次へ
                                                       戻る
                                                      目次へ
                                                     TOPへ

旅路の果てに
第11章 13


 ラビばあさんはローレシアの城下町を訪れていた。前回訪問してからまだ幾日も経っていない――ルークの葬礼の儀に参列するためである。

 もちろん参列といっても、正式な弔問客としてではない。慣例で、王族の葬儀では民も別れの時を持つことを許されている――ルビス大神殿での儀式を終えた後、出棺までのわずかな時間でしかも安置された棺を遠くから見るのみではあったが、棺に横たわる死者の姿を拝することだけはできるのである。

 正直なことを言えば、ローレシアを訪れるかどうか最後まで迷っていた。ばあさんがローレシアに住んでいたのは2年足らず、しかも20年以上前である。もともと城下町に住む知人も限られ、今も付き合いがあるのは薬屋の店主くらいではあるが、どこで昔の知りあいに出くわすかわからないからだ。

 それにもかかわらずローレシアに来たのは、どうしても自分の目で確認したいことがあったからだった。亡骸を拝することで、トランのルークがローレシアの王子でないことを確認したいという一縷の望みをつないでいたのである。

********

 ラビばあさんは、薬屋の店主と並んでローレシア城へ向かっていた。これも、ばあさんの気持ちを思いやった店主の気遣いである。前回の訪問時、偶然にもルーク薨去の報を聞きいて呆然自失となったばあさんに、店主は、もし葬儀に参列するなら一緒にと声をかけてくれていたのである。

 神殿の前では、既に大勢の民が長い行列を作って葬儀の終了を待っていた。店主とばあさんもその最後尾に並ぶ。

 誰もが無言のままだった。普段ならにぎやかに民が行き交う神殿前も、今日ばかりは重苦しい静寂に包まれている。

 ようやくルビス大神殿での長い儀式が終了した。民の参列を促すために司祭が数人、入り口に現れる。民は司祭らの誘導に従って、順番に神殿内に入っていく。けれど不思議なことに、参列を終えて神殿から出てくる民はみな一様に、深い悲しみだけでなく戸惑いのような表情を浮かべているのである。

 ラビばあさんと店主も神殿内に入り、最後の別れを済ませることができた。そして、民が一様に不可解な表情を浮かべていた理由はすぐにわかった。

 民が神殿へ入場した時には既に、棺の蓋が閉じられていたからだった。しかも、それについての説明は何もされていない。王族の葬儀であるから、慣例と違うからといって、いちいち民にまで事情が説明されるわけもないが、最後にせめて一目だけでもルークの姿を拝したいと願っていた民には残念であるし、不思議に思うのも無理はない。

********

 ラビばあさんは一人、薬屋の客間の椅子に座っていた。

 葬儀に同行した店主はまだ戻っていず、ばあさん一人きりである。

 慣例を破って棺の蓋が閉められていた――ルークの姿を隠されていたことに、どうにも納得できないものを感じた店主がどうしても理由を知りたいと言い出した。職業柄か、あまり公にはできない事情でもあるのかと訝しがったのだ。何も言わないが、ばあさんも同じ思いだった。それを察した店主が自分が残って事情を知っていそうな知り合いを探すからと、わざわざラビばあさんだけを先に店に帰したのである。

(葬儀で亡骸を拝することができなかった理由は、やはり……)

 ばあさんは、店に戻って来てからずっと、このことを考え続けている。トランのルークはやはりローレシアの王子だったのだという考えと、そんなことはない、薨去は真実で、亡骸を見せないのはよんどころない事情があってのことだという思いとが、せめぎ合っている。

 ばあさんが考え疲れてこめかみを押えたころ、ようやく店主が店に戻ってきた。

「ばあさん、待たせて悪かったな」

 そう言うなり、椅子に座るとがっくりと肩を落とす。

「それで、事情の方は……?」

「ああ、長年の治療でお顔が変わっちまったからだそうだ」

「お顔が、変わった……?」

「そうだ。たまたま城に仕える侍医様の弟子の一人に行き会った。俺の店にルーク様の薬を依頼してきた人だったからよ、頼み込んだら、こっそり事情を教えてくれたんだ」

「なんとまあ……」

「それ以上のことは何も教えちゃあくれなかったがよ、薬で顔が変わっちまうってよっぽどだ。劇薬に近いくらい強い薬を長期間使い続けたとしか考えられねえ。普通の人間じゃまず耐えられねえ。いくらルーク様でも、さぞおつらかっただろうよ。それだけ治療をしても無理だったってほど、古傷はひどかったってことだ。いや、古傷って言うより、傷そのものが完治していなかった方が正しいのかもしれん。だけどルーク様はよ、それを民に悟られないよう、ずっと耐えていなさったんだ……」

 店主は大きな身体に似合わず、眼尻には涙すら浮かべているが、それを隠そうともしていない。

「ルーク様の最期のお姿を拝することすら、できなかった……やり切れねえな……」

 眼尻の涙を大きな拳で拭いつつ、店主がしみじみと呟いた。

「でもよ、ルーク様のお気持ちはわかるぜ。病み衰えた姿を俺達に見せたくないっていうのは、あの御方なら当然だ。あの、破壊神を倒して凱旋した時のお姿――堂々として、ローレシアの安泰を確信させてくださった、あの立派なお姿だけを、民の記憶に残しておきたかったに違いねえぜ――なあ、ばあさん」

「……あ、ああ、そうじゃの……」

 ラビばあさんの答えは歯切れの悪いものだった。けれど、店主が不審に思うことはない。ばあさんの内心の葛藤を知らない店主は、それだけばあさんにも衝撃が強かったのだろうと思っていたからである。

「考えようによっちゃ、ルーク様のご生母のテレサ様がこれを見ずに済んだのだけは救いだったのかもしれねえ……。あんな立派な息子に先立たれたら、とても立ち直れねえだろうからよ」

「テレサ……、様」

 店主の口から突然出た名前に、ばあさんは呆然と呟きを漏らしていた。

「……悪かった。昔のことを思い出させちまったな」

 慌てて謝る店主に向かって、ばあさんは力なくかぶりを振った。

「気にせんでええ。お前さんの言う通りじゃからの」

 重い溜め息をつきつつ、言葉を継ぐ。

「テレサ様がもし今日の葬儀に参列しなければならなかったとしたら、お哀しみはいかほどか……」

 ばあさんの落ち込みようを見て、店主にはかける言葉が見つからなかった。ばあさんはテレサが薨去して20年以上経った今もまだ、傷が癒えていないのだ。不用意にテレサの名前を出したことを悔やみ、話題を変えることにする。

「そういや、ムーンブルクの姫様も絶対安静が続いているらしい」

「ムーンブルクの姫様……確か、リエナ様とおっしゃったの。まだお悪いのか」

「ああ、リエナ姫様だ。例のムーンブルクの知り合いの薬屋から聞いてる限りでは、あちらもまったく公にはお姿を現してくださらないらしい。そりゃそうだよな、ルーク様みたいに頑丈な御方が亡くなるんだ。かよわい姫様がそうそうよくなるとは思えねえ」

「もう御一方は――サマルトリアの王太子殿下はいかがお過ごしなのじゃ」

「サマルトリアのアーサー様だけは、お元気でいらっしゃるらしいぜ。だいぶ前にご結婚もされて、今回の葬儀もお妃様と参列なさったはずだ。それにしても英雄御三方のうち、御二方までがこんなひどい状況になっちまったんだ。どれだけ過酷な旅を続けてこられたのか、俺には想像もつかねえ」

「そうか……」

「ムーンブルクはどうなっちまうんだろうな。ローレシアにはまだ、アデル様ももうお一人の弟殿下もいらっしゃるし、何より国王陛下がご健在だけどよ」

 ばあさんは何も言えなかった。跡継ぎを失った、しかも大神官ハーゴン襲撃の爪痕が生々しく残るであろう国の行く末が明るいものであるはずがない。

 重い沈黙がしばらくの間、客間を支配していた。が、ばあさんがおもむろに立ち上がった。

「わしはこれで帰るとする。――邪魔したの」

「ばあさん、わかってると思うが、さっきの話は内密に頼む。事情を聞かせてくれた人からも口止めされてるし、俺もばあさん以外に話すことはねえ。店のやつにもな」

「ああ、わかっとるよ」

「気をつけてな」

「お前さんには色々と世話になったの。――ありがとう」

 ばあさんは頭を下げた。

「いまさら水臭いこと言うなって。ばあさんらしくもねえ。――これからも遠慮なく訪ねてくれよ。何かあったら、いつでも相談に乗るからな」

「お前さんも、息災での」

 その後まもなく、ばあさんは薬屋を後にした。見送った店主の目には、ばあさんのちいさな身体が更に一回り縮んでしまったように見えて仕方なかった。

********

(もう間違いはない。ルーク様は本当は薨去などされてはおらん。トランの村のルークが、紛れもなく、ローレシアのルーク様なのじゃ)

 ラビばあさんは歩みを進めながら、内心で大きな溜め息をついていた。ルークの葬儀で棺の蓋が閉められていた事情を薬屋の店主から教えてもらったものの、ばあさんにとってはおかしな話ばかりなのだ。

 しかし、店主を始め、民はそう感じていない。それも無理はなかった。市井の民に与えられる王族の情報は、城からの公式発表がすべてなのだ。それを疑ってかかるなど、考えたことすらないだろう。だから、ルークの葬儀で亡骸を拝することができなかったことも、民が訝しがったのはほんの一瞬で、その後はすぐに忘れ去られるのだ。

 誰もが誇りに思っていた未来の国王を失った悲しみを思えば、そんなことは比較にすらならないほど些細なことだった。それほどに、今のローレシアの民は悲しみの淵に沈んでいるのである。

 しかし、ばあさんは違う。冷静に考えれば、葬儀に亡骸を見せないなど絶対にありえないと言い切れる。

 無論、死因によってはどうしても無理な場合もある。それでも、ずっと離宮で療養していたルークがその事例にあたるとは思えないのだ。顔には死化粧を施せばよい。ローレシア城であれば、死者専門の熟練した化粧師もいる。彼らの技術をもってすれば、病にやつれた顔貌も、薬の副作用で変色した顔色すらも、かなり生前の面影を取り戻すことができるのだ。身体は痩せ衰えていたとしても、肌着と身体の間に詰め物を入れて体型を整えた上から立派な礼服を着せ、更に棺の中を花で満たせばいくらでもごまかせるのだ。

 ばあさんにはそれがわかる。祖国とローレシアで王宮に仕える薬師だったばあさんは、幾人もの貴人の死に立ち合い、葬儀にも関わってきたからだった。

 そして、ばあさんが最後に関わった葬儀がほかでもない、ルークの生母、王太子妃テレサなのである。

 テレサ妃は、ある小国出身の王女だった。ばあさんはそのテレサ王女の侍医団の一人で、薬師としてずっと仕えていたのだ。そして、テレサがローレシアへ輿入れ――現在のローレシア王アレフ11世がまだ王太子だったころである――する際に、祖国から同行してきたのである。

 ばあさん自身はこの国の下級貴族で、一族は先祖代々医療に携わり、王室の侍医団の一員を務めてきた。その縁でテレサ付きとなり、生まれた時からずっと成長を見守ってきたのである。ばあさんはテレサを心から敬愛し、またテレサも深い信頼を寄せていた。王女と薬師の身分を離れても親交があり、時には互いに趣味の話をするほど深いものだったのである。

 ばあさんが薬師だけでなく産婆の技術を習得したのも、将来テレサが嫁ぎ、懐妊した時に安心して体調管理を委ねられるようにと、テレサの父王から依頼されたことがきっかけだった。王女である以上、嫁ぎ先は他国の王室である可能性が高い。いずれ祖国を離れるであろう王女を心配した国王夫妻が、ばあさんの薬師としての技量とテレサに対する真の敬愛の念を見込んでのことである。

 ばあさんはテレサに仕える傍ら、熟練した産婆の助手となって、幾度も出産に立ち会ってきた。それだけでなく、この機会にと、妊娠出産にまつわる様々な婦人の病に関しても知識を深め、研究を重ねた。それまでの薬師としての膨大な知識と経験を踏まえ、さらに高度な治療に発展させていったのである。

 その後、テレサはローレシア王太子妃として輿入れが決まった。わずか14歳。この国では女子は14歳で成人の儀を迎えていたし、テレサ自身も美しく聡明で、精神的には充分に成熟した大人であった。また王族であるから決して早すぎる結婚とは言えない。当然、誰も反対する者はいなかった。

 しかし、一点だけ問題があった。健康面での不安である。かなり小柄で痩せ気味であるせいか、幼いころから病がちであったのだ。

 そのため、できればあと1−2年、身体的な成熟を待っての輿入れとしたかったが、それを押して婚礼の儀を挙げたのは、テレサの父王とローレシア王太子二人の達ての希望があったからだった。

 そもそもこの縁談が持ちあがったきっかけが、この国を訪問したローレシア王太子がテレサを見初めたことである。歓迎の夜会が初対面なのであるが、王太子はよほどテレサを気に入ったらしく、帰国後早々に求婚の使者を送ってきたのだった。

 王太子はかなり以前から妃の選定に入っていたが、諸事情からなかなか相手が決まらずにいた。また、この国のような小国にとって、大国ローレシアとの婚姻、しかも王女が望まれて王太子妃となるなど奇跡に近い幸運である。この縁談を逃すわけにはいかない――そう考えた王が率先して、この縁談を纏めたのだった。

 輿入れ後、王太子はそれはそれはテレサを大切にしてくれた。テレサも始めのうちこそぎこちなかったもののすぐに打ち解け、誰もが羨むほどの仲睦まじい夫婦となることができた。そして、半年余りのちにテレサは懐妊した。

 誰もが祝福し、ローレシアの明るい未来を疑わなかった。

 そして一番喜んだのが、王太子である。

 しかし、テレサは第一王子ルーク出産直後に薨去した。

 王太子は心から愛した妃を失い、悲嘆にくれた。

 ばあさんは呆然自失し、自分が至らなかったせいだと、己を責め続けた。

 けれど、事実としては、これは正しいとは言えない。

 テレサは妊娠初期からずっとひどい悪阻に苦しめられていた。普通なら治まる時期にもまだ続いていたせいで、ほとんど寝たきりで過ごし、食事すら満足に取れない状態が続いていた。もとから細身だった身体はますます痩せ、侍医も周囲の女官も出産に耐えられるかと危惧していたのである。

 体力も落ちていたテレサの様子から、ばあさんは最悪の事態――母体か胎児かどちらかを犠牲にしなくてはいけなくなる可能性を予測し、侍医と相談の上で、当時のローレシア王に密かに奏上し、指示を仰いだ。

 そして返って来た答えは、何があろうとも胎児を優先する、だったのである。

 当然といえば当然といえる回答に対し、ばあさんも何も抗弁せず、ひたすら自分の職務に没頭した。

 テレサが少しでも体力を取り戻せるよう、できうる限りの治療を施した。幸い、胎児の方はまったく問題もなく順調に育っていることから、なるべく母体に負担がかからない措置を取れるよう、他の侍医らとも意見が一致したところで、許可も得た。

 王太子も公務の合間の時間を見つけては、テレサを見舞っていた。テレサもお腹の子と王太子のためにと、つらい悪阻にも耐えた。

 その後はテレサ本人の強い意志と、ばあさんの的確な治療が功を奏し、体調は万全とは言い難かったものの、無事に産み月を迎えることができた。そして二昼夜に亘る非常な難産の末、テレサは見事、第一王子をあげたのだった。

 テレサは大役を果たした安堵に身を委ねていた。傍らに寝かされた王子は父王太子に似て身体も大きく、健康そのものだった。寝台の側にはばあさんが控え、涙ぐみながらずっと母子を見守っていた。

 ばあさんはその時のテレサの、生まれたばかりの我が子に向けた慈愛に満ちた表情が忘れられない。

 周囲はローレシアの世継ぎの誕生に沸き、誰もがテレサを称えたのも束の間、その夜になって容体が急変し、翌日の未明、儚くこの世を去った。

 ばあさんは、この時の記憶が定かではない。何も考えられぬまま、ただひたすらに義務を果たしていたのだ。そして、テレサの葬儀が済んだ後、自ら辞職を願い出た。心から敬愛するテレサを救えなかった自責の念からである。

 驚いた侍医団は皆そろって引き止めた。テレサの容体が急変したのは、本人の気力体力が出産で使い果たされての極度の衰弱が原因である。責任どころか、あの状態で無事出産までこぎつけたのは、他ならぬばあさん自身の手厚い治療のおかげであると、説得した。

 国王も王太子も責めるどころか、これからは第一王子付きの薬師として仕えるようにとのありがたい言葉も賜った。

 けれどそれを振り切ってばあさんは職を辞し、ローレシアから姿を消した。祖国にも帰らず、行方知れずとなったのである。

********

(トランのルークがローレシアのルーク様と同一人物であれば、リエナちゃんもムーンブルクの姫君で間違いないのじゃろう……)

 ラビばあさんは、重い溜め息をついた。

 再び、何故二人が国を捨て、責任を放擲してトランの村に来たのかという疑問が甦る。

 ばあさんの目にはどうしても、二人がそんな無責任な行いをする人間には見えないのである。リエナの話では、故郷でつらい目に遭っていた、ルークがそこから救いだしてくれたとだけ聞いている。リエナがムーンブルクの王女なのであれば、余程の事情があったのだとはわかるが、これもいくら考えても正しい答えが得られるはずがない。ばあさんは考えるのをやめる他はなかった。

(それにしても……わしがトランの村でリエナちゃんの治療にあたることになったのも、運命の巡り合わせなのかもしれんの……)

 ルークはばあさんが心から敬愛したテレサ妃の忘れ形見である。その大切な御方が心から愛するムーンブルクの姫君――それも身体を壊して今のままでは子を望めぬリエナの治療にあたることになったのは、とても偶然の出来事とは思えなかったのである。

(リエナちゃんの治療に全力を尽くすことが、亡きテレサ様へのせめてもの償い。わしの、薬師としてのすべてをかけて、治して差し上げねばの)

 幸い、リエナの治療は順調に進んでいる。彼女も小柄で華奢ではあるけれど、もとは健康に恵まれていたはずだとばあさんは考えている。でなければ、とても2年もの過酷な旅を乗り切れまい。

 自らが行くべき道はもう決まっている。ばあさんは顔を上げた。

(もうこれで、この問題に心を煩わせることもなかろうて……)

 ルークもリエナも今はトランの村の住人である。考えようによっては、これで晴れて二人は――少なくともルークは――ただ人として暮らせるのだ。

 ばあさんもようやく踏ん切りがついていた。あと心に引っかかるとすれば、単なる下級貴族出身の自分が、身分を捨てたとはいえ王族に対してあのような態度をとることであるが、これも答えは一つしかない。

 絶対に自分が二人の正体気づいたことを覚られてはならない。二人は非常に聡明である。それに加え、常に追っ手に神経を尖らせている。気づかれないためには、何一つ変わることなく暮らしていくしかない。今まで通り、良き隣人であればいい。

(わしは、この秘密は墓の中まで持っていく)

 ばあさんは目を閉じ、固く決心した。

(テレサ、様……)




次へ
戻る
目次へ
TOPへ