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旅路の果てに
第11章 番外編

秋の日に



 サンドイッチができあがった。たっぷりと淹れた香草茶もいい香りが立ち昇る。

 つい先程、ルークが村の収穫を終えて戻ってきたのだ。予想通り空腹を訴えたので、あらかじめ下ごしらえをしておいた材料で、手早く軽食を作ったのである。

 リエナは食卓にサンドイッチとお茶を並べると、居間で待っているルークを呼びに行った。

********

「ルーク、お待たせ」

 リエナが居間の扉を開けながら、声をかける。けれど、珍しく返事がない。ふと見ると、長椅子にルークは長々と寝そべっていた。

 リエナが近づいてみると、すっかり眠り込んでいる。その様子を見て、リエナはちょっと驚きの表情を見せた後、思わず笑みをこぼしていた。

(珍しいこともあるものね)

 ルークは長時間の睡眠は必要ないらしく、普段もリエナが目を覚ました時にはまず先に起きているし、夜もリエナの方が早く眠りについている。

 実のところ、旅の間も、こうして一緒に暮らすようになってからも、リエナがルークの眠っている姿を見ることはほとんどないのだ。

 滅多にない機会に、リエナはしばらくルークの寝顔を眺めていた。同時に、旅の間の思い出が甦る。

 旅が始まって一年半ほどが過ぎた、春爛漫の日の出来事だった。草原の木陰で三人はつかの間の休息を取った。あまりの心地よさに、あっという間に眠り込んでしまったルークの寝顔を、リエナはしばらく見つめていたのだ。その時のルークの寝顔がとても印象に残ったのをよく覚えている。

(そうそう、あの時は可愛いかも……って思ったのよね)

 鋭い光を放つ深い青の瞳が閉じられているせいか、普段とは違って、どこかしら少年の面影を残しているように感じられたのだ。

 今はもう、それはなくなっている。あれから、既に三年半の月日が経ったのだ。当然のこととはいえ、今のルークはどこからみても、立派な大人の男である。

 感慨深く寝顔を見つめていたその時、ふとリエナの心にちょっとした変化が生まれた。

(……ルーク、驚くかしら)

 気持ちよさそうに寝息を立てているルークの傍らに、リエナは腰を下ろした。ルークはまだ目を覚まさない。気配には極めて敏感なルークのことだから気づいているかもしれないが、それでも何もしてこないのはそれだけリエナを警戒していない証拠である。

(はしたない……って思われるかも)

 リエナはしばらく逡巡した後、思い切ってルークに顔を近づけた。頬を寄せて目を閉じると、そっと唇を、ルークの唇に落とした。

********

「……!」

 その瞬間、リエナは何が起きたのかわからなかった。気がついた時には、ルークの力強い腕にしっかりと抱きかかえられている。ルークはまだ長椅子に寝そべったままだから、リエナはルークの上に覆いかぶさる格好になってしまっている。

 目の前には、満面の笑みのルークの顔がある。リエナの頬が一気に染まった。

「うれしかったぜ、リエナ」

 それだけ言うと、あっという間に唇を塞がれた。自分がしたのよりも、遥かに熱く深いくちづけに、リエナは息が止まりそうになっていく。

 ルークも自分にあたる、リエナの柔らかな身体の重みを心地よく感じながら、何度もくちづけを繰り返した。

 ようやく唇を離した時には、リエナは息も絶え絶えになっている。ルークからのくちづけはもちろん、今になって恥ずかしさに居たたまれなくなってしまっているのである。

 ルークは身体を起こすと、リエナを軽々と抱き上げ、自分の膝の上に座らせた。そのまま愛おしくてたまらない眼差しで、じっとリエナを見つめている。リエナは痛いほどに感じる視線に、うつむいたまま、ますます身体を固くしてしまっている。

「どうした?」

 ルークがリエナの顔を覗き込んだ。真っ赤になって顔を逸らそうとしているのが可愛くてたまらない。

「……そう固くならんでもいいぞ」

 目線を合わせられないまま、リエナはようやく口を開いた。

「……ごめんなさい。――あの、はしたない、ことをしてしまって……」

 消え入りそうな声で言うリエナをルークはもう一度しっかりと抱きしめた。

「何で謝るんだ? 俺はうれしかったんだからな」

「……だって」

「あれから、一度もしてくれないなって思ってたんだ」

 ルークの言葉に、リエナの頬はますます赤くなっている。数ヶ月前に一度、ルークが賭けを持ちかけたことがあったのだ。その時は、勝った方が負けたほうからくちづけを受ける、と言うものだった。賭けに勝ったのはリエナだったけれど、ルークはリエナにくちづけした後、自分にもして欲しいと頼んだのだ。ルークの真剣な表情に、リエナも恥ずかしいながらも応えたといういきさつがあったのである。

 けれど、それ以来、リエナからは一度もくちづけをしたことがない。相変わらずルークからばかりなのである。

 ルークの方も別に不満があるわけではないが、あの時はとてもよかっただけに、一度きりなのを寂しく感じていたのも事実である。だから、思いがけずこうしてリエナからしてくれて、うれしくてたまらないのだ。

 実際のところ、リエナがルークにしないのには理由がある。ルークからされることがあまりに多くて、こちらからする暇がないからである。だから、偶然ルークが眠っている姿を見て、ふとその気になったのだ。

 もちろん、リエナはルークにこんな理由を話すつもりはないのだけれど。

 ルークの方は、リエナがそんなことを考えていることも知らずに言う。

「だから、またこうやってしてくれないか? 気が向いた時だけでいいから」

 またもや面と向かってこう言われてしまうと、リエナも咄嗟には返す言葉が見つからない。

「嫌なのか?」

「……そうじゃ、ないのよ。ただ……」

「お前は恥ずかしいかもしれんが、俺はうれしいんだ」

 あまりに堂々と言い放たれて、リエナはようやくちいさく頷いた。

「じゃ、決まりだな」

 ルークは実に嬉しそうに、またリエナを抱きしめる。

「あ、いけない……」

「うん? どうした」

「サンドイッチを作ったの。あなた収穫から戻って、おなかが空いたって言っていたわよね。できあがったから、呼びに来たのに……。お茶がすっかり冷めてしまったわ」

「悪かったな、じゃあ、早速食おうぜ」

 言うなり、ルークは膝の上のリエナを横抱きにしてそのまま立ち上がった。

「ルーク、おろして」

 驚いたリエナが訴えるが、ルークは気にした風もない。

「俺がこうしたいんだから、構わないだろ?」

 ルークは再び満面の笑みで、リエナにくちづけた。


( 終 )



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