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旅路の果てに
第13章 5


「報告、大儀だった。下がっていい」

 深夜のサマルトリア城の執務室で、アーサーの静かな声が告げた。

 報告を終えた密偵は、目の前に立つアーサーに向かって深々と一礼し、彼もそれを受けて軽く頷きを返した。傍らの椅子には、サマルトリア王が端然と座している。瞳は閉じられ、その表情には何一つ感情を表していない。

「やはり、こうなりましたね。父上」

 密偵のもたらした情報は、ムーンブルクでチャールズ卿の復興総指揮官解任に隠された真実――トルベック公爵令嬢ジスレーヌの事件の詳細だったのである。

「お前の予想通りだったな」

 王の返答とともに、瞳が開かれる。深い知性を称える深緑の瞳からは、未だ何も読み取れない。

「ええ。ただ、思っていたより早くはありましたが」

 父王に向けたアーサーの若草色の瞳がほんの一瞬、鋭い輝きを放った。しかしすぐに消え去り、元の穏やかなものに戻る。王もそれを受け、わずかに頷きを返した。

「総指揮官をフェアモント公爵が引き継ぐことは妥当な線でしょう。しかし、今後の方向性ははまだはっきりとはしていないように思えますが」

 チャールズ卿の醜聞は早くからサマルトリアにももたらされていた。遅かれ早かれ、失脚するであろうことは想定済みだったのである。

「リエナ姫次第、だからな」

 王の言葉は短い。けれど、言外に含まれた思考はアーサーにはすべて読み取れる。この父子は顔立ちは似ていないが――アーサーは母親似なのである――不思議と身に纏う雰囲気には共通したものがある。

 穏やかな口調をくずさないまま、アーサーは言葉を続ける。

「致し方ないでしょう。リエナはまず間違いなく生きています。ルークがそばにいる限り、彼女の死は考えられません。ですから捜索を打ち切ることもできません。無論、このまま徒に時を過ごすわけにはいかないでしょうが、現状としては打つ手も皆無に等しいですからね」

 アーサーの端正な口元にわずかな笑みが浮かぶ。

「ルディアの婚約内定を取り付けておいて正解でした。でなければ、そう遠くない将来、ムーンブルクから打診があったでしょうから」

 しばらく前に、アーサーの妹姫である第一王女ルディアとラダトームの第一王子との婚約が内定したのだった。数年前から両国内で話が進められていたが、ラダトーム国内で勃発していたある事案の解決が思いのほか難航しているため、予定より相当遅れている。まだ解決には至っていないため、正式な婚約ではないが、ようやく終息に向かう目処がつき、内々でだけでも話を纏めたところだったのだ。

 アーサーは以前から、ある提案をムーンブルクから打診される可能性を考えていた。無論まだ実行に移されてはいないし、ムーンブルクからのほのめかしすらないばかりか、実際には重臣の誰一人として具体的な意見として出していない。けれど、リエナの捜索が難航すれば、いずれこの方法を採るしかなくなるのもまた事実だった。

 アーサーは以前、王にこの推測を話し、そして王も同意見だった。

「これからも、目立った動きはなさそうですね。いちばんの懸念事項であったチャールズ卿の件が一段落した今、とにかくリエナの安否の確認が最優先事項であるでしょうから」

 当面、このまま膠着状態が続くだろうことは予想できている。サマルトリアは静観の姿勢を崩すことはない。今後も動向を探るべく、情報収集を続けていけばよい。

 王も無言で頷きを返すことで、アーサーの意見に同意した。




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