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旅路の果てに
第6章 10


 ルークとリエナはきさらぎ亭の女将にも話を聞いたが、やはり同じ内容だった。女将はもうこの話を受けてくれるものとばかりに大喜びだった。そのまま引きとめようとする女将に、二人で話をするからと食堂から出た。一旦宿の部屋に戻り、相談を再開する。

「リエナ、俺はジェイクの話に乗ってみようと思ってる」

「わたくしもいいと思うわ。聞いたお話は全部筋が通っていておかしなところはないし、みなさんいい方たちのようね」

「だが、一つ問題がある」

 リエナにはルークの懸念していることが何かわかっていた。

「わたくし達の素性をどう説明するか、ね?」

「そうだ。旅の間の、言わば通りすがりの関係ならどうとでもごまかせる。だが、定住となるとそうはいかない」

 ルークは考えつつ、自分の意見を説明し始めた。

「ひとまず、俺達が追われている身であることだけは、明かすつもりだ。その上で、俺達を受け入れてくれるかどうか、ジェイクの判断にゆだねる方がいいと思う。仮にだ、追手に居場所を見つけられたとしたら、それがローレシアからのものであれば、穏便に事を収めるはずだ。しかし……」

 ルークが言い終わらないうちに、リエナが割り込んだ。普段なら、まずありえないことである。

「ムーンブルクは、そうはいかないわ」

 震える声で、リエナは言葉を継いだ。

「チャールズ卿が、もし……トランの村の人達を……わたくしのせいで……」

 事を穏便に収めたいのはムーンブルクも同様のはずだった。しかし、チャールズ卿だけは違う。リエナを連れ戻した後に、怒りに任せ、トランの村をすべて焼き払うことすらやるだろう。理由は簡単だった。リエナを拉致したルークを匿った罪である。

「確かにチャールズ卿ならやりかねない。いくら周囲が止めようが、聞くような人間じゃないからな」

 まだ震え続けるリエナをルークは抱き寄せた。

「心配するな。チャールズ卿なら、俺が止める」

「あなたが、チャールズ卿を……?」

「そうだ」

 リエナはルークを見上げた。深い青の瞳にも、きっぱりと言い切る声にも一片の迷いもない。しかし実行すれば、ルークの罪がまた増える。その事実がリエナをためらわせていた。

 ルークにはリエナが何を考えているのかわかっている。背中を撫でながら、言い聞かせるように話を続けた。

「リエナ、お前の気持ちはわかる。だが、なるべく早くに定住したほうがいい。旅を続ければ続けるほど、関り合いになる人間も増える。追手も今の段階で、俺達がロチェスに居ることは突き止められていないはずだ。すぐトランに行って、当分の間村から出なければ、逃げ切れる可能性が高いんだ。だからお前も腹を括ってくれ」

 ルークがリエナを真っ直ぐな視線を向けた。

「俺はトランに行くつもりだ。もちろん、村が俺達を受け入れてくれれば、だがな」

 菫色の瞳がしばらくの間、じっと深い青の瞳を見つめる。ルークの意見が正しいのはリエナもよくわかっている。やがて、リエナが口を開いた。

「わたくしもトランに行くわ。あなたの言う通りね。このままずっと旅を続けるわけにはいかないのだもの。――それから、ルーク、一つ約束をして欲しいの」

「約束?」

「チャールズ卿を止めるのはわたくしよ」

「お前が?」

 ルークはリエナの決意に驚きを隠せなかった。リエナがチャールズ卿を止めるためには、攻撃魔法を発動せざるを得なくなる。しかし魔法使いには、誰もが最初に徹底的に叩き込まれる掟がある。それは、『人間に対して決して攻撃魔法を使ってはならない』というものだった。リエナは自らの意思で、その掟を破るというのである。

「ええ、これはムーンブルクの問題だから。わたくしは祖国を捨てた身だけれど、最後の王族である事実は消えないわ。これはわたくしが為すべきことよ。だから、任せて」

 リエナの瞳にも声にも、もう迷いは感じられない。

「わかった。その時には、お前に任せる」

 ルークはリエナが落ち着いたのを確かめると、腕を離し、相談を再開した。

「俺達の素性をどこまで話すかだが……昨日ジェイクが想像したのを覚えてるか?」

「ええ」

 リエナは頷いた。ジェイクの想像というのは、ルークは元はどこかの領主に仕える騎士で、主人のお嬢様であるリエナと秘かに愛し合い、駆け落ちしたというものだから、二人の事情とは当たらずとも遠からずである。

「――できれば、想像のまま信じ込んでくれたら好都合なんだがな」

 ルークは一つ息をついた。できるだけ村人を巻き込まず、自分達の安全な居場所を確保するためにはこの方法が最善だとルークは考えていた。

「ジェイクさんは、そう思っているんじゃないかしら?」

「やっぱり、そう思うか? 昨日は話しながら、妙に納得した顔してたが」

 確かにわかりやすい事情である。そして、二人が駆け落ちしてきたことも事実だった。ジェイクさえ納得してくれれば、村人へもその様に説明するはずである。いわゆるお尋ね者などとは違い、警戒される心配が少ないし、世間ではそれほど珍しい話でもないから、受け入れてもらいやすい。また、村人の二人への好奇心もとりあえず満たすことができるだろうから、それ以上事情を追求されることもなくなるだろうとも考えている。

 他にも、この理由であれば、二人――特にリエナが、貴族階級出身者にしかみえなくても通用するのがありがたかった。

 ルークは言葉遣いなどや振る舞いなどで、王族である本来の身分をかなり隠すことができる。これは、ハーゴン討伐の旅の間に身につけただけでなく、成人前にローレシアの騎士団に在籍し、王太子ではなく単なる騎士見習いとして、荒っぽい男達のなかでこき使われて過ごした経験からである。また、本来の飾り気のない気性から、相手の身分にこだわらず付き合う術を知っている。

 それでも、ジェイクには元は騎士だろうと言われたのだ。しかし考えてみれば、ジェイクがそう言ったのも当然だった。騎士として正式な訓練を積んだのでなければ、ここまで剣技に優れているはずがない。そして、何らかの理由で、騎士崩れが傭兵稼業に鞍替えすることはままあることだったからだ。

 一方、リエナはどこからみても貴族――実際には貴族どころか王族であるが、庶民にはそこまでの区別はつかない――である。言うまでもなく、リエナが庶民を自分より下の者として扱うようなことは決してない。ある程度は普通の旅人のように振る舞うこともできるし、長い旅の間に、料理などの家事と自分の身の回りのことにも不自由しなくなっている。

 けれど、村に定住するとなると、庶民階級の出身だと偽ることは無理だった。生まれ持った類稀な美貌と気品はもちろんのこと、言葉遣いや立ち居振る舞いの優雅さが、貴族階級出身であることをありありと物語っている。

 実際、昨日もジェイクから初対面の印象だけで『まるで貴族のお姫様か若奥様』だと言われている。それなら、最初から『駆け落ちしてきたお姫様』だと認識してもらった方が好都合だった。

「ジェイクは男にしてはよくしゃべるし、思い込みも激しいらしい。かえって何も言わずに匂わせただけの方が信じ込んでくれる気がするから、その辺りもうまく誘導してみる。後は、二人でしばらく旅を続けていたことくらいは言ってもいいだろう。お前が旅慣れている理由もそれで説明がつくからな」

 二人にとっては、ロチェスのような人の出入りの多い町よりも、山奥の過疎の村の方が隠れ住むには都合がいい。ただし、あくまでも村人が自分達を匿うことに協力してくれるという条件があっての話である。

 そう考えつつ、もう一つ懸念を口にした。

「もしジェイクが納得してくれたとしても、俺達のような、貴族階級の理由(わけ)ありの人間を村に迎え入れることについて、反対する村人もいるだろう。しかし、まとめ役であるジェイクにうまく取り持ってくれるのを期待するしかない。あとは、俺達の方から村に溶け込んで、受け入れてもらえるよう努力するしかないな」

「そうね。――ねえ、わたくしはこう思うのだけど」

「意見があるなら、聞かせてくれ」

 リエナはゆっくりと考えを纏めるように話しだした。

「村の人達に、わたくしが魔法使いであることをお話しておいたらどうかしら?」

 リエナの言葉の意味をルークはすぐに悟っていた。

「村人のために魔法を使うっていうことか」

「そうよ。あなたが護衛としてみなさんを守る役目をするのなら、わたくしも怪我をした人を癒したり、必要なら村に結界を張ったりすれば、お役に立てるもの。わたくしのせいで迷惑をかける可能性があるのだから、せめてできるだけのことはしたいの」

 リエナはきっぱりと言った。ルークもすぐに納得していた。

「確かにお前の言う通りだ。匿ってもらう以上、こちらの方が分が悪い。言いかえれば、俺達がどれだけ村にとって有益な人間であるかで、村人の評価が決まる。二人揃って村人の役に立てると証明できれば、そうそう俺達を追手に売る様な真似もしないだろうよ。そうはいっても、万が一の時には村の人間を巻き込むわけにはいかない。わずかでも追手の気配を感じたら、その場でトランを離れる。――いいな」

「わかっているわ」

「ジェイクに、こちらの条件――追われている身であることを明かして受け入れること、その上で俺達の事情を詮索しないことを呑んでくれたら、話を受けると返事をする。ジェイクとの話は俺がするから、任せてくれるな」

「ええ」

「じゃあ、これで決まりだな。それにしても用心棒か……考えようによっちゃ、俺にはぴったりの仕事かもな」

 ルークがつぶやいた。あの路地裏での戦闘がきっかけになって、トランの村にいくことになるとは思ってもみなかった。けれど、これで二人落ち着いて暮らせるのであれば、あの戦闘にも意味があったと言える。

「あなたがみなさんの護衛をするのなら、わたくしもお手伝いできるわね」

「リエナ、そのことだが……」

 ルークは真剣な表情でリエナを見下ろした。

「魔物退治をやるのは俺一人だ。お前は手を出さないと約束してくれ」

 リエナには予想外の言葉だった。旅の間ずっと一緒に戦ってきたのだから、トランの村でも当然同じようにすると思っていたのである。

「何故? あなたが強いのはよくわかってるわ。でも数が多ければ、わたくしの真空の攻撃呪文が役に立つはずよ。さすがに最上級の爆発の呪文までは使う気はないけれど」

「お前がトランで呪文を使うこと自体は賛成だ。だが、あくまで回復や解毒、あとはせいぜい結界の呪文に留めて欲しいんだ。とにかくお前の呪文は、攻撃にしろ回復にしろ、威力が半端じゃない。それに女性の魔法使いは回復と補助が専門で、攻撃呪文を操れるのはごく一部のはずだろ? お前の魔法を見て、正体がばれないとも限らない」

 ルークの言葉に、リエナはしばらく考え込んでいたが、納得して頷いた。

「わかったわ、約束します。攻撃呪文は封印するわ。でも、もしどうしてもっていうときは、遠慮しないわよ」

「ああ、それで頼む。――今だから言えるけど、最初にお前の真空の呪文を見たときには、俺もアーサーも、腰抜かすかと思ったんだぜ」

 その時のことを思い出したのか、ルークはばつが悪そうに笑った。

「まあ、そうなの? でも剣技専門のあなたならともかく、アーサーまで?」

 リエナにはルークの言葉が意外だったらしい。

「やつは自分も魔法を使えるから、俺以上に凄さがわかったんだぜ。それからもう一つ、回復呪文も、初級のものだけで、中級と上級はやめておけ。効果が凄すぎるし、そこまでは必要ない。移動関係もやめだ。キメラの翼を使う方が無難だ。補助はよっぽど大丈夫だと思うが、お前が戦闘しない以上出番はないだろう。どうしても必要になった時には、お前の状況判断に任せる」

「原則は、解毒と初級の回復のみ、後は必要に応じて結界ってことね」

「それで頼む。もっとも、お前の初級の回復だけでも、初めて見たやつは間違いなく驚くだろうな」

 真面目そのものの顔つきのルークを、リエナはにっこり微笑んで見上げた。

「ルーク、わたくしも同じ言葉を返すわよ。ジェイクさんはあなたの剣技――それも、たった一回戦う姿を見ただけで、どうしてもあなたの力を借りたくて、こうやって探しだしたのだもの」

 咄嗟に返事ができないでいるルークに向かって、リエナは再び微笑んだ。

「――ジェイクさんが待っているかもしれないわ。行きましょう」




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