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旅路の果てに
第4章 7


 ムーンブルクから帰国後、直ちにルークは父王への謁見を求めた。王も結果が気になっていたようで、すぐに執務室へ通された。王は宰相バイロンだけを残し、厳重に人払いする。

「父上、ただ今帰国いたしました」

 王は執務の手を休め、ルークと向かい合った。

「結果はどうであったか」

「はい。リエナ姫暗殺の陰謀は、確実に存在します」

「証拠はあるのか」

 ルークは居住まいを正し、王に真っ直ぐに視線を向けた。

「リエナ姫は、毒物を盛られました」

 ルークの言葉に、流石の王とバイロンも顔色を変えた。これが事実なら大変な事態である。王は慎重にルークに確認した。

「そこまで言い切れるからには、確実な証拠があるのだろうな」

「はい。この事実は、宰相カーティス殿から直接聞いたものです。そして、カーティス殿は、リエナ姫本人から告げられたと」

「なんと……」

「私が姫の体調について尋ねたところ、カーティス殿はこう言われました。『リエナ殿下は時々ではありますが、お食事がお口に合わないことがあるようでございます』と」

 王もバイロンもこのカーティスの言葉が意味することはわかる。バイロンが怒りに声を震わせた。

「次期女王であらせられるリエナ姫様に毒物を盛るなど、法に照らすまでもなく死に値する大罪ですぞ」

 王の表情も険しいものになっている。

「詳しい状況はどの程度わかっておるのだ」

「毒物を盛られたのは合計三回、最初は茶に混入されましたが、姫がすぐに気づかれ、大事には至らなかったとのことです。残念ながら、毒物の正確な種類まではわかりません。ただ、カーティス殿がリエナ姫から聞いた話によると、姫がご自分の呪文で即座に解毒できたとのことですから、比較的軽いものではないかと思われます。また、初めて毒物を盛られて以来、姫はご自分の口になさるもののすべてに、あらかじめ解毒の呪文をかけているようです。したがって、残り二回については、被害に遭われた事実はありません」

「状況はわかった。大事に至らなかったのは不幸中の幸い。しかし、今後も決して楽観できぬことは変わらぬな」

「これでリエナ姫の生命が狙われていることは明確です。首謀者はチャールズ卿に間違いないでしょう。カーティス殿も、立場上明言することは避けていたものの、同じ考えを持っていることをほのめかされました」

「しかし、ルーク」

 ここで王が疑問を呈した。

「リエナ姫が毒物を盛られたとあれば、ムーンブルク国内でも騒ぎになっておろう。しかし、その様な報告は一切受けておらぬが」

「はい。その件についても、カーティス殿から説明を受けております」

「申してみよ」

「リエナ姫は周りに気づかれる前に、ご自分の呪文で解毒できたのでしょう。あまり騒ぎ立てて大事にしたくないため、女官にも知らせず、カーティス殿のみにこの事実を伝えたとのことでした」

 王とバイロンが頷くのを確認して、ルークは自分の推測を話し続けた。

「チャールズ卿が関与したことを立証するのは、まず不可能でしょう。理由は、どこにも毒を盛られたという証拠が残っていないからです。リエナ姫が呪文で解毒した以上、姫のお身体に毒は残っていません。また姫のことですから、問題となる茶の残りにも解毒の呪文をかけたはずです。ほとんど手つかずで残された茶や菓子類は女官達に下されますから。ですから、仮に姫が『毒を盛られた』と訴えたとしても、最初からなかったことにされるか、姫付きの女官の誰かに濡れ衣を着せれば終わりです。それがわかっていたからこそ、カーティス殿だけに事実を伝えたのではないでしょうか」

「おそらくはそなたの推測通りであろう。――それにしても解せぬな。姫に万が一のことがあれば、王位奪還の野望は叶わぬ。首謀者はチャールズ卿ではなく、別の人物の可能性はないのか?」

「首謀者はチャールズ卿に間違いありません。カーティス殿の話では、姫の御身の回りの品はもちろん、お付きの女官の監督もすべて、フェアモント公爵家が行っているとのことですから、他の人物が介入する余地があるとは考えられません。父上のおっしゃるとおり、リエナ姫の存在無くして、彼らの野望は成就することはありえません。ですが、チャールズ卿が王配となってしまえば別です。だからこそ、チャールズ卿は、今の段階では軽い毒物にとどめ、リエナ姫に警告したのでしょう」

「なるほど。今回の事はあくまでリエナ姫への牽制、というわけか」

「はい。チャールズ卿はリエナ姫にこう言いたかったのではないでしょうか。――自分に逆らえば生命はない。生命を奪うつもりになれば、いつでもできる、と」

 ルークの推測には筋が通っている。ひとまず納得した王は、もう一点気になっていたことをルークに確認した。

「姫ご本人はそなたになんとおっしゃったのだ。まさか自分から毒物を盛られたとは言いづらいであろうが、何かそれらしきお言葉はなかったのか」

「残念ながら、姫とは一度も対面しておりません」

「誠か」

 王もバイロンも驚きを隠せなかった。ローレシアの王太子が公式訪問したのである。ましてや、ルークはともに戦った仲間であり、ローレシアはムーンブルクに大規模な復興援助を行っている。いくら体調不良であっても、大恩ある友好国の王太子に一度も対面せずにいるなど、常識では考えられない。

「はい。まず訪問の最初にリエナ姫との謁見がありませんでした。理由を尋ねましたら、予想通り、体調不良だとの返事を得ました。それならば見舞いをしたいと申し出ましたが、会わせてはもらえませんでした」

「そなたの申し出を断ったと?」

 王には、ルークをないがしろにしたとしか解釈できない。

「はい。体調不良の度合いが酷く、面会できる状態ではないと言われました。かなり食い下がり、一度はチャールズ卿の定期報告の時に同行すると了解を得ました。しかし、結局は熱を下がらず安静を要すると言われてしまいまして……。リエナ姫は未婚の若い女性ですから、私もそれ以上は強く言えませんでした」

「……そうか」

 王は両腕を組むと、難しい顔になった。

「それでは、姫の周りの人物達の様子はどうだ」

「ルーセント公爵とオーディアール公爵は、静観の立場を崩していません。またさりげなく周りの噂を聞いておりましたところ、チャールズ卿はともかく、フェアモント公爵が少々軽率な振る舞いをしているようです。側近の者達に対し、『自分が近々摂政になる』というような発言をよくしていると耳にしました」

 王もバイロンもこれには失笑を禁じ得なかった。フェアモント公爵は、王位奪還への執着心はチャールズ卿に劣らない。しかし、息子のような政治的な手腕と交渉能力を持っているわけではないし、思慮深くもない。既に自分が実権を握った姿を想像して浮かれているであろうことは容易に想像がつく。

「そればかりでなく、他にも重要な事実があります」

「重要な事実?」

「リエナ姫は、私のムーンブルク訪問自体、何も知らされておりません」

「リエナ姫がそなたの訪問を知らされておらぬと?」

 王はまたもや驚かされた。百歩譲って、次期女王が体調不良で対面できなくとも、何らかの形で歓迎と復興援助に対する感謝の意を表するのが礼儀である。

「はい、これもカーティス殿との対面のときに知らされました。無論、明言を避けてはいましたが。もちろん、形式上だけは、姫からローレシアへの感謝の言葉をいただいています。ですが、これも姫直筆の書状を受け取ったわけではなく、カーティス殿とフェアモント公爵からそれぞれ、口頭で述べられたのみでした」

 バイロンが白い顎鬚を撫でつつ、嘆息した。

「ここまで徹底されると、チャールズ卿は殿下を姫様と対面させたくないために、詭弁を弄しているとしか思えませんな」

 ルークも頷くと、王に向かってきっぱりと言った。

「これらの事実から、リエナ姫が軟禁され、生命を狙われていることは、間違いありません。何よりもカーティス殿の証言があります。それがはっきりした以上、このまま何もせず手をこまねいているわけには参りません」

 これで王も黙っているわけにはいかなくなった。ムーンブルクの次期女王の窮地である。ロト三国の宗主国として、できる限りのことをしなければならない。

「父上、私に考えがあるのですが」

「そなたの意見を聞こう」

「リエナ姫を、もう一度こちらへ迎えるべきだと存じます」

「こちらへお迎えする、と言うのか」

 王は思案顔になった。

「ルーク殿下、そう簡単に事が運ぶとは思えません。次期女王であらせられるリエナ姫様が、復興が始まったばかりのムーンブルクを留守にするなど、余程の理由がなければ不可能ですぞ」

 バイロンが意見を述べた。ルークもそれはわかっているらしい。バイロンに頷くと、あらためて父王に向き合い、意見を述べ始めた。

「難しいことは無論承知の上です。ですが、一度こちらにお迎えできさえすれば、ご本人はもちろん、宰相カーティス殿とも協力して、今後の対抗策を練ることができます」

「既に策は考えてあるのか」

「ローレシアへの転地療養は如何でしょうか」

「転地療養?」

「湖畔の離宮でと考えています。ローレシア城からも近く、静かで空気もよいところですから、リエナ姫が養生されるには適した場所だと思います」

 ローレシア城から少し山間に入ったところに大きな湖がある。その湖畔に、春から秋にかけて滞在するために造られた王家の離宮があった。ルークはそこへリエナを迎えようというのである。

「なるほど、考えたな」

「姫様の体調不良を逆手に取る――確かに妙案ですな」

「では、ご許可をいただけますか」

「よかろう。しかし、チャールズ卿を説得するのは容易ではないぞ」

「無論、承知しております。近いうちに何か口実を作って、私が再度訪問します。その時に、父上の侍医を一人、同行させていただきたいのですが」

「要はお前の意見ではなく、侍医団の意見として提出する、そういうことだな?」

「はい。回りくどい方法とは思いますが、今はこれ以外に思いつきませんので。それから侍医ですが、女性を同行させていただきます。男であれば、それを理由に拒否される可能性があります」

「わかった。――それでは、わしからも親書を用意しよう」

 この王の提案に、バイロンも頷いた。

「それがよろしいでしょう。陛下御自らの親書があれば、さしものチャールズ卿も、そうそうには断れますまい」

「――感謝いたします。父上」

 深々と一礼したルークに、王は厳しい表情で告げる。

「ルーク、そなたにはっきりと言っておかねばならぬことがある」

「何でしょうか」

「ローレシアがリエナ姫救出の策を実行に移すのは、今回限りだ」

 思いがけない言葉だった。顔色を変えたルークに、王は断言した。

「本来ならば、これはムーンブルク国内で解決すべき問題だ」

「……ですが!」

「ルーク、よく聞け。これからわしらが採ろうとしている策は、内政干渉と言われる可能性が高い。――いや、次期女王の居所をローレシア国内に変更させようと言うのだ。内政干渉そのものだろう」

「では、他にどのような策があるとおっしゃるのですか!?」

「現在考え得る限り、これ以外にないだろう。本来なら到底採用できない策だが、リエナ姫が生命を狙われていることが明らかになっている。だから、わしも許可した。ロト三国の王として、友好国の危機を黙って見過ごすわけにはいかぬからな。だが、あくまで一回限りだからこそ、できる策でもある」

 ルークはしばらく無言のままだったが、ようやく言葉を絞り出した。

「……致し方ありません」

「すべてはそなたの交渉次第だ。心してかかれ」

「御意、父上。最大限、努力致します」

「それから、もうひとつ」

「はい」

「仮にリエナ姫を無事にこちらにお迎えできたとしても、そなたは離宮への出入りを禁ずる」

 またもや思いもかけない王の言葉に、ルークは一瞬反論を試みようとしたが、結局は言葉を飲み込んだ。王の方は、ルークの気持ちなどお見通しである。はっきりと言い諭した。

「よいか、既にそなたとリエナ姫の噂はあちこちに広まっておる。一度でもそなたが離宮を訪ねれば、よからぬ噂の種を蒔くことになるくらいはわかるはずだ」

「では、見舞いすらお許しいただけないと?」

「そうだ。他国の次期女王をお預かりするのだ。万に一つといえど、こちらに落ち度があってはならぬ」

 ルークの表情は暗い。しかし、王の言うことは理解できる。渋々ながら、頷いた。

「……わかりました。リエナ姫の生命には代えられません。ですが、リエナ姫をムーンブルクに迎えに行き、湖畔の離宮へ送り届けるまでは、私が護衛を務めます。どこで生命を狙われているかわかりません。それだけはご許可願います」

 食い下がるルークに、王はしばらく沈思していた。王も、ルークの言い分がもっともであるのはわかっている。ルークは公式の迎えの使者となるため、ローレシアはもちろん、ムーンブルクからも護衛兵が同行する。またリエナ付きの女官も大勢行動をともにするから、間違っても二人きりになる機会はない。リエナの護衛としてルーク以上の適任がいないのも事実であるから、不承不承ながら了承した。

「致し方なかろう。しかし、あくまで姫を離宮にお送りするまでだ。よいな」

「はい。もう一つ、離宮にご滞在中は、充分な警護をお願いいたします」

「わかっておる。騎士団の大隊を常駐させよう」

「ありがとうございます」

 ルークは感謝の意を籠めて、再度深々と一礼した。




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