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俺の女   −1−
 ルーク、アーサー、リエナの三人は、夜更けにようやく目的地に到着した。

 やっとの思いでたどり着いたというのに、雰囲気はどこか殺伐として、町そのものの佇まいも、今まで訪れた場所とは大きく違っていた。

 到着した時刻が遅かったせいもあるのだろうが、今彼らと同じ道を歩いているのは、荒っぽい雰囲気の屈強な男達や、けばけばしい化粧をして、露出度の高い衣服を身につけている女ばかりだった。

「とにかく、早く今夜の宿を決めよう」

 アーサーがルークに言った。こういう中では、どこか品のある若い三人の姿は変に目立つ。ルークとアーサーの男二人だけならともかく、リエナのような若い美女を、こんな物騒な場所で長い時間歩かせるわけにはいかない。

 事実、男達はリエナの姿を認めると、遠くからでも声をかけてくるし、商売女も、リエナが一緒にもかかわらず、ルークとアーサーにはっきりと媚を含んだ秋波を送ってくる。リエナの方も、初めて見る商売女に驚き――リエナもおぼろげながら、彼女達が何を生業としているのかは、わかったらしい――また、ルークとさほど変わらないほど大柄な男達の姿に、怯えた様子を見せていた。

 ルークとアーサーは、リエナの姿をなるべく晒さないよう、しっかりと両脇を固めて歩いていった。幸い、その後あまり歩くことなく宿屋が見つかった。既に夜も更けていたため、一部屋しか取れなかったものの、宿自体はきちんとしたところである。鍵を受け取りながら、アーサーが宿の主人に、この辺りで今から食事ができる店があるかどうか、聞いてみた。

「そうだな。今の時間からだと、ここのすぐ向かいにある店くらいかね。玄関を出たら、灯りがついてるからすぐわかる。結構うまいものを食わせてくれるよ」

 言われてみれば、宿の向かい側に一軒だけ灯りのついた店があったのを思い出した。アーサーは続けて主人に尋ねた。

「その店は、酒場なんでしょうか?」

「いや、遅くまで働いてる客相手の食堂で、酒場ってわけじゃあない。まあ、この町でこんな夜更けまでやってる店だから、もちろん酒も出してるがね。――ああ、そっちのお嬢さんの心配をしてるわけか」

 宿の主人はリエナに視線を向けてくると、納得がいったらしく頷いた。あらためてリエナの気品ある美しさに驚いたようだ。

「こんな別嬪さん連れなら、そりゃあ心配にもなるわな。でも、遅くまでやってる酒場なら他にもたくさんあるから、酒が呑みたかったり、他の目的があるやつらはそっちに行くはずだから、よっぽどのことがない限り、大丈夫だとは思うがね」

「わかりました。ありがとうございます」

 アーサーは如才なく礼を言った。

********

「どうする? これから向かいの食堂に行ってみる?」

 部屋に入り、荷物を下ろしながら、アーサーがルークに尋ねた。

「そうだな、宿の主人の言い分を信じて行ってみてもいいかもな」

 ルークも頷いた。

「そうだね。ここの向かいなら、店まで歩く間、リエナを人目に晒さずにも済むし」

 ここに到着するまでに思った以上に日数がかかったせいで、手持ちの食料は乏しくなっている。店に行くのが危険なら、今夜は残りの干し肉で我慢するしかないが、そうでなければあたたかい食事を取りたい、というのが三人の本音だった。

 結局、向かいの店に行くことに決め、三人揃って宿の玄関まで来たところで、アーサーがルークとリエナに言った。

「僕はこれから情報収集に行ってくる。すぐに後を追うから、二人で先に行っててくれ」

「こんな時間から行くのか?」

 ルークは驚いていたが、アーサーはどうやら何か気になっていることがあるらしい。口の端に、不敵な笑みを浮かべた。

「今だからこそ、得られる情報もある。――ルーク、リエナを頼んだよ」

「ああ、任せとけ」

********

 ルークとリエナが食堂の扉を開けて入ってみると、如何にも働き者といった感じの中年の女将が出迎えてくれた。店内はそこそこ混んでいて、宿の主人が言った通り、客に酒も出しているが、みな料理を食べながら賑やかに呑んでいる。ルークはこれなら大丈夫だと判断し、リエナを促して奥の席に行くと、向かい合って座った。

 出てきた料理も悪くなかった。豆と塩漬け肉、根菜類をふんだんに使った煮込みである。疲れた身体にあたたかい食事は、やはりおいしいものだった。

「これ、いけるな」

 ルークがせっせと煮込みを口に運びながら言った。

「ええ、おいしいわ」

 そう言って笑顔を見せるリエナの様子に、ルークも最初は迷ったけれど、店に来てよかったと思っていた。

 そろそろ食事も終わりかけたが、アーサーはまだ店に姿を現さない。

「アーサーのやつ、遅いな」

「本当ね。アーサーのことだから、大丈夫だとは思うけれど……」

 リエナが心配そうに答えたが、ルークは笑って首を横に振った。

「心配ないぜ。あいつをどうにかできるやつなんて、絶対にいないから大丈夫だ」

 ルークの言う通り、余程凶悪な魔物でもない限り、アーサーの敵ではない。ここら辺りを徘徊している荒くれ男程度なら、剣を抜くこともなく、あっさりと片付けられる。アーサーは力は相手に及ばなくとも、動きが素早く、どこをどう攻撃すれば相手の戦力を殺ぐことができるかを熟知しているからである。アーサーを見た目だけで判断し、細身で優しげな容姿だからとなめてかかると、後悔する破目に陥るのは間違いない。

 ルークとリエナがアーサーを待たず、先に宿へ帰るか、もう少しここで待つかを迷っていると、店の入口で、女将と酔っ払った客らしき男との押し問答の声が聞こえてきた。

「ちょっと、あんた。ここは、あんたみたいなのが来る店じゃない。さ、帰っとくれ」

 食堂の女将にとって、こういった客は疫病神以外の何者でもない。当然のことながら、追い返そうとした。

「……るせえ。俺様は立派な客だ」

 しかし、酔っ払いの男は女将の制止を振り切って、酒臭い息を吐きながら店の中に入ってきた。既に相当出来上がっているらしく、顔は真っ赤で、足取りも覚束ない。

 ルークは咄嗟にリエナの姿を自分で隠そうとした。しかし、男はすぐにルークとリエナに気がついたらしい。口の端を上げると、二人の方に近づいてきた。

「リエナ、帰るぞ」

 ルークがリエナを促した。リエナもちいさく頷くと、ルークに続いて立ち上がった。

「ちょっと待ちな」

 男はひどいだみ声で二人を呼びとめた。こんな酔っ払いに関ったら面倒なことになると、二人とも無視して通り過ぎようとした。しかし、男は狭い通路の真ん中に立ちはだかり、両手を広げて、二人が通れないよう塞いでしまった。

 男はしまりのない笑みを浮かべている。

「いい女、連れてるじゃねえか」

 ルークは男の視線から守るように、リエナを自分の背後に隠した。

「俺達はこれから帰るところだ。そこをどいてくれ」

 無駄な騒ぎを起こさないよう、穏やかに言ったにも関わらず、男はルークの言葉が耳に入っていないらしい。お構いなしにリエナの顔を覗き込むと、舌舐めずりせんばかりの視線を向けてきた。

「へえ、こりゃあ、とんでもない上玉だ。ここらにいる女どもなんぞ、束になっても敵わねえな。――細っこいと思ったが、どうしてどうして、いい身体してるじゃねえか」

 リエナはルークの背後でぎゅっと眼をつむり、下を向いて少しでも男の視線から逃れようとしている。

「こんな若造より、俺様の方がよっぽどいい思いさせてやるぜ」

 酔っ払いは下卑た笑い声を漏らすと、太い無骨な手をリエナに伸ばそうとしてくる。すかさず、ルークが男の手を払いのけた。

「彼女に触るな」

 酔っ払いの男はどうやらこの辺りでは札付きのならず者らしい。この男相手に一歩も引かないルークの様子を、他の客は固唾を呑んで見守っている。女将はこの隙に、用心棒も兼ねている自分の亭主を連れてきていたが、他の客と同様、事の成り行きに驚いていた。もし喧嘩沙汰になって、店を壊されてはたまったものではないが、ルークは落ち着き払ったままで、その心配はなさそうである。結局、他の客と一緒に、店の入り口近くで成り行きを見守っている。

 男の方も、まさか抵抗されるとは思ってもみなかったらしい。少しばかり驚いたように払いのけられた手をさすりながら、ルークに濁った目を向けた。

「兄ちゃん、けちけちすんなよ、減るもんじゃなし。ちょっと貸してくれや」

「お断りだ。相手が欲しいなら、他を当たれ。外に出れば、いくらでもいるだろうが」

 ルークはリエナの姿を背に隠したまま言い放った。けれど、決してリエナに触れることはしない。男はそのことに気づくと、何かに合点がいったらしく、にやりと口の端を上げた。

「――なんだ、貴様の女ってわけじゃねえんだな。そんなら、遠慮はいらねえ。俺様がじっくりとかわいがってやるぜ」

 ルークは男の言葉を肯定も否定もせず、淡々と言い返した。

「他の客にも迷惑だ。今すぐ店を出るんなら、何もせずにおいてやる」

「言ってくれるじゃねえか。俺様が誰か、知らんらしいな」

「酔っ払いに、知り合いはいねえよ」

「聞いて驚け、俺様は……」

 ふんぞり返って名乗ろうとした男の言葉を、ルークは途中で遮った。

「興味ねえな。もう一回だけ言う。――失せろ」

 ルークは男を見据えた。殺気に近いほどの鋭い視線に、一瞬酔っ払いはたじろいだが、かえって刺激してしまったようだ。男の濁った目にも、剣呑なものが混じり始めた。

「おもしれえ。――この俺様とやるってのか?」

「俺は失せろと言ったはずだ」

「貴様、その背中のでっかい剣は、飾りもんか?」

 男はせせら笑った。けれど、その程度で挑発に乗るようなルークではない。どうやってこの男を店から放り出そうか、思案を巡らせはじめたちょうどその時、男は懲りずにまたリエナに手を伸ばしてくる。今度はルークも遠慮せず、男の手首をがっちりと捕まえた。

「よっぽど痛い目みたいらしいぜ……」

 そのまま無造作に力を籠める。鈍い、嫌な音がした瞬間、男の絶叫が響き渡った。


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