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旅路の果てに
第7章 8
それからしばらく後の深夜のサマルトリアでのことである。アーサーは自室で密偵から報告を受けていた。
先日、ローレシアでルークが湖畔の離宮で静養すると公式発表されたのである。理由は、破壊神との戦闘の時に負った古傷が悪化したため、当分の間療養するというものだった。俄かには信じがたい発表であったが、ローレシアでは特に眼を引くような動きは見られなかった。
一方、サマルトリアではこの発表を額面通りに受け取ることはなかった。何かルークに関して重大な問題が起き、このように言い繕ったのだろうとの見解が大半を占めている。
アーサーもすぐさま見舞いの親書を送った。しかしルークからの返書はなく、代わりに宰相バイロンから丁重な書状――見舞いへの礼と、ルークが静養のために直筆での返書をしたためるのが困難であることに対する詫びである――が送られてきた。
静養の要因となったとされる傷については、アーサーもよく知っている。とても忘れられる記憶ではない。
破壊神シドーとの最終決戦時のことである。絶命間近のシドーの鋭い爪がルークの腹部をえぐったのだった。常人であればその場で生命を落とすほどの重傷であったが、持ち前の体力と、ぎりぎりのところで発動されたリエナの最上級の回復の呪文のおかげで、ルークは九死に一生を得たのである。
ルークが負った傷がリエナの呪文で完治していたのは間違いない。三人は死闘を終えた後もしばらくの間、ロンダルキアの祠に滞在していたが、これはルークの傷のせいではなく、リエナがこの時の呪文が原因で魔力の限界を超えて意識を失い、養生する必要があったからである。ルークの方はいつもと変わりなく過ごし、ひどい傷跡は残ったものの、なんら後遺症はなかったはずだった。少なくともアーサーは、ルークが傷のせいで苦しんでいる姿など、一度も見ていない。
常人ならともかく、あのルークが、それも2年も経った今になって、古傷が悪化したなど信じろという方が無理である。
何か尋常でない事態になったに違いない――そう確信したアーサーは密偵に命じ、更に詳しい情報を探らせていたのである。
密偵は跪いて、淀みなく報告を続けていた。アーサーもゆったりと椅子に腰かけ、淡々と聞き入っている。
「ルーク殿下は一月余り前よりご静養のため、湖畔の離宮へお移り遊ばされました。当初は、ご公務が一段落した時期であることから側近がお勧めし、お気晴らしにいらっしゃったとの話でしたが、それにしては奇妙な事実がございます」
「詳細を話せ」
「離宮に移られた後に拝謁を賜っているのが、ごく一部の側近のみでございます。それ以外の、お身の回りのお世話に携わっているはずの侍従も侍女も誰一人、明確に殿下のお姿を拝した者がおりません」
「それについて、離宮の人間の見解は?」
「様々でございます。余程古傷の状態がお悪いのだろう、ルーク殿下は今まで何もおっしゃらなかった分悪化していたに違いないと話す者もいれば、アレフ11世陛下より密命を賜りそれに従事していらっしゃる、だから実際には離宮にはおいでにならないと言う者もおりました。なお、これらの噂話は離宮内のみで、外部には一切漏れてはおりません」
アーサーはそのまま無言となった。密偵も微動だにせず、主人の言葉を待っている。
しばしの沈黙の後、アーサーが口を開いた。
「ルークが湖畔の離宮に移動した正確な日は?」
一見何の関連もなさそうな突然の質問であったが、アーサーがこのように尋ねるのは珍しいことではないから、密偵も慣れている。即座に回答した。
「一月余り前の、満月の翌日でございます」
アーサーの予想通りの回答だった。
「――ご苦労だった。父上には私から報告申し上げる。引き続き、何かあれば速やかに報告せよ。承知とは思うが、他言無用に」
いつも同様、アーサーの声音からは何の感情も読み取れない。
「御意、殿下」
密偵は深々と一礼すると、姿を消した。
********
部屋で一人きりになったアーサーは、大きく息をついた。椅子に座り直し髪をかき上げる。いつもは穏やかな表情がみるみる厳しいものに変わっていく。
(――どうやら、最悪の予感が的中したらしい)
アーサーはルークへの見舞いの返信を代筆で受け取った時から、嫌な予感がしていた。理由は、リエナの絶対安静の情報である。アーサーはこの情報をかなり前に掴んでいた。もっともリエナに関しては公式には発表されておらず、体調不良のために引き続き、ムーンペタの離宮で養生していることになっている。
しかし実態は、リエナはある日以来、身の回りの世話は女官長に一任され、側仕えの侍女すら遠ざけられている。これも明らかに不自然だった。
そこへ、湖畔の離宮で過ごしているはずのルークが、ごくわずかな側近にしか姿を見せていないとの情報である。しかもルークが離宮に移動した日と、リエナが絶対安静となった日と同じだった。アーサーには二人ともが既に、それぞれの場所にはいないとしか解釈できない。
(リエナとルークが同日に姿を消した――理由は一つしかない)
ルークがリエナを救うために、どれだけの努力を重ねてきたのかは承知していた。しかし、まさかここまでの強硬手段を採るとは、俄かには信じられなかった。
再び眼を閉じて考えを纏めようとしたところで、部屋の扉がためらいがちにノックされた。
「アーサー様」
入ってきたのは、隣室にいた妃のコレットだった。侍女もいず、一人きりである。
「ああ、コレットか、どうした?」
いつになく厳しい表情のアーサーだったが、コレットの顔を見て、わずかにそれを緩めた。
「申し訳ありません。差し出がましいとは思ったのですが……」
「さっきの話、聞いていた?」
アーサーの口調は咎め立てるようなものではない。どんな機密事項でもコレットにだけは包み隠さずすべてを話すことにしているからだ。
「はい。ルーク様のご静養の発表にはやはり、なにかご事情があったのでしょうか?」
一瞬の間をおいて、アーサーが答えた。
「ルークとリエナが二人で出奔した」
「……え?」
アーサーから聞かされた言葉は、コレットには予想すらつかないものである。
「あの、出奔、とおっしゃいましたが……」
未だ信じられない表情のコレットに向かって、アーサーは言った。
「今の段階では僕の推測だよ。でも残念ながら、まず間違いなく事実だ」
「ルーク様とリエナ様が……。とても信じられませんわ」
「君がそう思うのも無理はない。――順番に説明しようか」
コレットは頷いた。
「君が聞いた通り、ルークは湖畔の離宮に移動後、ごく限られた側近にしか姿を見せていない」
「リエナ様も同じですわね。今は絶対安静で、女官長一人が御身の回りの世話にあたっているのですから」
「そうだよ。――明らかに不自然なこの状況を、合理的に説明するには?」
「御二方の不在の事実を隠すため――アーサー様はそうおっしゃりたいのですね?」
聡明なコレットの回答に、アーサーは満足げに頷いた。
「君の言う通りだ。何らかの理由があって、ルークとリエナはそれぞれの離宮から姿を消したんだ。なにしろ侍従も侍女も誰一人、はっきりと姿を見たと言う者がいないんだからね。安静を要するほど重病ならなおさら多数の手が必要だから、どう考えてもおかしい。側近が理由をどんなふうに説明しようと、信憑性は低い。いくらでも口裏を合わせられる」
「はい」
「一番重要な点は、リエナが絶対安静となった日と、ルークが湖畔の離宮へ移動した日が同じだということだよ」
「では、御二方は同じ日にお姿を消したという意味になりますわね。……あ、わかりましたわ」
「そうだ。現状から導かれる結論は一つ、ルークとリエナの出奔だ。二人が別々の目的を持って出奔したなんてありえない話だから、今は一緒にいるはずだ」
アーサーの説明はコレットにもよく理解できた。確かに合理的に説明するにはこう考える他はない。
「もっとも、正確に言えば、ルークがリエナに出奔を持ち掛けた。リエナはルークに説得され、手に手を取って出奔したんだと思う。けれど、ムーンブルク側からすれば、リエナはルークに拉致されたも同然だろう」
アーサーの推測を聞いて、コレットはある点に引っかかった。確かめるために、問いかける。
「リエナ様がルーク様に説得されたとおっしゃいましたわね」
「そうだよ」
「では、アーサー様は、リエナ様は何もご存じなかったとお考えですのね? 御二方の間には、事前に出奔の合意があったわけではないと」
コレットの問いに、アーサーは頷いた。
「ルークが単独で計画して実行に移したに違いない。リエナは関与するどころか、ルークに出奔を持ち掛けられても最初は拒否したはずだ。いくら自分の生命が狙われていても、次期女王としての責務を放擲するなんて考えられないからね」
コレットもリエナを知っている。直接会って話した機会こそ少ないものの、わずかな遣り取りとアーサーから聞く人となりから、彼女が過酷な旅を乗り越えてきたのは、ひとえにムーンブルク復興のためだと理解していたからである。
「リエナ様は、それだけ厳しい境遇でいらっしゃった……そういうことですのね。おいたわしいこと……」
コレットは榛色の瞳を伏せた。
アーサーも同意して頷いたものの、非常に複雑な気持ちだった。やり場のない感情とともに言葉が漏れる。
「ルークも思い切ったことを」
アーサーも王太子である。国を継ぐという責務がどれだけ重要かは身に沁みて知っている。ルークとリエナがそれを放り出すほど無責任とはとても思えなかったのである。しかし、現実に二人は祖国を捨てた。
「――それとも、如何にもあいつらしいと言うべきか」
呟くアーサーの声がわずかに震えている。いつも冷静さを崩さない彼には滅多にないことである。
コレットが面を上げてアーサーを見つめた。
「ルーク様らしいとおっしゃるのですか?」
アーサーの厳しい光を湛えた若草色の瞳がふっと柔らかくなる。
「ルークは、リエナのためになら、すべてを捨てられるから」
コレットは榛色の瞳を見開いたまま、何も答えることができない。それだけこの言葉は衝撃だったのである。
「君が驚くのも無理はない。常識ではとても考えられないからね。あいつらしいと思えるのは、僕一人だけだよ」
アーサーにとってもコレットの反応は予想のうちらしい。軽く頷くと、ゆっくりと言葉を継いでいく。
「それだけルークのリエナへの想いは深いんだ。あいつがリエナを、心の底から愛して守り抜いてきた女性を、見殺しになんてできるわけがない。だから、リエナを救い出したんだよ。祖国も地位も何もかも捨てて、拉致まがいの非常手段を採ってまでね」
コレットはもう何も言えなくなっていた。長く苦しい旅をともにした仲間だからこそ、アーサーは迷うことなくそう言い切れる。コレットは、ロトの血を引く三人の絆の深さを目の当たりにする思いだった。
そこに自分が介入する余地はない。コレットはついそう考えてしまう自分に嫌気も差している。けれど、これほどに重要な機密、それも他国のものを何の躊躇いもなく知らされるのは、それだけ自分がアーサーに信頼されている証なのだろう――コレットはそう思い直した。
「誰よりも大切に想うお相手だからこそ、ルーク様はご自分の危険を顧みず、リエナ様を……」
「その通りだ」
「御二方にとっても、苦渋の選択であるのは理解できますわ。――心から愛し合っていらっしゃることは、私もよく存じておりましたから」
「君がそう言ってくれて、よかった。リエナはね――」
アーサーはコレットに優しい眼差しを向けたあと、視線を外してどこか遠くを見つめるような表情になる。
「彼女は、自分のために誰かが犠牲を払うことを厭うんだ。ルークが持ちかけた出奔はその最たるものだよ。でも、ルークは犠牲だとは微塵も思っていない。ただ、リエナを助けたい一心で決意した」
一見すると淡々と、けれどその実は、アーサーは心の激情を抑えかねて言葉を紡ぎ続けているのである。コレットにはそれがよくわかる。そんな夫を見つめたまま、コレットはじっと話を聞いている。今の自分にできること――否、自分にしかできないことだから。
「だからと言って、ルークが単に激情に流されたわけじゃない。考えて考えて、これしかないと結論を出したはずだよ。常識では有り得ない、狂気の沙汰だと言われても仕方がない。ルークは全部わかってて、リエナと出奔したんだ。そしてリエナも、ルークの気持ちに打たれたから、説得された――いや、理由はこれだけじゃない。リエナはルークと会って、緊張の糸が切れたんだよ。ずっと一人きりで戦って、とっくに限界を超えていたはずだからね。そこへルークが現れた。リエナはさぞ驚いただろうね。まさか、こんな手段を採るなんて、予想すらできなかっただろうから」
アーサーが重い息をはく。その後はしばし二人とも無言だった。
「コレット」
「はい」
「僕の話を聞いてくれて、ありがとう」
「いえ、私にできることは、それだけでございますから……」
コレットはやはり自分の役割がアーサーの聞き役であること、それをアーサー自身が理解してくれていることを知って報われる思いだった。同時に、ある疑問点が湧き上がる。一瞬躊躇ったが、思い切って聞いてみることにする。
「あの、アーサー様」
「何?」
「伺いたいことがあるのですが」
余程言いづらいのか、続きを言い淀んでいる。アーサーは優しい視線で続きを促した。
「アーサー様は、このことを、ルーク様がリエナ様と出奔なさる計画を、御存じでいらっしゃらなかったのですね?」
一瞬の沈黙の後、アーサーが答えた。
「知らなかったよ。何一つ、ね」
声音はどことなく寂しさの影がある。アーサーにとって、それがどれだけつらいことか、不甲斐なさを痛感しているか、コレットには手に取るように理解できる。
再び長い沈黙が落ちたが、唐突に、アーサーがぽつりと漏らした。
「ああ、今わかった」
「おわかりに、なった……?」
「僕の役割だ」
まだ腑に落ちない表情のコレットに、アーサーはわずかに微笑んで見せた。
「何故ルークが僕に何も言わなかったかの理由もね。あいつが後先考えずに勢いだけでリエナと出奔するはずがない。万が一の時が来たら、僕には果たすべき役割があるんだ」
「果たすべき、役割……」
「ルークが僕に打ち明けてしまえば、サマルトリアまで巻き込んでしまうんだよ。でも、実際には僕は何も知らされていず、彼らの出奔には何ら関与していない。だから何かあっても、完全に部外者の立場のまま、すべて僕の裁量でことを処理できる。――サマルトリアに亡命してきたリエナを保護することも、ね」
「……あ」
コレットにもアーサーが言わんとすることが理解できていた。
「だから、ルークは敢えて僕には何も言わなかった。何も言わなくても、万が一の時にルークが僕に何をして欲しいのかはわかるからね。――ここは思い切り買い被られることにするしかないかな」
「ルーク様は、もしご自分とリエナ様が追っ手に捕えられたとしたら、アーサー様に後をお任せになる――そうお思いなのですね」
「そういうことだよ。――でも、僕の出番は永久にこないことを祈ってるよ」
どことなく冗談めいた口調ではあるが、紛れもない本心であることがコレットにもわかる。
「……夜も更けた。君はもう休んだ方がいい。僕は今から父上に報告に行ってくるから」
この時にはアーサーの表情も口調も、いつもの穏やかなものに戻っていた。
********
深夜にも関わらず、アーサーは父サマルトリア王へ使いを送った。王はすぐさま面会を承諾し、アーサーは得た情報とそれに基づいた自分の推測を報告した。王はアーサーの推測を肯定したうえで、サマルトリアは本件に関し、ローレシアおよびムーンブルクから公式に要請がない限り、一切関与しない姿勢を示した。
予想通りの返答だった。アーサー自身、今の段階で何らかの手を打とうとは思っていない。むしろ、父王より二国から公式の要請があればサマルトリアが動く可能性があるとの見解を示されたことは、充分な収穫だったのである。
********
父王への報告も終え、自室へ戻ったアーサーは、寝室でコレットが休んでいるのを確かめると、一人居間へ戻ってきた。
居間は闇に沈んでいたが、今は灯火の呪文を唱える気にもなれない。そのまま椅子に腰を下ろすと眼を閉じ、しばらくの間、微動だにしなかった。
ルークとリエナが二人で出奔したことはあくまで自分の推測にすぎない。けれど、事実であることは確信している。何故ルークが暴挙と言えるほどの行動を取ったのか、心情は理解できるし、ルークらしい選択だとも思える。
コレットとの会話と、父王に報告して納得できる回答を得られたことで、自分の取るべき道は決まっている。万が一の時、リエナのために最善を尽くすと確信しているからこそ、ルークは自分に後事を託したのだ。
ここまで理解していながら、どこか納得しきれない自分にアーサーは驚いていた。ルークとリエナの出奔の事実はそれほどまでに、衝撃を与えたのである。
アーサーは考え続けた。何故、ルークとリエナは出奔したのかを。
閉じられていた瞳が開かれた。若草色の瞳に浮かぶのは、普段は見せない柔らかな光。
(ああ、そういうことか。ようやく理解できたよ)
ずっと厳しかった表情も、今はやわらいでいる。
(ルークとリエナはどんなことがあっても離れられないんだ。例え、どちらかが生命を落とすことになっても、それすら二人を分かつことはできないんだろう)
ルークとリエナが出会った瞬間、互いに惹かれあったことも、長い旅の間、何も言わないまま愛を育んできたことも、アーサーはつぶさに見てきている。そして旅の最後の日、ルークとリエナは、ようやく想いを通じ合わせることができた。
ルークがどんな想いであの最後の夜を過ごしたか、リエナにとってどれほどにつらい選択だったか、アーサーだけが知っている。
********
ルークは許せなかったんだろう。運命の理不尽さが。自分が生命を懸けて守り抜いてきた、生涯でただ一人と決めた、全身全霊で愛する女性が目の前で殺されることが。リエナには、何一つ非はなかったというのに。
ルークは、最大限、もうこれ以上はないほど、努力を重ねた。堂々と、真っ向から勝負を挑んだ。
だが、運命はあいつの願いを聞いてはくれなかった。
リエナも同じだった。ほとんど孤立無援の状態でも、決して諦めなかった。
最後の最後まで、ムーンブルクの復興を願い、自らの生涯を祖国に捧げようと努力を重ねた。けれど、周囲はそれに報いるどころか、フェアモント公爵家の陰謀によって、生命は危機に晒された。
あのままでは遠からず、リエナは生命を落としていた。
リエナは当然、自分の立場を知っていただろう。
彼女に残された道はただ一つ、『ムーンブルク女王』として最期の時を迎えること。
そこまでの覚悟を決めていたところへ、突然ルークが現れた。
リエナはルークの姿を見た瞬間、長い間抑えつけていた、そばにいたいという願いがあふれ出したんだろう。同じ死を迎えなければいけないのであれば、それまでの間だけでもルークのそばにいたかった。
だから、リエナはルークが差し出した手を取った。
それを、誰が責められようか?
********
更に時が過ぎた。夜が明けつつあるのか、闇がほの白く滲んでいる。アーサーは独り言のようにかすかな呟きを漏らした。
「ルーク、どんなことがあってもリエナを守り切れ。逃げ切って、添い遂げて、――二人で幸せに、なってくれ」
公の立場では決して口にしてはならない、しかし紛れもない、アーサーの本心だった。
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