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旅路の果てに
―― わたくしは、何のために戦ってきたのでしょうか ――


序章


「世界の平和を祝して、乾杯!」

 ローレシア城の大広間で、凱旋を祝う宴が始まった。

 宴に招待された貴族達は、大神官ハーゴン、破壊神シドーを倒して凱旋した、ロトの血を引く若き英雄達の登場を、今か今かと待ちかまえていた。

 彼らの期待が最高潮に達した時、広間の扉が開けられた。

 ローレシアの王子ルークは、ともに戦った仲間であるムーンブルクの王女リエナの手を取る。サマルトリアの王子アーサーがもう一方の手を取り、三人並んでゆっくりと広間の中央に向かった。

 貴族達は、彼らの姿に揃って眼を瞠った。

 ルークは19歳になる。剣技で鍛え上げられた逞しい長身を青い礼服に包んでいた。その姿は精悍で、ロト三国の宗主国で騎士の国でもあるローレシアの王太子にふさわしい、堂々とした佇まいである。

 アーサーも19歳。ルークとは対照的に、優雅に整った容貌が洗練された雰囲気を醸し出し、若草色の瞳は深い知性に輝いている。

 最後に貴族達の視線はリエナに集中した。17歳の王女の美しさに誰もが驚きを隠すことができない。一斉に彼女を讃える溜息が漏れた。

 まるで月の女神が舞い降りたような姿だった。

 光を受けて煌めくプラチナブロンドの巻き毛、極上の白絹のようにすべらかな肌、薔薇色の頬と唇が匂い立つように美しい。なかでもひと際印象深いのは、長い睫毛に縁取られた菫色の瞳。まるで夢を見ているかのようなその瞳で見つめられれば、誰もがたちまち虜にされてしまうに違いない。白銀色のドレスを纏った華奢な肢体は、まろやかで優美な曲線を描き、歩むごとに、裾から月光が零れ落ちるようだった。

 三人はそのまま玉座に向かい、ローレシア王アレフ11世から祝辞を賜る。その後、あらためて乾杯の音頭がとられた。

 宴もたけなわとなり、楽団が舞踏曲を奏ではじめた。アーサーがリエナにダンスを申し込む。二人の流れるように舞う姿に、貴族達から再度溜息が漏れた。

 やがて曲が終わり、二人が優雅に礼を交わした後、今度はルークがリエナの前に立った。お決まりの手の甲へのくちづけをすると、そのまま広間の中央に(いざな)った。

 新しい曲が始まった。ルークはアーサーとは対照的に、きびきびとした無駄のない動きである。リエナのかろやかで優雅そのもののダンスとは正反対のはずであるのに、ごく自然に調和しているのが不思議な印象を与えた。

 ルークは深く青い瞳を、真っ直ぐにリエナに向けている。その視線には、隠そうとしても隠しきれない熱が籠っていた。リエナはルークの視線を受けて、何故だか表情が硬い。それでも見つめられれば眼を逸らすことはできず、最後にはわずかに頬を染めて見つめ返していた。

 二人の様子に、周りを取り囲む貴族達も気づき始めたようだ。広間のあちらこちらで、ひそひそと囁き交わしている。

 ローレシア王妃マーゴットは、王の隣でこの様子をじっと見つめていた。

(……ふふふ、ルークはリエナ姫に執着しているようだわ。早くお父様にご相談しなければ。うまくいけばわたくしの息子アデルが……!)

 王妃の父、エルドリッジ公爵もほくそ笑んでいた。

(ふむ、これは何とかなるかも知れぬな。今のままでは、王太子派が圧倒的に有利なのは間違いないが、うまく焚きつければ、ルーク殿下ご自身から王太子位を返上してくださるかも知れぬ。我が第二王子派の勢力を伸ばす、絶好の機会というわけだ)

 もう一人、広間の片隅から二人の姿を凝視している、凍てつく様な光を放つ薄茶の瞳の持ち主がいた。しかし、その冷徹な光は一瞬で消えさり、声をかけてきた他の貴族と何事もなかったように談笑を始めた。

 曲が終わり、ルークはリエナの手を名残惜しげに離すと、お互いに向かい合って一礼する。その後、リエナにダンスの申し込みが殺到した。

 ルークの視線は、宴の最後までずっと、リエナだけを追っていた。




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