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      春の夜の月  −5−                              小説おしながきへ
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 翌日、王太子妃ソフィーは、午後のお茶にリエナとコレットを招待した。コレットは二人とは初対面であるが、今後も親しく付き合うことになるし、これを良い機会に親交を深めるつもりだった。

 それぞれ春らしい色合いのドレスに身を包んでいる。リエナは紫苑色のドレス姿だった。繊細なレースで飾られた愛らしいこのドレスは、今日の為に新調してもらったもの。髪も同色のリボンを使って、ふんわりとやわらかな感じに結い上げてもらった。新しいドレスは彼女によく似合い、昨日とはまた違った可憐な美しさに溢れている。

 場所は中庭の一角に造られた四阿(あずまや)である。色とりどりの薔薇がこれから盛りを迎える頃で、あたり一面に華やかな香りが漂っていた。

 おいしいお茶とお菓子を前に、三人は話がはずんでいる。年齢も近いせいか話も合い、かろやかな笑い声があがっている。そこへ召使いが入ってきて、ソフィーにそっと耳打ちする。ソフィーはにこやかに頷いた。コレットも微笑んでいる。リエナだけは何のことだかわからず義姉に尋ねようとしたところで、先程の召使いが新たな客人を案内してきた。最初の客人はアーサーである。三人の美女たちを前にしても気負うこともなく、優雅に一礼をした。

「妃殿下主催のお茶会にご招待いただき、光栄でございます。これはまたお美しい方々ばかりですね。これでは周りの薔薇の花々も色褪せてしまいそうです」

 アーサーはソフィーの手を取り、洗練された仕草で手の甲にくちづけをする。客人はもう二人いた。言わずと知れた、ユリウスとルークである。ユリウスとアーサーはこういった席にも慣れていて、くつろいだ様子だが、ルークは今日もまたがちがちに緊張しているのが傍目にもよくわかった。

 それでも何とか挨拶を済ませ、ルークはリエナとソフィーの間に着席した。早速お茶が供されたが、ルークとリエナは二人とも緊張してしまったのか、ほとんど口を開かない。ソフィーが気を遣っていろいろと話題を提供すると、リエナが話に乗ってきた。楽しそうに話している彼女の様子は昨日とはずいぶん雰囲気が違っていた。ルークは相変わらず無口のまま、それでもリエナが気にはなると見え、不躾にならないように注意はしているものの、しっかり眼を向けている。

(今日も一段とかわいいなあ。昨日は緊張してたせいか、15歳っていう年齢よりもおとなっぽかったけど、今日は年齢相応って感じだ。うん、この方がずっといい。ドレスもよく似合ってるし……。でもこんな席で何を話せばいいんだ?)

 なかなか話に加わってこないルークを気遣い、もう一度ソフィーがルークに話題を振ってきた。

「ルーク殿下、どのようなご趣味をお持ちでいらっしゃるか、お聞かせいただけませんこと?」

 ルークも緊張したままであるけれど、きちんと答える。

「そうですね。遠乗りが好きです」

 ソフィーはこの答えに、優雅に頷いた。

「まあ、素敵ですこと。遠乗りでしたら、これからちょうどよい季節になりますわね」

 ユリウスも助け船を出す。

「ルークは馬術も相当なものだよ。リエナ、今度教えてもらうといい」

 ルークもようやくリエナに話しかける。

「リエナ姫、馬はお好きですか?」

 リエナもはにかみながらも答える。

「ええ、好きなのですけれど、乗馬はなかなか上達しませんのよ。ルーク様、遠乗りはどちらへ?」

「ローレシア城の近くの湖へよく行きます。湖畔には離宮もありますし、景色もいい所です」

「それは素敵ですわね」

 そう言うと花がほころぶように微笑む。そのリエナの様子にユリウスも上機嫌だ。

「リエナ、ぜひ一度連れて行ってもらうといいよ。私も昔に一度行ったことがあるが、それは見事な景色だった」

 ルークの口からも、やっと次の言葉が出た。

「機会がありましたら、ぜひご一緒に」

 その後はようやく緊張もほぐれたのか会話も続き、いい雰囲気でお茶会は終わった。

********

 お茶会の翌日の早朝、ルークはムーンブルク城の中庭で、愛用の大剣を手に、日課の剣の稽古に励んでいた。

 そこへ一人の長身の若い男が現れた。ユリウスである。手には彼の得物である長い杖を携えていた。

「よう、ルーク。相変わらず熱心だな」

 ルークも笑顔で答える。

「そっちこそ。久しぶりに一緒にやるか?」

「ああ、そのつもりで来た」

 ユリウスは強大な魔力を誇る魔法使いであると同時に、杖術の達人としても名を馳せる、優秀な魔法戦士でもあった。ムーンブルクでは伝統的に剣術よりも杖術が盛んで、杖も単に打撃だけではなく、魔法を併用した属性付きの打撃攻撃をするのが特徴である。

「ユリウス、攻撃魔法も使うのか?」

「そのつもりだが?」

「ちょっと俺の分が悪くないか?」

「ローレシアの王太子殿下の言葉とも思えんな!」

 ユリウスはルークを挑発するように言葉を投げかけたが、ルークの方は少々不満げである。

「俺は寸止めするけど、お前の魔法は止められないじゃないか」

「じゃあ、杖の魔法属性攻撃ならいいだろう?」

「それならいいけど……。いや、攻撃魔法もやってくれ。当ててもらって構わないから」

「本当にいいのか?」

「ああ。魔法での負傷にも慣れておきたいんだ。ただし、怪我したら後の回復は頼んだぜ」

「わかった」

 二人は場所を移動することにした。ここで攻撃魔法を発動すれば、せっかくの美しい中庭が台無しになってしまう。

 彼らが向かったのは、ムーンブルク騎士団の魔法演習場である。ここは攻撃魔法を発動しても周囲の建造物などに被害が及ばないよう、広い敷地を確保した上で、更に周囲を高い堅牢な塀で囲んでいる。

 塀の中には何も無い。ただ広いだけの演習場の中央で、ルークとユリウスは対峙した。

 ルークは大剣を構えた。

 ユリウスも杖を構え、同時に属性攻撃用の呪文の詠唱に入った。

 ユリウスの得物は単なる杖ではない。堅い樫の木を棒状に削ったものに補強の為の金属を巻き、全体に魔法を強化する為の呪文が刻み込んである。更に、先端には自身の魔力を増幅する魔石が埋め込まれている。打撃攻撃をするための武器であると同時に、魔法を発動する為の呪具でもある、ムーンブルク独特のものである。

 ユリウスはこの自らの身長よりも更に長い杖を変幻自在に扱っている。時には突き、時には払い、ルークの重く、速い剣をがっちりと受け止め、跳ね返すことすらある。

 対してルークの剣は、彼の性格を反映して潔い。迷うことなく振り下ろし、薙ぎ払われる剣の切っ先は、決してぶれることがない。また厚みのある長身を一瞬たりとも無駄なく捌き、見た目よりもずっと素早く動くことができる。

 しばらくは五分と五分の戦いに見えた。だが、物理的な力の差で、ルークが少しずつ有利になってきた。ユリウスも並みの魔法戦士ではとても太刀打ちできない程、力も持久力も持っているのであるが、ルークは並みいるローレシアの重量級の騎士達を相手に、日々鍛錬を続けてきた。もともとこどもの頃から飛び抜けた力の持ち主でもあり、桁が違う。

 彼らの稽古の様子を演習場の監視席から秘かに見守っている二つの人影があった。ムーンブルク王とリエナである。

 リエナは初めて見るルークの剣の稽古の激しさに思わず見入っていた。王も熱心に見物している。

「どうだ? リエナ。ルーク殿の剣技は素晴らしいだろう?」

「ええ……」

「また一段と腕を上げたようだな。ユリウスももちろん本気を出しているが、少々分が悪いようだ。まあ、攻撃魔法を発動すれば、また別だが……」

 その時、ユリウスの詠唱が始まった。杖での打撃攻撃を続けながら、一番の得意技である真空の呪文を唱える。杖に仕込まれた魔石から、彼の魂の色である白銀色の光が迸った。

 光は無数の真空の刃に姿を変え、ルークを襲う。ルークは大半を盾で受け流したが、避け切れない刃が、彼の逞しい身体を容赦なく切り刻んだ。それでもまったく怯むことなく、詠唱後の一瞬の隙を突いて一気に間合いを詰め、ユリウスの懐に飛び込んだ。ユリウスは攻撃を避けようと後方に飛び退ったが、次の刹那、ルークの大剣はぴたりとユリウスの喉元に突き付けられていた。

「降参だ」

 地面に腰を下ろした格好になっているユリウスは、杖を置くと両手を上げた。

 ルークも緊張を解いた。白い歯を見せると剣を鞘におさめ、ユリウスを助け起こした。

 ずっと稽古から眼を離せなかったリエナは、思ってもみない結果を目の当たりにして、驚きを隠すことができない。

「お兄様が……、降参なさるなんて……」

 ムーンブルクでも達人と誉れ高い兄が、父王以外の相手に負けるところなど初めて見た。しかも、いくら初級とはいえ、兄の真空の呪文を少しでも受けて平気な顔をしている人物など、今まで一人もいた試しはない。

「ほう、ユリウスの真空の呪文に耐えたか。いくら鋼鉄の盾を使っても片腕で受け流すこと自体が容易ではないのに、更に傷を負っても怯まないとはな。こどもの頃から馬鹿力で丈夫な男だったが、ここまでとは思わなかった」

 王も感心したように頷くと、リエナを見て優しく言い聞かせた。

「リエナ、剣というものはな、その人物の人柄がすべて出る――魔法と同じようにな。ルーク殿がどんな男であるかは、これを見てもらうのが一番だと思ったのだよ」

「はい。お父様のおっしゃる意味がよくわかりましたわ」

 リエナは王に向かって、しっかりと頷いた。


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