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旅路の果てに
第7章 7


 一方、ローレシアの事態はもっと深刻だった。

「まだ手掛かりはないのか」

 ローレシア王が宰相バイロンに問うた。

「残念ながら、目新しい情報は何も」

 バイロンも沈鬱な表情で答えた。

「城内の様子は」

「辛うじて事実は知れておりませんが……。もうこれ以上時を稼ぐのは困難かと存じます。ルーク殿下が公式でお姿をお見せにならなくなって、間もなく一月になろうとしております。殿下のような御方がいつまでもご公務を欠席なさるはずもなく、不審に思う人間がいるのは致し方ないかと。――今日も、王后陛下とエルドリッジ公爵より使者が参りました」

 この報告に、王は眉を顰めた。

「大方、アデルを王太子にとでも言ってきたのであろう」

 アデルは現在の王妃マーゴット所生の第二王子である。ルークの生母は亡き王太子妃テレサであるから、アデルはルークの異母弟に当たる。ずっと以前から、王妃は父であるエルドリッジ公爵とともに、アデルを世継ぎにと推していたのである。

 ローレシアでは第一王子を世継ぎとする習わしである。しかし、ルークの魔力が皆無だったことが問題視された。こればかりは、いくら本人が努力を重ねても如何ともしがたい。それに引き換え、アデルは魔力を持つことから、彼の方がロト三国宗主国の次期国王としてふさわしい王子であると主張し続けてきたのだった。

 王妃とエルドリッジ公爵以外にも、アデルを王太子にという意見は昔から根強くあった。どちらの言い分にも理があり、慎重に議論を重ねた結果、慣習通りルークが立太子した。

 決定を覆すことは不可能だった。ルークは正室所生であり、血筋については文句のつけようがない。魔力を持たないルークはその分剣の修業に打ち込み、欠点を補って余りあるほどの剣の腕の持ち主となった。剣だけでなく帝王学も学問もよく修め、誰もが認めるローレシアの世継ぎとなったのである。

 ルークがハーゴン討伐に出ている間、アデルにも王太子と同じだけの帝王学が授けられたことから、エルドリッジ公爵とマーゴット王妃は一縷の望み――無論、表立って口にできるものではなかったが――を持っていた。しかしそれも、ルークの生還で打ち砕かれた。

 破壊神を倒した英雄となったルークは、ローレシアの民から熱狂的な支持を得ている。ルークはローレシア城での凱旋式典の後、大勢の従者を従えて城下町を練り歩いた。深い青の礼装にロトの剣を佩き、漆黒の駿馬に騎乗した堂々とした姿に、民は皆狂喜し、熱烈な歓声で出迎えた。それ以来、ルークを讃える声はおさまるどころか、日に日に増すばかりだった。

 ここまでルークへの支持が高まってしまえばもう状況を覆すことは不可能だと、さしもの王妃と公爵も諦めかけていたところに、今回の事件である。一旦は完全に断たれた望みがまだ残っているかもしれないとわかれば、また性懲りもなく同じ行動を繰り返すだろうことは火を見るよりも明らかである。

 王の問いに、バイロンが答える。

「はい。流石に直接的な表現は避けておられましたが、内容はそのようなものかと。――どうやら、アデル殿下が兄君にお会いしたいと離宮を訪問なされたようでございます」

「相変わらず、親子で悪知恵だけは回る」

 王は苦々しげに答えた。この訪問は王妃と公爵が唆したからだと予測がついたからだ。ルークを慕うアデルは純粋に兄に会いたくて離宮を訪問したのだろうが、実際には密偵の真似をさせられたのと同じことである。

「如何いたしましょうか」

「放っておけ」

 ルークに面会がかなわなかったことで、アデルも心無い噂だと思っていた兄の出奔が事実であることを知っただろう。それでも自分が兄になり替わろうなどとは微塵も考えていない。聡明なアデルは何も気づかないふりをしたまま、単なる事実として面会できなかったことを、母王妃と祖父公爵に話しはした。単に弟が兄に会えなかっただけで、王妃と公爵が具体的に何かをできるわけでもないのだ。

「では、今後の対応についてでございますが」

 王は無言で続きを促した。

「引き続き、離宮でのご静養しかないかと存じます。ただし、理由は別のものと致しますが」

「あのルークが静養とな」

「はい。流石にご病気では不自然ですが、外傷が原因であればまだ周囲を納得させられるのではないかと。ただ、最近負った傷が原因ではあまりに苦しい言い訳になりますので、古傷が悪化では如何でしょうか」

「古傷……?」

「ルーク殿下は、お身体に数多くの傷跡をお持ちです。特に腹部の大きなものは、破壊神シドーと戦った時のものと伺っております」

 ルークの腹部の傷跡は、側近くに仕えるものなら誰もが知っていた。傷自体はリエナの最上級の回復の呪文――それにより、彼女は魔力の限界を超えて意識を失ったのであるが――によって完治しており、後遺症もない。けれど、残った跡はあまりにもひどく、初めて眼にしたものは絶句するほどだった。

「なるほど、苦しい言い訳には違いないが、まだ信憑性はあるか」

「では、あの古傷が原因で、当分の間ご静養と発表致しましょう」

「わかった。当面はそれで時を稼ぐよりあるまい」

「御意、陛下。引き続き、捜索も続行致します」

 王が頷いたのを確認して、バイロンは退出した。




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