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旅路の果てに
第12章 3


「リエナ、よかったな」

「……ええ。おばあちゃんには、感謝してもしきれないわ」

 そう言いつつも、リエナの言葉はやや歯切れが悪い。ルークにもその理由が痛いほどにわかっている。

「今後のことについて、じっくり話をしないといけないな」

「そうね」

 リエナの病気が完治したこと、そこへジェイクからローレシアでルークの薨去が発表されたと教えられた。今日は一度に色々なことが起きたから、今後生活していくうえで、二人の意見を一致させておく必要がある。

「ルーク、まずは夕食を済ませてしまわない? あなた、おなかが空いたでしょ?」

「確かに腹は減ってる。じゃあ、食いながら話すとするか」

 リエナは頷くとすぐ夕食の支度にとりかかった。ルークも手伝いながら――相変わらず料理はできないので、横に立って味見をするだけだが――話を始める。

「今日は色々あったな。お前の完治は喜ばしいが、俺の話には正直驚いた」

「ええ、わたくしも予想外だったわ。いきなりジェイクさんがあなたを話題に出した時には顔に出さないようにするのが精一杯だったもの」

「ああ、俺もだ。なんせ、いきなりだったからな」

 リエナもルークもそうは言うものの、実際にはまったく表情に出していない。王族である彼らは、国家の機密保持などの理由から、自分の感情を表に出さないよう幼いころから徹底的に訓練されている。

「この村の人達はあまり他の町とはお付き合いがないから安心していたのだけれど、まさかジェイクさんの知り合いの方がローレシアに住んでいたことがあったなんて。……どこで人の縁が繋がっているか、本当にわからないわね」

 ナイフを使いながら、リエナはちいさく溜め息をついた。

「ジェイクが俺の素性を疑うことは有り得ないからいいが、これからも気を抜くわけにはいかないだろうよ。やつを信用していないわけじゃないが、話の流れで間接的にでも俺達の話題が出ないとは限らないしな」

「ええ。むしろこの一年間、わたくし達が何の問題もなくここで暮らせたことが幸運よね。村の人達には本当に感謝しないといけないわ。いきなり来たわたくしたちを受け入れてくれただけでなくて、ずっと匿ってくれたのだから」

 話しているうちに、夕食ができあがった。二人で食卓を囲む。食事を取りながら話をするつもりだったが、しばらくの間は食べる方に専念していた。だいたい食事が終わって、リエナが食後の珈琲をルークの前に置いたところで、話を再開する。

「俺が公式に死んだと発表したことで、ローレシアはもうこの問題に決着をつけたと解釈できる。要は、俺を切り捨ててアデルを世継ぎと決めたということだ。いずれはこうなるとわかっていたぜ。ただし、予想よりはかなり早かったけどな。おそらく決断を下したのは父上ご自身だ。――感謝しないといけない」

 ルークの言葉は淡々としているが、リエナの方が顔を曇らせた。あらためて、ルークが自分を救う為に払った犠牲の大きさを痛感させられたからである。それを察したルークが真剣な顔で言う。

「リエナ、わかってると思うが、俺がお前のために犠牲を払ったって考える必要はない。前にも言ったが、俺がお前を拉致同然で連れ出したんだ。お前を手に入れる、そのためにな」

 リエナは無言のまま、ちいさく頷いた。ルークの言いたいことはわかっているし、自分でも納得しているつもりである。けれど、後ろ向きの感情を持たないようにするのは難しかった。ルークもリエナの感情は理解できるから、この点にはこれ以上触れず、話題を元に戻した。

「それにしても、俺の葬儀を遺体無しでどう執り行ったのか疑問だったが、棺の蓋をしておいたとはな――誰が言いだしたかは知らんが、考えたもんだぜ」

「そうね。不自然さは免れないとしても、こればかりはまさか代わりをっていうわけにはいかないもの」

「後は、どういうふうに理由をでっちあげたかだ。まあ、長患いの末に死んだことになってるらしいから、病み衰えた姿を見せたくないとでも言えばいい。事情を知らないやつらには、城の化粧師すら手に負えないほどひどかったとでも説明したんだろうよ」

 ルークはこれもまるで他人事のように、淡々と話している。ルーク自身が何も感じていないわけではなく、むしろ逆であることがわかるだけに、リエナは再び自責の念から謝罪してしまいそうになる。けれど、先程ルークが言った通り、既に解決しているのだから、かろうじて言葉を飲み込んでいた。

「これで少なくともローレシアからの追っ手は引き上げられるだろう。問題は、ムーンブルクだ」

 ここで、リエナが口を開いた。

「ムーンブルクは追っ手を放ち続けるわ。わたくし達を見つけるまでずっと。――あのチャールズ卿がそう簡単に諦めるとは思えないもの」

「チャールズ卿の野郎のお前への執着は狂気としか言いようがない。それこそ、地の果てまでだろうが追ってくるだろうよ」

 リエナは思わず身体を震わせていた。ムーンペタの離宮にいた頃に卿から受けた仕打ちの数々を思い起こしたからである。それに気づいたルークは席を立った。リエナの傍らにしゃがみ込んで、白いちいさな両手を包み込むように握ると、深い青の瞳を真っ直ぐにリエナに向ける。

「つらいことを思い出させて悪かった。だが、俺がそばにいる。あの野郎にはお前に指一本触れさせない」

 無言のまま頷くリエナを、ルークは抱きしめた。リエナはしばらく震えてはいたが、やがて顔を上げた。

「もう大丈夫よ。――心配をかけてごめんなさい」

 ルークはもう一度しっかりと抱きしめてから腕を離した。リエナが完全に自分を取り戻していることを確かめて、話題を元に戻す。

「ムーンブルクの方は諦めるどころか、あの野郎は俺が死んだと発表されて喜んでるだろうよ。もしお前が見つかったとしたら、一緒に居る俺はローレシアの王太子ではなく、ただのムーンブルク次期女王の拉致犯だ。どこへも遠慮せず、堂々と処刑できるからな。公開で処刑したとしても、当然のことながらローレシアも文句はつけられない。何しろ、ローレシアの第一王子は古傷の悪化が原因で死んでるんだからな。それどころかあの野郎のことだ、公開で処刑することで、俺がお前を拉致した犯人であることと死亡の発表がそれの隠蔽工作だったことを暴露しようと考えてもおかしくない」

 リエナの表情が再び曇った。

「リエナ、そんな悲しそうな顔をするな。俺からしたら、むしろ望むところだ」

「……ルーク」

「俺がチャールズ卿に直接手を下せる。俺は存在しない人間だ。ローレシアは一切関与しなくて済むんだぜ」

 ルークはわずかに口の端を上げた。不敵にも思える笑みである。

「待って、ルーク」

 リエナは真剣な瞳で訴えた。

「何かあった時にチャールズ卿に止めるはわたくしだと言ったはずよ」

 トランの村に来ると決めた時、もしチャールズ卿に居場所を知られ、村に危害を加えるようなことがあれば、ルークが止めると言ったことに対するリエナの言葉だった。

「お前が掟を破ってまでっていう気持ちはわかるぜ。だから、あの時のお前には任せると言った。――だがな、実際問題として、本当にそれが可能なのか?」

 ルークの言う掟とは、ムーンブルクの魔法使いは人間に対して攻撃魔法を発動してはならないというものである。攻撃魔法を習得するのは、あくまで魔物と戦うためである。従って、人間に対して発動を許されているのは、回復と補助のみである。しかも、リエナは更にもう一つ、別の掟に縛られているからだ。

 それは、リエナが攻撃魔法を発動できるのは、たとえ対象が魔物であっても、相手が自分に攻撃してくるか、もしくは攻撃の意志を明確に感じ取った場合に限定されるというものである。リエナはムーンブルクでは『満月』を象徴する姫、そして『満月』は月の加護を受けるムーンブルクにおいて『生命を育む者』だった。

 リエナはルークにそれを指摘されて、きっぱりと頷いて見せた。

「チャールズ卿は明確にわたくしに対して危害を加える意志がある、しかも方法が攻撃魔法のはずよ。相手が先に掟を破ってわたくしを傷つけようとするのだから、こちらも同じく攻撃魔法で対抗できるわ」

 チャールズ卿も魔法使いである以上、リエナと同様に掟に縛られている。だから自衛の手段としてであれば、攻撃魔法を発動しても掟破りにはあたらないというのである。

「……わかった。ただし、お前一人で対処できない事態になったら、俺は遠慮しない。それだけは覚えておいてくれ」

「ええ」

「追っ手について話を戻すぞ。今のところ明確な気配を感じたことはない。一度、家の裏庭で妙な視線を感じたことはあったが、あれはまず違うしな」

「そうね。あの時あなたが言った通り、村人が通りかかっただけでしょうね」

「ああ。ローレシアはもちろんムーンブルクでも俺達の居場所は知られていないはずだ。それどころか、碌な情報すら手に入れていないと思うぜ。俺達が国を出てトランに来るまでわずか五日しかかかってない。そもそもロチェスはローレシアもムーンブルク両国に縁もゆかりも無い土地だ。捜索に来る可能性は極めて低い。ロチェスに滞在していた間に接触した人間も最小限だしな。俺達がトランに来たことを知っている人間はロチェスのきさらぎ亭の夫婦だけだが、ジェイクからきっちり釘をさしておくよう頼んである。ジェイクもやっとの思いで見つけた用心棒を手放したくはないだろうし、あの夫婦も同じだったから、そこから情報が漏れるのも考えにくい。だだし、そうは言っても油断は禁物だ。このトランはムーンブルクともローレシアとも距離があるが、人間の縁はどこで繋がってるかわからない。今日のジェイクの知人もそうだし――」

 ルークは一呼吸置くと、言葉を継いだ。

「ラビばあさんにもその可能性がある」

 リエナもかすかに頷きを返した。薬師としての腕とこれまでの言動からラビばあさんが貴族階級出身であると確信している。

「あなたは今も、おばあちゃんの出身国があなたの亡きお母様と同じだと考えているの?」

「可能性は低くないと思ってるぜ」

「……そうね。あの物語の書物は、テレサ様の祖国でしか入手できないもの」

「お前の言う通りだ。お前があの書物の元となった伝説について学んだ時にも、読んだことはなかったんだろ?」

「ええ、そうよ。教育係もあの書物の存在を知らなかったのでしょうね。もし知っていたら、ローレシアへ借り受けるよう依頼していたと思うから」

 リエナはルークと婚約が内定した時、ローレシアの歴史を学ぶ一環として、テレサの祖国に伝わる伝説を学んだのだった。トランに来て、リエナはラビばあさんの家の書棚に伝説をもとに書かれた物語を見つけ、それを借りたのだ。その伝説はルークの亡き母テレサの出身国に伝わるものであり、その国以外ではまったくと言っていいほど知られていない。

「ルーク、一つ確認させてちょうだい。あなたはおばあちゃんがわたくし達の素性に気づいているか疑っていると考えているの?」

「正直なことを言えば、まったく気づいていないとは思っていない。俺達に関する情報が揃いすぎてるからな。俺とお前の名前、ばあさんから借りた物語をお前が読みこなしたこと――何より、お前自身だ。お前の立居振舞はどう見たって、王女のものだぜ。いくら質素な服を着て家事に勤しんでいてもな。ばあさんが貴族階級出身なのは間違いない。しかもあれだけの腕を持つ薬師だから、祖国で王族の誰かの侍医団に所属して可能性が高い。もしそうなら、普段から王族と接していたことになる。お前がただの地方領主の娘とはとても思えないだろうよ」

「でも、ルーク。おばあちゃんはそんな素振りは一切見せていないわ。考え過ぎじゃないかしら?」

「確かにおまえの言う通りかもしれん。少なくともばあさんの俺達に対する態度は初対面の時から今まで変わらない。もし王族だと知れたら、いくら今は身分を捨てたといってもあんな態度を取れるわけがないからな。ただ、ありとあらゆる可能性を検討する必要があると思っているだけだ。――その最悪の可能性が、ばあさんが俺の母上付きの薬師だった場合だ」

「……まさか」

「俺の母上は病弱だったと聞いている。だから、ローレシアに輿入れする際、同行してきたとしたら?」

 ルークの言葉に、リエナははっとした表情に変わる。

「……あなたの言う通りだわ、絶対にないとは言い切れない」

「ばあさんがこんな僻地に暮らしている理由も推測できる。恐らくは、俺の母上が亡くなったことで責任を取っての辞職だろうよ。ばあさんはトランに住み着いて15年以上経ったって聞いている。辞職した後、居場所を探して流れていてこの村に辿り着いたと考えれば、時期も合う。それともう一つ、ばあさん、薬師だけじゃなくて産婆もやってるだろ? 母上の出産時にも立ち会った、もしくは妊娠中の体調管理を任されていたのかもしれん」

 リエナも頷いた。あまりの展開に、顔色がやや青ざめている。

「ばあさんの薬草に関して持っている知識も調合の技術も、とてもこんな僻地の薬師のものとは思えない。また、薬師が産婆の技術を併せ持つことも普通では有り得ない。だが、病弱であっても母上が王女である以上、将来は他国へ嫁ぐことになる。俺の母方の祖父母である国王夫妻が将来を案じて命じた結果だとしたら?」

 ルークは何ともいえない表情に変わる。実際、そう考えれば、納得できることが多いのだ。

「極端な考え方だと俺も思う。だがな、様々な状況を考慮するとこう結論すると納得できることが多いんだ。――もしそれが真実なら、初対面どころか俺の出生時を知ってるってことになる。……参ったぜ」

「ねえ、ルーク」

 尋ねるリエナの声が細かく震えている。

「おばあちゃんが、もし本当にあなたが考えている通りの人だったとしたら、どうするつもりなの?」

「どうもしないぜ」

「……それならいいのだけれど」

「ああ、おまえは俺がばあさんの素性を詮索すると思ったんだな? 説明不足で悪かった。ただ、お前に俺の考えを知っておいて欲しかったんだ。ばあさんは勘も鋭そうだしな。疑われるような行動をしないためには、これからも変わらず、いい隣人でいればいい」

「……よかった。それを聞いて安心したわ」

「互いに絶対に知られたくない過去持ちだ。それをほじくり返しても何も生まないどころか、害しかないんだから、変わらないことが一番じゃないかと思うぜ」

「ええ、おばあちゃんには本当にお世話になっているもの。できることなら、これからもいいお付き合いをしていきたいわ」

 ようやく安堵の笑みを見せるリエナに、ルークも穏やかな笑みを向けた。

「ところでルーク、あなたの意見を聞かせてほしいのだけれど」

「何だ?」

「ローレシアであなたは亡くなったと発表されたけれど、ムーンブルクでのわたくしはどのように公式発表されていると思う? わたくしはあなたと再会するまで療養中であることを理由に、一度も公式の場に出ていないわ。だから、今もその状態のまま――いいえ、もっと悪化して、絶対安静になっていると思うのよ」

「ああ、俺も同じ意見だ」

「そうよね。いくら公式の場に出ないといっても、側仕えの侍女にすら姿を見せることがないのはおかしいわよね。だから、側仕えの中でもごく限られた人間にしか対面を許していない……そんなところだと思うわ」

「おそらくはそれで間違いない。これからも当分方針は変更しないだろうよ。ローレシアと違ってムーンブルクにはお前以外に世継ぎが存在しない。お前の死を確認できない以上、療養中の状態を引き延ばせるだけ引き延ばして、その間に捜索を続けるしかないからな」

 ルークは目の前の珈琲を飲み干すと言った。

「結論としては、お前も俺も今後も当分の間は村から出ない、でいいな。この状況がいつまで続くかはわからない。ローレシアはいいが、ムーンブルクの問題はまだ何も解決していない。現状で、ムーンブルクがお前の死を公表するはずはないんだから」

「ええ、それでいいと思うわ。幸い、わたくし達が村から出なくても生活するうえで不自由はないものね」

「それで決まりだ」

 リエナは頷くと、席を立った。二人の目の前に置かれたお茶は空になっている。それを熱いものに淹れ替えようというのである。

 ほどなくして、ルークに珈琲、自分用に香草茶を淹れた茶碗を持って、リエナが台所から戻ってきた。

 ルークの目の前に淹れたての珈琲を置いて、リエナが話を切り出した。

「――ルーク、わたくしが倒れた日の翌日に、おばあちゃんが初めて家に来てくれたわよね」

「ああ」

「その時、おばあちゃんが、わたくしに言ってくれた言葉を覚えていて?」

 ルークは頷いた。

「俺達がこどもを持つかどうかって話だな?」

「そうよ。今日もね、同じことを言われたの。二人でよく話し合って、どちらを選んでも後悔しないようにって」

「正直に聞かせてくれ。お前自身はこどもを望んでいるのか?」

 リエナはしばらくためらっていたが、ようよう口を開いた。

「……そうね、欲しくないって言ったら、嘘になるわ。でもどちらを選ぶべきなのか、よくわからないっていうのも正直な気持ちよ」

 そう言って、リエナはじっとルークを見つめていたが、ふと視線を外すと、どこか遠くに視線を投げかけるような表情に変わる。

 ルークはすぐに次の言葉が出てこなかった。脳裏に、今のままではこどもを授かることができないと告げられた時の、リエナがぽつりと漏らした言葉が甦る。

――不思議ね。何故、人はどんどん贅沢になってしまうのかしら。最初はあなたとこうして暮らせるだけで、他には何もいらないって思っていたのに……。

 どれほどの思いで、リエナがこの言葉を漏らしたのか。当時のリエナの心労を思い出して心が痛んだ。

「今までもね、治療してもらいながらずっと考え続けていたの。でも、どうしても結論が出せなかった……」

 リエナは昨年の冬に倒れ、その時にムーンペタでも治療を受けていたと話してくれた時以来、一度もこどもの話題を出したことがなかった。ルークも気になってはいたものの、敢えて自分から話題を振ることはなかったのである。

「当たり前だ。そう簡単に結論が出せるはずがない」

「ルーク」

 リエナは菫色の瞳をルークに向けた。

「こどものことは、もう少し考えさせて。そうね、明日にはお返事するわ」

「明日とは言わず、ゆっくり考えればいい。俺達二人だけの問題じゃないんだからな」

「ええ……ありがとう。でも、明日には結論を出すわ。わたくし自身が、この機会に決着をつけてしまいたいの」

********

 話し合いを終えた時には、すっかり夜も更けていた。

 二人で湯を使って、寝台に横たわった。ルークはリエナを包み込むように抱きしめるとそっとくちづける。

「疲れただろ? おやすみ」

「大丈夫よ。いつも気遣ってくれてありがとう。――おやすみなさい」

 リエナはルークに身体をゆったりと預けて目を閉じた。けれど、すぐに眠れそうにない。ルークの方も今夜はリエナを求めないでいる。夜遅くまでの話し合いでリエナの疲労を気遣ったという理由もなくもないが、こどもを望むかどうかをはっきりとさせないまま、抱くことはしたくなかったからだ。

 ――これも、運命なのか……。

 リエナを腕に抱いたまま、ルークはそう思わざるを得なかった。

 ルークは、リエナの完治を告げられた日と、自分の薨去の報を知ったのが同日だったことが、どうしても偶然とは思えなかったのだ。普段は迷信など信じる方ではないし、運命は自分で切り開くものだという信念を持っている。

 それ以外にも、ラビばあさんが自分の亡き母と深い縁があった可能性に思い至ったことなど、すべてがどこかで繋がっているとしか思えないほどなのだ。

 一方でリエナも、ルークの腕の中で、ひたすら自問自答を繰り返していた。




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