ食事に行こうと話が決まった。

********

「は? 宿の食堂もやってないって?」

 宿の主人にルークは問い返していた。店からの帰り道にある食堂は全部、臨時の休みだったのである。最後の頼みの綱にも見放されてしまったわけだ。

「そうなんだよ。代わりに教会で、聖誕祭のパーティがあるんだ。ほとんどみんなそれに出席するから、あんたたちもどうだい? 今夜しか食べられないご馳走がたくさん出るよ」

「でも、招待されてない人間が行ったら、迷惑だろ?」

 ルークがそう聞いたが、主人は笑って否定した。

「誰でも入れるよ。教会の入り口で決まった額の寄付金を払えばいいんだ。旅人なら大歓迎さ」

「どうする?」

 ルークは振り返って、後ろに立っているアーサーに尋ねた。

「いいんじゃない? こういった地方独特の行事に参加できるなんて滅多にない機会だし、たまには息抜きもいいと思うよ」

 以前から各地の風習にも興味があるアーサーは、既に乗り気である。

「リエナは?」

「わたくしはどちらでも。あなたたちに合わせるわ」

「……どうするかな」

 アーサーと違って、ルークは華やかな席を好まない。ご馳走には大いにそそられるものの、今一つその気になれないらしいが、主人の方が熱心に誘ってきた。

「そっちのお兄さんが言う通り、こんな機会なかなかないよ。ダンスもあるし、大人もこどももみんなで楽しめるから」

「え、ダンス?」

 ルークはダンスが苦手である。思わず渋い顔をした。

「お嬢さんが行ったら、ダンスの誘いがすごくてもてもてだろうね。男なら誰だって、こんな別嬪さんと踊れる幸運は逃したくないからね」

 ルークにとって、この主人の台詞は聞き捨てならないものだった。見れば主人は、ルークの後ろにいるリエナがさっきから気になって仕方ないらしい。もしかしたら主人自身がリエナと踊りたくて、熱心に誘っているのかもしれない。そう思ったルークはアーサーに向かって言った。

「アーサー、お前一人で行ってこい。俺とリエナは留守番する。――リエナ、それで構わないか?」

「わたくしは構わないわ」

「でもルーク、食事はどうするんだ? 街の食堂でやってる店はあるのかな?」

「食堂は全部休みだよ。教会に行かない人はみんな、自分の家で家族と過ごす習慣だから。留守番するなら、今夜の夕食は抜きになるね」

 宿の主人にあっさりそう言われて、ルークはますます渋い顔になった。

「仕方ねえな。……俺達も行くか」

 やはりルークは空腹にだけは勝てなかったようだ。


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