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旅路の果てに
第3章 4


 その頃、ルークにも数多くの縁談が持ち込まれていた。相手は各国の王女や、大貴族の令嬢たちである。彼も既に20歳、そろそろ正式に妃を娶らなければならない年齢である。ルークがリエナとの結婚を望んでいるという噂は、既に知れ渡ってはいたが、そんなものは何の障害にもならなかった。

 ルークはローレシアの王太子であるばかりか、救国の英雄としてその名は誰もが知っている。ルークとの縁談が調えば、ロト三国の宗主国であるローレシア王家との強力な繋がりができる。仮に正室でなくても、ルークの目に留まり、側室として迎えられるだけでも、どれだけの恩恵に与れるかわからないほどだ。

 年頃の娘を持つ貴族達は、機会があるごとにルーク本人にはもちろん、彼の側近達に自分の娘を売り込んだ。また、自分の容姿や教養に自信をもつ娘達も、何とかして彼に近づこうと様々な計略を巡らせていた。けれど、ルークはこれらの縁談には見向きもしなかった。

********

 ルークは父王に呼び出されていた。侍従に案内され、執務室を訪ねると、厳しい表情で椅子にかけた王が待っていた。王のそばには、いつもどおり宰相バイロンが控えている。

「ルーク、昨夜の夜会を欠席したそうだな」

 王の問いに、ルークは淡々と答えた。

「はい。夜会とは名ばかりで、実際のところは見合いでしょうから、欠席せざるを得ませんでした」

 昨夜、ローレシア城で年頃の姫君や令嬢を招待しての、盛大な夜会が開催されたのである。これは、余りにルークが頑なな態度を崩さないため、じれた重臣達がさりげなく出会いの場を設けようと計画されたものだったが、ルークは適当な理由をつけて欠席したのだった。

 実は先日も、同じ趣旨の夜会が催されていた。その時には、まさか自分の見合いとは考えもしなかったルークは、華やかな席を好まないながらも、公務の一つとして出席していた。しかし、招待客の多くが妙齢の、しかも未婚の貴婦人で、彼女達から次々と話しかけられたり、熱っぽい視線を浴びるうち、こういったことには疎いルークも、さすがに夜会の本当の目的を察していた。その後は、礼を失することのない程度に、終始そっけない態度を崩さなかったのである。

 王は渋い顔でルークに問いかけた。

「そなた、まだリエナ姫を諦めておらぬのか」

「はい」

 答えるルークの声には、まったく迷いがない。

「リエナ姫のことは、確かにお気の毒だ。であるから、姫の現状については調査を進めているし、ローレシアとしてできるだけのことはしたいと思っている」

「感謝しています、父上。ですが、何度も申し上げました通り、私はリエナ姫以外の女性を伴侶とする気はありません」

「ルークよ、そなたは我がローレシアを継ぐ者だ。そのことを忘れるな」

「王位継承については、アデルに王太子位を譲りたいと申し上げたはずです」

「王太子位を返上するなど、軽々しくできるものではない」

「決して軽々しい気持などではありません。私なりに熟考した末に出した結論です」

「アデルが王位を継げば、王妃の父であるエルドリッジ公爵の勢力が拡大するのを忘れたのか」

「そのことも決して忘れたわけではありません。ですが、アデルなら大丈夫です。帝王学も私と同じだけのものを修めたと聞いておりますし、剣も次期国王として恥ずかしくないだけの腕を持っています。そして何より、エルドリッジ公爵と義母上の野望に加担して、私に代わって自分が王位を継ごうという意思がありません。アデルならば、決して周囲に惑わされることなく、立派に義務を果たせるでしょう」

「アデルが優秀なのはわしも認める。しかし、そなたが王位を継ぐことは、ローレシアの民すべての願いだ」

「そのようにおっしゃっていただけるのは大変光栄なことです。ですが、私はリエナ姫をお助けし、ともにムーンブルクを復興させたい、その意思は変わっておりません」

「それが、内政干渉と言われるのだぞ」

「確かに見方によってはそのように取られるのも承知しております。ですが、こう考えてはいかがでしょうか。ローレシアの王太子である私は、復興の手助けのために、ムーンブルク女王の王配となるのだ、と」

「こじつけもいい加減にせよ。まったく、話にもならん」

 王は今の段階で、これ以上説得しても埒が明かないことを悟っていた。難しい顔で黙り込んだ王に向かって、ルークは言った。

「父上。今のリエナ姫の置かれた境遇は、次期女王に対して、決してあってはならないものであることはご理解いただけているはずです」

「それはわかっておる。であるから、ローレシアとしてもできるだけの対策を取ると言っておるではないか」

「ムーンブルク復興を手伝うことは、ロト三国の王族として生まれた者としての使命ではないでしょうか」

「そなたの言い分自体は間違ってはおらぬ。だが、王配の立場となると、話はまったく変わってくるのだ。それすら、わからぬのか」

「理解しているからこそ、王配となるのです。私ならば、公私ともに姫を支え、力になることができます。だから、ムーンブルクへ参りたいのです」

「国を継ぐべき者の婚姻に、愛情など必要ない。いくらそなたが姫を大切に想おうと、王太子としての責任を放棄するなど、言語道断だ」

 王にはっきりと言われたルークは、今ここでこの話題を続けても、平行線のままだろうことを悟っていた。仕方なく、一旦話を切り上げるよりほかはなかった。

「何度も申し上げましたとおり、私はリエナ姫を支え、ともに生きていきたいのです。周りに何と言われようと、その意思が変わることはありません。そして今後、夜会を口実にした見合いは、一切お断りします。もし同じような夜会を開催していただいたとしても、肝心の私が欠席ばかりでは、招待する姫君や令嬢方にも失礼にあたりますから。では、御前失礼いたします」

 そうきっぱりと言い切ると、ルークは丁重に一礼して、執務室を退出していった。王は嘆息すると、傍らで控えている宰相バイロンに向かって話しかけた。

「まったく、強情者めが……。いい加減、王太子妃の選定に入らねばならぬというのに」

 バイロンも、ルークが生まれた時から仕えていて、彼の気性はよく知っている。そう簡単に見合いに応じることはしないだろうとは、半ば予想できていた。

「陛下。ルーク殿下がリエナ姫様を心から大切に想われているのは真実でございます。姫様がムーンブルクへご帰国なされてからまだ日も浅いことですし、すぐに他の方を王太子妃にお迎えするのは、なかなか難しゅうございましょう」

「わしとて、ルークがリエナ姫を忘れられぬ気持ちは、わからなくはない。しかし、王太子ともあろう者がいつまでも独り身というわけにはいかん」

「その点については、陛下の仰せのとおりでございます。ですが、焦りは禁物かと」

「何か、策でもあるのか」

「残念ながら、これといっては。ルーク殿下は大変意思の強い御方でございますから、今しばらくは様子を見られるほうがよろしいのでは」

「確かに、の」

「殿下は今も、ムーンブルクへの婿入りを強くご希望なさっておられます。ここであまり強引に事を進めては、余計に頑なにおなりでしょう。時間をかけて、不可能であることをご理解いただくしかないかと存じます。殿下のご婚儀の、一日も早い実現を願っているのは私も同じでございますが、まだ20歳になられたばかりでいらっしゃいます。無理に夜会を催さずとも、ご公務をなさっているうちに、自然に新しい出会いがあるやもしれません」

「そなたの言う通りかもしれぬな。あれもまだ若い。時が経って、他の姫に眼を向けることを願うしかあるまい」

 今のところは様子を見るしかない、嘆息しつつも、王とバイロンはそう結論した。




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