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      春の夜の月  −2−                              小説おしながきへ
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「私が見合いですか!?」

 同じ頃、ローレシアでも同じ会話が親子で行われていた。

「そうだ。そなたももうすぐ17だ。そろそろ相手を決めてもいい頃合いだろう」

 ローレシア王アレフ11世はいつの間にか自分と同じくらいの長身に成長した息子を見上げ、頼もしそうに頷いている。反対に、王太子ルークは突然の話に、まだ戸惑いの色を隠せない。

「はあ、あの、相手の女性はどちらの方でしょうか?」

「ムーンブルクの第一王女、リエナ姫だ」

「ユリウスの妹姫ですか!?」

 ルークにとっては意外としか言いようがない相手である。

「そうだ。わしも、リエナ姫をそなたの妃の候補の一人にと考えておった。そろそろ打診しようと思っていたところにムーンブルクから話があってな。こちらとしても、願ったりかなったりだ」

「はあ……」

 まだ全然納得できていないルークとは対照的に、王は上機嫌である。

「リエナ姫が月の女神の再来と謳われているほどの美少女であると、そなたも聞いておるだろう。そればかりか、ご聡明で、魔法使いとしても大変優秀だそうだ」

「確かにその様に噂は聞いています。しかし……」

「しかし、何だ? そなたの相手としても、将来のローレシア王妃としても、これ以上の姫はおらんぞ?」

 王は文句があるなら言ってみろとばかりの態度である。

「私は魔法が使えません。それにローレシアでは魔法よりも剣技を重んじます。魔法使いであるリエナ姫がこちらに嫁いでこられても、ご苦労なさるのではないでしょうか」

 ルークは真面目に心配しているのであるが、王は笑い飛ばした。

「何を言うかと思えば……。いくらなんでも考えすぎだ。それに、この話を言い出したのは、ユリウス殿だそうだ」

「ユリウスがですか? ……あいつ、何考えてやがる」

 意外な名前の登場に、ついぼやきが出てしまう。

「ごちゃごちゃ言わずに、とりあえず会うだけ会え。あちらにも降るように縁談は来ておるはずだ。うかうかしていて、他の男にさらわれて後悔しても知らんぞ?」

「父上、ご冗談が過ぎます。わかりました。私もいずれは結婚しなければいけないのは当然です。お会いするだけでしたら、仰せに従います」

 しぶしぶ頷いたルークに、王はとんでもないことを言い出した。

「それでよい。早速ダンスの師匠を呼ぶから、明日から稽古に励め。姫の大切な誕生日の舞踏会で粗相があってはならんからな」

「今、何とおっしゃいましたか?」

 耳を疑ったルークは、一瞬何を言われたか理解できずに聞き返していた。

「ダンスの稽古に励め、と言ったのだ。そなたは剣の修行に明け暮れてばかりおったからな。リエナ姫はダンスの名手でもあられるそうだ。そなたも大勢の目の前で、恥ずかしい思いはしたくなかろう?」

「何故よりによって、舞踏会で見合いなんですか!?」

 ルークは思わず王ににじり寄っていた。しかしすぐ不作法に気づき、姿勢を正した。王の方は気にした風もなく、至極機嫌良く話を続けている。

「それしか良い機会がないからだ。そなたも知っている通り、ムーンブルクの王族女性は15歳になるまで一切公式の場には出ない。この後も当分は人前に姿を出す機会はないそうだ」

「……仕方ありません。努力だけはしてみます」

 秘かに溜息をつきつつも、こう答えるより仕方ない。

「わかればよい。一応念押ししておくが、建前は見合いではなく、あくまでわしの名代として公式の舞踏会への出席だ。よいな」

 ここで一息つくと、王はさも今思い出したかのように付け加えた。

「そうそう、サマルトリアのアーサー殿も婚約者のコレット嬢と一緒に出席するそうだ」

「何ですって!?」

 ルークにとっては、寝耳に水以外の何物でもない。

「あちらは既に正式に婚約が調い、1−2年後には婚儀を挙げることが決まっておる。せいぜい仲睦まじい姿に刺激を受けるがよいわ。そなたを慕っておる女性はたくさんいるというのに、まったく気づきもせん。困ったものだ」

 ルークはほとんどやけくそで叫んだ。

「……わかりました。すべて仰せに従います!」

 この縁談を聞いたルークも素直には喜べなかった。彼も王太子である以上、自分の意思で妃を選ぶことなどありえない。しかし、本音では何故ムーンブルクの王女なのか、他にいくらでも候補者はいるだろうに、と思っていた。リエナの評判は以前から聞いていたし、あのユリウスの妹姫である。噂半分としても、美しく聡明であることは間違いないだろうことは想像がつく。しかし魔力を一切持たず、剣技一筋に修業を積んできた自分と相性がいいとは、とても思えなかったのである。もっとも、これはこれで王位継承者としての義務と割り切って、好きな女は別に愛妾として持てばよいのもわかっていた。しかしもともと真面目なルークは、妃として迎える以上、多少なりとも一人の女性として愛せるに越したことはない、とも考えているのである。

 それ以外にも、幼い頃からの親友であり、同時に悪友でもあるユリウスと義兄弟の関係になるかもしれないとなると、想像するだけでも気が重い。同じく親友で悪友で、更に優雅な皮肉屋であるアーサーに舞踏会で会ったら、どれだけからかわれることになるのやら……。何よりも、ダンスが苦手でずっと稽古から逃げ続けてきたのに、今度ばかりはそういう訳にいかない破目に追い込まれてしまったのがつらかった。

――何で、俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだ!?

 これがルークの正直な気持ちだった。


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