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旅路の果てに
第4章 6


「ルークがムーンブルクを公式訪問したか……」

 アーサーは窓辺に佇み、呟きを漏らしていた。深夜、サマルトリア城の自室の書斎でのことである。一人で考え事をしたいから、と侍従や侍女達もみな下がらせた。妃のコレットにも気にせず先に休むよう伝え、既に寝室に引き取っている。

 今日の午後、アーサーはルークがムーンブルクへ公式訪問したとの報告を受けていた。訪問の名目は、昨年の復興状況の報告を受けて、ローレシアからも視察する、というものである。

(リエナのことだ、必死に周囲と戦っているに違いない。けれど、孤立無援の彼女が、チャールズ卿を相手にするのは難しいだろう。だから、ルークは復興状況の視察という名目を使ってまで公式訪問した。リエナの窮状に、あいつが黙ってみていられるわけがないからね)

 リエナがまだローレシアに滞在している頃、サマルトリアに一足先に帰国したアーサーは、かねてから潜入させている密偵から、ムーンブルク国内情勢については特に異常はないとの報告を受けていた。この点についてはローレシアも同様であった。だからこそ、リエナはムーンブルクへ帰国したのである。

 しかしその後、ムーンブルク国内で不穏な動きがあるとの報告を受け、チャールズ卿を中心としたフェアモント公爵家の動向について徹底的な調査を行った。今はサマルトリアもローレシアと同じく、ほぼ正確な状況を把握している。フェアモント公爵家が王位奪還を画策しているだけでなく、リエナの生命が危機に晒されている可能性が高い、ということも。

 このことが発覚した当初、アーサーは驚きを禁じ得なかった。サマルトリアの密偵の情報収集能力は、ロト三国の中でも随一である。その彼らに、陰謀の存在を匂わせすらしなかったチャールズ卿の情報操作能力は尋常なものではない。

(それだけフェアモント公爵家の積年の恨みは深いということだ)

 アーサーはチャールズ卿との直接の面識はない。三人揃ってローレシアへ凱旋帰国した後の、祝賀会で姿を見かけたのみである。だから流石のアーサーもリエナの帰国前に陰謀を察知することはできなかった。リエナの帰国後に密偵からもたらされる報告で初めて、とても一筋縄ではいかない人物であることが明らかになったのである。

(ルークと僕がリエナのそばにいられれば、もうすこし何とか対応もできるんだろうが……。今は考えても仕方がないことだけどね)

 現在サマルトリアは復興援助を行うのみで、リエナの安全確保には何ら具体的な動きを見せていない。サマルトリア王は内政不干渉の中立の立場を決して崩そうとはしないからである。

 対してローレシアとルークは、リエナ救出を実際の行動に移し始めているに違いない。ルークは何らかの策を持ってムーンブルクを訪問しているか、今の段階でそれは無理であっても、少なくとも直接リエナと、彼女のただ一人の味方である宰相カーティスと対面してより正確な情報を集め、今後の具体的な策に反映させるつもりだろう。

(ルーク、どう動くつもりだ? たとえお前でも、チャールズ卿を相手にしての交渉はかなり難航するはずだ)

 アーサーは自分であればどう動くか、考えてみた。けれど、交渉事を得意とする自分でも難しいことには変わりない、と結論づけた。

(今のリエナは、フェアモント公爵家に人質に取られているようなものだ。ルークもそれをわかっている。だからリエナに直接対面するために、ムーンブルクまで行った。けれど、チャールズ卿の方も当然そのことを承知しているだろう。――実際にはリエナとの対面すら難しいのかもしれない)

 ここまで考えて、アーサーは大きく息をついた。サマルトリアの自室でどれだけ思案を巡らせても、実際の解決に結びつくことはない。アーサーは、サマルトリア王から何ら具体的な行動を許されていないのだから。

 アーサーはそんな自分がもどかしくてたまらなかった。




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