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旅路の果てに
第11章 3


 いつの間にか、日差しは初夏のものになっていた。森の木々は緑が濃くなり、春の優しい色合いの花に代わって鮮やかな色彩の花々が咲き乱れている。村は一年で最も過ごしやすく、美しい季節を迎えた。

 まるで真夏のように暑い日だった。村の女達は村の中を流れる、小川のほとりに集まっていた。小川の中に果物や飲み物を入れた籠を沈め、冷やしたものを楽しみつつ涼を採るのだ。順調に体調が回復してきたリエナも誘われ、一緒に楽しんでいた。

 女が二人、川の中に取れたての果物を浸しながら、すぐ近くで他の女と楽しそうに話しているリエナの姿を眺めていた。

「リエナちゃん、最近ますます綺麗になったよねえ……。ルークが相変わらずリエナちゃんに夢中なのも、当たり前だわ」

 初夏の日差しの中で、リエナのきめ細かな肌は白く輝き、女達に溜め息をつかせるほどに美しい。

「ほんとに。見てごらんよ、あの肌。つやつやで、まっしろで光り輝く見たいだもの」

「ルークにたっぷりかわいがってもらってるんだろうねえ。でなきゃ、あれだけのしっとりとした艶は出ないもん」

「あらあんた、羨ましいのかい? でもさ、いくら亭主にかわいがってもらったって、元が違うって、元が」

 聞いているつもりはなくとも、女達の会話はリエナの耳にも自然に入ってくる。リエナの頬が、ほんのりと桜色に染まる。それがますます肌の美しさを引き立てていた。

 リエナと話をしていた女もそれに気づいた。リエナの顔を見て、ちいさく笑う。

「リエナちゃん、ほんとに綺麗な肌だよ。すべすべしてて柔らかそうで、女のあたしでも触ってみたくなるくらい――おや、顔が赤いよ。さては、昨夜のいいことでも思いだした?」

 からかうような口調に、リエナはますます頬を染めている。その表情は如何にも初々しい新妻のものだった。

「……もう、いやだわ。わたくし、最近すこし太ったのよ。たぶんそのせいだわ」

 リエナはこう言ったが、実は女の言葉は図星だったのだ。最近、ルークにしょっちゅう肌が綺麗になった、結婚したばかりの頃とは明らかに感触が変わってきた、触ると手のひらに吸いついてくるみたいだ、などと言われている。

 自分では最初のうちはあまりわからなかったが、今では肌が変わってきたことを自覚していた。当然のことながら、リエナの変化をルークはとても喜んでいる。女達の会話をきっかけに、思わず昨夜のルークがいつにも増して情熱的だったことを思い出してしまったのだ。

 女の方も、実のところは、リエナの反応から自分の言ったことが合っていたのだとわかっている。けれど、まだまだ新婚の若妻をあまり冷やかしてばかりなのも大人げない。だから、これ以上は言わず、リエナをしげしげと眺めて、頷いた。

「確かに言われてみれば、そうかもねえ。でも、全然気にするほどじゃないと思うけど」

 徐々に体調がよくなるにつれ、リエナはすこしばかりふっくらとしてきた。とは言っても、もともと細いうえに、ムーンペタでの心労のせいで、更に痩せてしまっていたのだ。だから太ったと言っても、ようやく元に戻ったかどうかという程度である。それでもリエナは気にしているらしい。

 その会話を聞いていた別の女が、とんでもないとばかりに手を振った。女はかなりふくよかで、手にはかじりかけの冷やした杏子を持っている。

「あらやだ、まだまだ痩せすぎなくらいだよ。リエナちゃんが太ったって言うんなら、あたしは一体どうしたらいいのさ?」

 そう言って、明るく笑った。口ではこう言っていても、その屈託のない口調から、本人はたいして気にしていないのがよくわかる。実際、女はおおらかな気性の持ち主であるおかげか、この体型がよく似合っているのだ。

「それにね、リエナちゃん。男はね、やわらかーい身体が好きなのさ。ルークはそう言ってないかい?」

 これまた図星だった。ルークは最近、肌が綺麗になった上に、抱き心地がますますよくなったと喜んでいる。言われる方のリエナは恥ずかしくて仕方がないのであるが、その時の反応がルークにとってはたまらなく可愛いらしい。頬を染めたところを見たいがために、わざと言うことすらあるのだ。

 リエナはいつの間にか、真っ赤になっている。それを見て、女達は囃したてた。

「おやおや、やっぱりそうかい。じゃあもっとお肉をつけないと。さあ、これも食べてごらん。おいしいよ」

「こっちのもおいしいよ。さ、どんどん食べて。ルークをもっと夢中にさせなきゃねえ」

 女達はそろって陽気な笑い声を上げている。リエナの初々しさが眩しく、自分の若かりし頃を思い出して懐かしいのだろう。口調だけはからかうようなものでも、好意的なものばかりだった。

 リエナに勧めるだけでなく。女達は自分も盛大に口に運んでいる。初夏の日差しの下で楽しむ、おいしい食べ物とおしゃべりとは、この時期の大きな楽しみなのだ。

 今日の日差しはまるで真夏かと思う程で、木陰にいても汗ばむほどの陽気だった。女達は靴を脱ぎ、川縁に座って足を小川に浸けては水飛沫を立てている。普段はせっせと家事をこなす主婦である女達も、この時ばかりは若い娘のように歓声をあげている。

「リエナちゃん、よかったらやってみない?」

 声をかけてきた女の様子があまりに気持ちよさそうで、リエナも真似をしてみることにする。

 靴を脱ぎ、スカートの裾が濡れないようにすこし持ちあげてから川縁に腰を下ろす。そっと足を水につけると、清冽な流れが何とも心地よい。リエナは思わず笑顔になった。

「本当、とっても気持ちいいわ」

 誘った女が、リエナの足を見て感心したように話してくる。

「リエナちゃん、足も綺麗だねえ。足首なんて折れそうなほど細いんだ。やっぱりあたし達とは、生まれも育ちも違うんだねえ」

「でもわたくしは、その分あまり体力がないのよ。以前に旅をしていた頃は、丈夫なルークが羨ましくて仕方なかったわ」

 それを聞いて、別の女が大笑いした。

「そりゃ、リエナちゃん、ルークと比べちゃいけないよ。あの丈夫さは並みじゃないもん。うちの村に昔いた若い男達だって、ルークに敵うのはいなかったさ」

「そうそう、リエナちゃんは今のまんまでいいんだよ。ちゃーんとルークが守ってくれるんだから。ほんとに羨ましいねえ」

 女達の笑いさざめく声は、この後も日が傾くまで、小川のほとりにこだましていた。

********

 リエナが自宅に帰ると、ちょうど村の手伝いから戻ったらしいルークが出迎えてくれた。いつもどおり、リエナの身体をしっかりと抱きしめ、お帰りのくちづけをしてくれる。今日のそれは、いつもよりも長くまた情熱的なものだった。唇を離した後もルークはリエナを抱きしめたまま、熱の籠った目で見つめている。

「お帰り。楽しかったみたいだな」

「ええ、とっても楽しかったわ」

「それならよかった。だが、留守番の俺は寂しかったぜ?」

「思っていたよりも遅くなってしまってごめんなさい。でも、あなただって今帰ったばかりじゃなくって?」

「確かに今帰って来たところだ。だがな、何度でも言うが、俺はリエナが近くにいないと、寂しいんだ」

 悪びれる様子もなくそう言うと、もう一度しっかりと抱きしめた。柔らかな肢体を楽しむかのように、しばらくの間そのままでいたが、やがて腕を緩め、リエナを真っ直ぐに見つめた。

「最近村の連中に言われるんだ。リエナがますます綺麗になったって。俺は果報者らしいぜ。確かに綺麗になった……」

「……わたくし、そんなに変ったかしら? ……その、村のみなさんに言われてしまうほど」

 リエナの様子から、ルークも川遊びで何があったかだいたい予想がついたらしい。

「もしかして、今日おばさん達に何か言われたのか? リエナはいつまで経っても反応が可愛いからな。おばさん達も面白がって、からかってるんだろうよ」

 ルークは屈託なく笑った。リエナの方は見事に言い当てられて、ますます頬を染めている。

「だって……」

「どうした? 何て言われたんだ?」

 ルークがリエナの瞳を覗き込んだ。リエナの様子から、図星だったとルークにもわかっていた。けれど、どうしてもリエナの口からその話が聞きたくて、わざと問いただすようにしているのである。

 リエナはもう何も答えられず、ルークの腕の中におとなしくしているばかりである。ルークの方も、これ以上無理強いするつもりはない。再び、ゆったりと包み込むように抱きしめる。

「もう聞かないから……俺が悪かった」

 そのまま、謝罪のつもりなのか、幾度も優しいくちづけを繰り返す。

 幸せながらも恥ずかしさにいたたまれなくなったリエナは、ルークの腕の中で身じろぎをする。

「ルーク、早く夕食の支度をしないと……」

「嫌だ。もうちょっとだけ、このままがいい」

 ルークはもう一度、くちづける。リエナが解放されたのは、もうしばらく後だった。




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