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旅路の果てに
第11章 12


 ローレシア城下のルビス大神殿に、弔鐘が響き渡る。

 第一王子ルーク・レオンハルト・アレフ・ローレシアの葬礼の儀が今、執り行われようとしていた。

 神殿の外では、集まった民が嘆き、悲しみにくれている。けれど、民はまだ信じられない――否、信じたくないのだ。ルークはローレシアの未来を象徴する英雄だったのだから。

********

 ルビス大神殿の中では、大司教の厳かな祈りが捧げられている。

 神殿の奥には、ローレシア王家の紋章が描かれた棺が安置されている。

 そして棺の傍らには、ルークの親族――父王アレフ11世を始め、王妃マーゴット、王太子代行を務める第二王子アデル、第三王子らが付き添い、更に後方には宰相バイロン、王妃の父であるエルドリッジ公爵をはじめとする重臣達がひっそりと控えていた。

 アーサーも、サマルトリアから王の名代として参列していた。

 国賓として弔問客らの最前列で立つアーサーの隣には、黒衣に身を包んだ妃のコレットがいる。アーサーは端正な顔にも若草色の瞳にも何の感情も見せていない。けれどそこに時折、ともに戦った親友を失った悲痛を抑えきれないという表情を――無論これはアーサーの演技である――浮かべている。コレットの方はやや緊張気味ではあるものの、それでも王太子妃らしく端然と、アーサーとともに死者との別れの時を待っていた。

 終始無言のまま、アーサーは冷静に辺りを観察していた。

 アレフ11世はまったくの無表情である。これは当然だった。王たるもの、いくら実の息子の葬儀であっても、感情を表に出すものではないからだ。傍らに控えるマーゴットも、今日ばかりは流石に浮ついた様子もない。もっともこんな席であっても装いの方は極上の黒衣を纏っている。場にふさわしく一見地味な印象を受けるが、見るものが見れば贅の限りを尽くしたものであるとわかる。もちろん義理とはいえ息子の葬儀、しかも国葬であるから、弔問客を迎える側として礼を失しないためではあるけれど、いかにも贅沢好みのマーゴットらしい。

 アデルも精一杯感情を抑えているのがよくわかる。けれど、表情からは、言いようのない緊張が垣間見え、同時にわずかに苛立ちのようなものも感じられた。アーサーには彼の気持ちが理解できた。本来ならアデルも一切の感情を表に出すべきではないのであるが、傍目から見れば、若くして生命を落とした兄への哀悼の念と、今後自らに課せられた責任の重さゆえであると、好意的に解釈されるだろうとも感じていた。

 儀式が進み、弔問客の献花となった。最初がラダトーム、続いてサマルトリアである。アーサーはコレットの手を取り、軽く頷いて見せた。二人揃って、祭壇に安置された棺に向かって歩みを進めていく。

 儀礼に則り、拝礼とともに死者へ白い花を手向け、ルビスの祈りを捧げる。

 しかし、目の前の祭壇の様子がいつもとは違っている。

 安置された棺の蓋が閉じられているのだ。このようなことは初めてだった。慣例では、棺に納められた死者は最礼装を纏い、数多くの花々とともに、参列者と最後の別れを交わすはずだからだ。

 もっとも大神殿に入場する前、それとなく事情は聞かされてはいた――ルークは長期間に亘る治療のため、容貌がかなり変わってしまっている。死後、見苦しい姿を晒したくないと、生前にルーク本人から強い希望があったからであると。

 それでも、どうしても違和感が拭えないのか、弔問客の誰もがわずかながら戸惑っているらしい。葬儀に死者の姿がないのはそれほどに異例のことなのである。無論のこと、そのような非礼な態度をはっきりと出すものなど誰一人いないけれど。

 もちろんアーサーは真の理由を知っているし、棺の中は空である――出棺の時に不審に思われないよう、相応の重しは入れてあるはずだけれど――こともわかっていた。ローレシアにとっても苦肉の策だったのだろうと考えている。王族の葬礼という厳粛な儀式に、作り物で代用するなどできないのだ。かといって、ルークと似た体格の別の人間の遺体を使うなど論外である。仮に一時であっても、王家の墓所に王族以外の人間を葬ることになるのだから。第一、何か策を弄しても、ルークをよく知る人物たちの目をごまかすのは容易ではない。ならばいっそのこと姿そのものを見せない、理由はルークの遺志だったとした方が、よほど説得力がある。

 アーサーとコレットの次が、ムーンブルク次期女王の番である。次期女王であるリエナは現在療養中であるから、名代として、フェアモント公爵と宰相カーティスが参列している。アーサーの予想通り、チャールズ卿は来ていない。死者への祈りを捧げる公爵の表情は、どこか怒りを含んだものだった。リエナを奪われた、ひいては自らが国王の父となる野望をくじかれたからだというのは明白だったが、わずかではあっても、この場で怒りの表情を出すべきではない。アーサーは内心で軽蔑しつつ、続けてカーティスの様子を伺った。カーティスの方は厳粛な儀式にふさわしく、抑えた低い声で祈りを捧げている。

 言いようのない緊張した空気のなか、各国の弔問客らの献花が続き、祈りの声が低く聞こえてくる。

 すべての弔問客が献花を無事に終えた。一旦、弔問客らは退場し、神殿内に用意された控室に移る。ローレシアの民が死者への別れの時を持つからだった。

 再度、弔鐘が鳴り響いた。出棺の時である。

 喪服の近衛兵が棺を運びだした。それに続き、大司教と王族及びそれに準じる重臣、弔問客のうちでもごく限られた人物――アーサーとコレットはここに含まれる――が付き添っている。最後の儀式である埋葬を見届けるのだ。

 王家の墓所に到着した。

 あらたに建てられた墓標には、ルークの生年と享年の他に、こう記されている。

――勇者ロトの血を引く者、民のためにその生命を捧げ、精霊ルビスの御許に還る。

 大司教のルビスの祈りの言葉とともに、粛々と埋葬が進められていく。事情を知るものにとってはとんだ茶番劇ではある。しかし当然のことながら、誰もそんな素振りは微塵も見せてない。

 アーサーも一切の感情を交えず、最後の儀式を見守った。

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 無事に葬礼の儀を終えた後も、王家の墓所にはどこかいつもとは違う空気が残されていた。




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