旅路の果てに
第12章 8
「今日あたりで、収穫もお終いみてえだな」
額の汗を拭いつつ、トランの村のまとめ役であるジェイクが言った。
「今年も大収穫だったねえ」
隣では、妻のエイミがにこにこ顔で相槌を打った。手もとの籠にはルビスの恵み――村人は裏山で採れる山の幸をこう呼んでいる――が山盛りになっている。
トランの村は、豊かなルビスの恵みを村人総出で収穫し、自分達の食料とするだけでなく最寄りのロチェスの町で売ることで現金収入を得ている。収穫の最後となる今の時期は、主に自分達の冬の間の保存食となるのだ。村は冬の間ずっと雪に閉ざされるため、毎年こうして冬支度に余念がない。
「おうよ、ルビス様に感謝しねえとな」
よっこらしょという掛け声とともに立ち上がると、ジェイクは大声で村人達を呼んだ。
「おーい、みんな。そろそろ終わりにするぞ!」
裏山のあちこちから、返事の声が聞こえてくる。ほどなくして、それぞれ得意とする場所に散って収穫に励んでいた村人達が集まってきた。誰もがルビスの恵みがどっさりと入った籠をかかえている。
護衛として同行しているルークも大剣を背負ったまま、同じように籠を手に戻ってきた。
「みんな、集まったな? 今年の収穫はこれでお終いだ。いつも以上に念入りに頼むぜ」
ジェイクは村人を見渡した。あちこちから返事が返ってくる。全員、揃ったのを確認すると大きく頷いた。
「そんじゃ、始めるぜ」
そう言うなり、地面に跪いた。ルークをはじめとする村人もみな、それに倣う。
ジェイクの口から、ルビスの祈りの言葉が紡ぎ出される。
朴訥ながら真摯に祈りを捧げるジェイクの声には、ルビスへの心からの感謝の念にあふれている。
トランの村の住人ははみな、敬虔なルビス教の信者だった。けれど、村にはルビス神殿がない。それどころか、ルビス教の信仰がある場所であれば、どんなちいさな村にも必ずある祠すらないのである。
この村に移り住んでまもなく、ルークとリエナがそのことに気がついた。不思議に思った二人がある時ジェイクに尋ねたところ、返って来た答えはこうだった。
『トランの村のルビス様は、裏山にいらっしゃるんだ。いつもそこにいて、俺達にたくさんの恵みを与えてくださる。だから村には神殿も祠も必要ない。その代わり、裏山での収穫前には必ず跪いて祈りを捧げて感謝してるんだ』
***
「ただいま」
「お帰りなさい」
リエナがにっこりと微笑んでルークを出迎えた。ルークは籠を手に持ったままリエナにかるくくちづける。そのまま台所へ行き、収穫した恵みを食卓の上に置くと、手を顔を洗いに湯殿へ行く。ほどなくして戻ってくると、あらためてリエナをしっかりと抱きしめた。
「何も変わったことはなかったか?」
「ええ、大丈夫よ」
眩しいほどの笑顔を見せるリエナを、ルークはあらためて抱き寄せ、今度はもっとゆっくりと時間をかけてくちづけた。
ルークとリエナは揃って居間に戻った。長椅子の前にある机には、裁縫道具と様々な布が広がっている。リエナは今、冬に間に合わせるよう寝台の上掛けを縫っているのである。
最近のリエナは、村人が裏山の収穫に出かけている時間を利用して裁縫に励んでいる。もともと刺繍が趣味の彼女は手先も器用だった。旅の間も破れた旅装束の繕い物も率先して引き受けていたくらいだから、裁縫は得意である。この上掛けも女達に教わったもので、ちいさな端切れをたくさん集め、うまく組み合わせて大きな一枚の布に縫い合わせ、間にも薄く綿を入れたものである。
これならちいさな端切れでも無駄にすることないし、細かく縫い合わせるので丈夫であたたかい。まさに雪深い村に暮らす女達の生活の知恵である。
また皆それぞれ布の形や配置、色の組み合わせに工夫を凝らすから、同じ端切れを使ってもそれぞれに違う意匠ができあがるのも面白いのだ。
今日もリエナはせっせと針仕事に勤しんでいたらしい。ルークは縫いかけの上掛けを眺めながら尋ねた。
「ものすごい大作だな。――完成まであとどのくらいかかるんだ?」
リエナは縫い物を再開しようと、長椅子に腰掛けながら答える。
「そうね、なんとか初雪が降るまでにはって思っているのだけれど。これがあれば、ずいぶん暖かいと思うわよ」
「俺はリエナを抱っこしてれば、あったかいけどな」
「またそういうことばっかり……」
リエナの言葉は最後まで続かなかった。ルークはリエナの隣に座るといきなり華奢な身体を抱き寄せ、そのまま抱き上げて膝の上に乗せる。すっぽりと包み込むように抱きしめると耳元で囁いた。
「な、あったかいだろ?」
ルークの臆面もない言葉に、リエナは顔を赤くするしかない。
***
リエナは去年この村に来た時に比べ、ほぼ元通りの健康を取り戻すことができた。昨年の冬に倒れて以来、ラビばあさんの治療を受けたおかげで病も全快している。
それ以外にも村のよい空気と、豊富な恵み、更には家事や収穫など、適度な運動もよい影響を与えたのであろう。何よりもルークのそばにいることで、彼女の心の傷は少しずつ癒え、精神的に安定して来たのが大きい。村人たちもそんなリエナの姿を安心して見ていられるようになっていた。
***
間もなくルークとリエナはトランの村で、二度めの冬を迎える。
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