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旅路の果てに
第11章 11


「ふん、ローレシアもルークを見捨てたか。いざとなったら、冷たいものだ」

 ムーンペタの離宮で執務を執っていたチャールズ卿が吐き捨てた。手にしていた書状――ローレシアから先程届いたばかりのものである――執務机に投げ捨てるように放った。

 チャールズ卿の目の前の椅子には、宰相のカーティスが座っている。卿は最近、ますますローレシアに対しての言動が乱暴になってきた。既に同じロト三国としての敬意は微塵も感じられない。内心の苦々しさを押し隠したまま、早急に用件を済ませるために口を開いた。

「ルーク殿下が療養中から薨去と発表することで、事態を収束に向かわせる意向でしょう」

「要するに、役立たずの第一王子には見切りをつけて、次の駒に期待をかけようということですな」

 呆れたような表情も隠さず、チャールズ卿は話し続ける。

「第二王子は確か……アデルとか言いましたな。ローレシア王の後妻腹の王子ですか。あの後妻もその父親も立派な人物だという噂は聞いたことがない。その王子がどこまでやってくれるのか、お手並み拝見と行くとしましょう」

「アデル殿下は既に、王太子代行として公務にあたられています。ルーク殿下に劣らず、立派な世継ぎの君であるとの評判ですが」

 卿はカーティスの言葉を聞いているのかいないのか、あらぬ方を向いたまま言い放つ。

「――とにかく、これでルークを見つけてこちらで処分しても、誰からも文句は出ないということですな」

「何ということを言われる?」

 さすがにこの台詞は聞き捨てならなかった。厳しい表情のカーティスに向かい、卿は鼻で笑って見せる。

「ローレシアにとってルークは、既にこの世に存在しない人間です」

 卿はじろりとカーティスをねめつけた。

「仮に今、リエナ姫が見つかったとしましょう。間違いなく姫の傍らには男がいる。しかしその男はルークでは有り得ない。――当然ですな、ルークはローレシアを一歩も出ていない。古傷が悪化したとやらで、ずっと湖畔の離宮に引き籠っていた。そして、治療の甲斐もなく、生命を落とした――真実はこれですべてです」

 そう言った後、今度は打って変わって口の端に笑みを貼り付かせた。

「ということは、その男はリエナ姫を拉致した不届き者としか考えられないわけですよ。拉致犯人がムーンブルクにおいて厳重な処罰を受けるのは当然の報いでしょう――違いますか?」

 カーティスは内心で動揺していた。チャールズ卿の言ったことはすべて正論であるからだ。無論、カーティス自身も言われる前から理解していたけれど。

「チャールズ卿」

「何か?」

「では、卿は、もしリエナ姫が発見されたとしたら……」

 話を続けようとするカーティスに向かって、卿はうるさそうに手を振って遮った。

「くどいですな、宰相。何度同じことを言われようが、リエナ姫拉致犯人をどう処分しようが、どこからも文句など出るはずがありませんよ――特に、ローレシアからは、絶対に」

 卿はカーティスに向き直ると、話を続ける。

「そう、何の問題もありませんよ。第一王子薨去――それが事実となったに過ぎないではありませんか。それどころか、死んでくれてありがたいと思われる可能性すらある。もしリエナ姫が見つかるに伴って、ルークが表舞台に戻れば大変な騒ぎになる。死んだはずの王太子が生きていた、しかも他国の次期女王を拉致して二人で隠れ住んでいたなど、前代未聞の醜聞ですからな。ローレシアだってこんなことを表沙汰にはしたくないでしょう。ですから、ムーンブルクがルークを処分するということは、この醜聞を隠し通す手助けともいえるわけですよ。どのみち見つかればリエナ姫はムーンブルクに戻るしかない。ルークが姫と添い遂げることは不可能なのですからね」

 チャールズ卿の声音には、妙に嬉し気な響きが混じっている――カーティスにはそう聞こえてならなかった。

「ルークの方も、リエナ姫が私と婚姻を結ぶのを見る――手に入れるために拉致までした女が、みすみす他の男のものとなるのを見届けるくらいなら、そうなる前にあの世に送って差し上げる方が親切と言うものですよ。もっとも、そう簡単にくたばるような、やわな男ではないでしょうがね」

 カーティスはあまりの暴言に、何かを言うのを諦めていた。こういう時ばかりは、ムーンブルクの宰相という地位を顧みず、リエナが見つからなければいいとまで考えてしまう。見つかれば当然すぐにでもチャールズ卿との婚儀を挙げなければならない。卿の毒牙にかけるくらいなら、このままルークと添い遂げて欲しいと願いたくなるのだ。しかし、それは決して許される考えではない――カーティスは無理やり頭から追い払った。

 これ以上不毛な会話を続けていても埒が明かない。カーティスもたくさんの案件を抱えていて多忙を極めているのである。用件だけを済ませて、自分の仕事に戻るべきだった。

「チャールズ卿、ルーク殿下の国葬ですが、フェアモント公爵と私が参列することにします」

 卿は一瞬、ちらりとカーティスを見た。

「――任せますよ」

「わかりました。では早急にその旨ローレシアからの使者に伝えます。――ではこれで、失礼しましょう」

 それだけ言うと椅子から立ち上がって踵を返し、何か言われないうちに部屋を後にした。

 自分の執務室に戻りながら、カーティスは内心で胸を撫で下ろしていた。参列者の選定は任せると言われるだろうとは予測していたものの、急に気が変わって自分が行くと言い出しかねないからだ。チャールズ卿も以前であれば表面だけでも取り繕ってくれただろうが、最近の言動を見る限りではそれも怪しくなってきている。ただでさえ神経を使わなければならない国葬への参列で何か問題を起こされてはかなわない。今は同じロト三国として、ただ第一王子の薨去を悼む以外のことをしてはならないのだ――出奔など、最初からなかったかのように。




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