次へ
                                                       戻る
                                                      目次へ
                                                     TOPへ

旅路の果てに
第6章 3


 一方、ムーンブルクで騒ぎになったのは、昼近くになってからだった。

 リエナは帰国後、旅の疲れと度重なる心労のせいで床に就くことが増えていた。毎日ほぼ同じ時刻に起床しているが、明らかに無理をしていて、朝食すらほとんど手をつけない日も多い。体調悪化を心配した女官長は、時刻など気にせず、なるべく睡眠を取るよう幾度も勧めていた。

 この日は日が高くなってからも呼ばれることはなく、侍女達は控えの間で待っていた。まだ眠っているのなら無理に起こすような真似はしたくなかったが、ここまで遅くなったのは初めてである。最近は体調も比較的よかったけれど、また急に崩している可能性もある。側仕えの侍女の一人が女官長に相談に行った。

「リエナ姫様がまだ、お休み遊ばされているのですか?」

「はい。いつもでしたらとうにお呼びがかかっているはずなのですが、今朝はまだ何も御用を承っておりません。またご体調を崩されていなければよろしいのですが」

 それを聞いて、女官長の表情がわずかに曇る。

 女官長は昨日の出来事――チャールズ卿がリエナに無断で正式に婚約を発表すると宣言し、それによってリエナがひどく傷つけられたことを知っている。侍女らの前では平静を装っていても、未だ衝撃から立ち直ってはいないだろうと憂慮していた。

「わかりました。それでは、私が姫様のお部屋に伺いましょう。何か御用があるのでしたら私が承って参ります。あなたは引き続き、控えの間で待機していること。よろしいですね」

「かしこまりました」

 女官長は侍女とともに、リエナの私室へ向かった。

********

 控えの間を過ぎ、リエナの居間の扉に近づいた瞬間、女官長は何ともいえない違和感を覚えた。疑問に思いながらも、扉に手を伸ばした――が、何ものかに阻まれて、思わず手を引いていた。

 不思議なことに、扉の取っ手に触れようとしても、どうしてもそこに手が届かない。何度試しても同じである。まるで、すぐ眼の前にある扉が自らの意思で、訪問者を拒否しているかのようだった。

「女官長、如何なさいましたか?」

 後ろで控えていた侍女の一人が声をかけた。

「あなた達は、この扉を開けようとしましたか?」

「いいえ。まずは女官長のご指示を仰ぐべきだと判断いたしましたので」

 神妙に答える侍女に向かって、女官長は頷いた。

「賢明な判断でした。――では、私の代わりにあなたがこの扉を開けてください」

 侍女は突然そのような指示を受けて少しばかり腑に落ちないものを感じたが、素直に従った。結果は、女官長と同じである。

「……どうしても、扉に手をかけることができません。いったい、どういうことでしょうか?」

「やはり、そうでしたか」

 女官長は侍女の疑問には答えず、あらためて扉を観察しはじめた。侍女もよけいな口を挟まず、再び後ろに控えた。

 女官長はわずかながら魔力を持っている。呪文を唱えることはできないけれど、そこに存在する魔力を感じる程度ならできる。しばらく考えて、リエナの張った結界のせいだと結論した。結界は扉だけでなく、付近の壁までも強力かつ複雑に張り巡らされている。魔法大国のムーンブルクには結界の呪文を専門とする魔法使いもいるが、彼らですら解除は困難だろうと思われるほどだった。

 何故リエナがこのようなことをしたのか、女官長は瞬時に理解していた。

 理由は、チャールズ卿の侵入を拒むため。言いかえれば、過去に実際に侵入を許したことがあった――それしか考えられない。

 なんとおいたわしいこと――女官長は無表情を装いつつも、内心で深く嘆息していた。

 女官長が知る限り、リエナがチャールズ卿と二人きりで時を過ごしたことはない。日中は必ず誰かがそばについており、夜間は寝室では一人きりであっても控えの間に必ず不寝番の侍女がいる。リエナの私室には控えの間を通らなければ入ることはできないし、また控えの間の外扉前には近衛兵が常駐している。たとえチャールズ卿であっても、誰にも知られずにリエナの私室に入り込むことはできないはずだった。

 そうはいっても、チャールズ卿は実質的に現在のムーンブルクの支配者の地位にある。近衛兵も侍女も、支配者の命令に背くことは難しい。第一、チャールズ卿も優秀な魔法使いである。そのような手段を取らずとも、呪文で鍵のかかった扉を開けることも、近衛兵や侍女を眠らせることもできる。よくよく考えを巡らせれば、秘かに侵入すること自体は不可能ではない。

 けれど、仮に侵入を許したとしても、最悪の事態までには至らなかっただろうと女官長は確信していた。すくなくともそれが原因と思われるリエナの身体的な異常はなかった。もし最悪の事態が起こっていたら、精神的にも昨日とは比べ物にならないほどの傷を受けたに違いないが、そのような姿は見ていないと断言できる。

 また女官長自身、リエナがいくら非力な女性であっても、チャールズ卿が狼藉を働くのはまず無理だろうと考えている。実行に移すためには、リエナの呪文を封じなければならないからだ。魔力においてチャールズ卿はリエナに及ぶべくもないから、魔法封じの呪文が成功する確率は低い。逆にリエナがチャールズ卿を無力化するのはたやすい。睡眠の呪文で眠らせ、他者転移の呪文で部屋から追い出してしまえばいいのだから。

 その後は、リエナは何事もなかったかのように振る舞うだろうし、チャールズ卿もまさか次期女王の部屋に侵入を企て、しかも追い出されたなどと吹聴するはずがない。だから、自分がその事実を知ることがなかったのも納得できる。

 女官長は再び部屋の扉に眼を向けた。これだけの強力な結界である。今日だけ特別に張っているとは考えられない。毎夜結界を張ってから就寝し、起床後に解除してから侍女を呼んでいたのだと推測できる。

 明らかに何かがおかしい。

 リエナは本当に疲れてまだ眠っているだけなのかもしれないが、既に起きているのであれば、女官長が扉を開けようとしたことに気づき、自ら解除するはずである。そうではないということは、何か重大な問題が起きているに可能性が高い。そう判断した女官長は、待機している侍女らにリエナは多分疲れて寝ているだけだと思われる、心配は無用ゆえ、決して騒ぎ立てないよう指示した。

 女官長はチャールズ卿にこのことを報告するかどうか迷った。リエナの心情を思いやれば、しばらくの間だけでもそっとしておいてさしあげたい。けれど、万が一の事態が起きていては取り返しがつかなくなる。

 女官長が侍女に命じてチャールズ卿に連絡をとろうとしたその時、本人が控えの間に現れた。

「これは、女官長。リエナ姫のお顔を拝見に来ました。姫はいかがお過ごしですか」

 チャールズ卿が女官長に尋ねた。ひどく上機嫌で、明らかに昨日の出来事の続きを楽しみにしている――女官長はそれを感じて、背中に寒気を覚えた。けれど、おくびにも出さず、淡々と問いに答えた。

「リエナ姫様は、まだおやすみでございます」

「そうですか。では、私がお起こし致しましょう」

 女官長の返事も待たず、チャールズ卿はリエナの私室の扉を開けようとした――しかし、やはり扉に手をかけることすらできなかった。

「これは……?」

 チャールズ卿はすぐにリエナの張った結界に阻まれたのだと理解していた。振り向くと、女官長を詰問する。

「女官長、いったいどういうことですか。説明してください」

「今朝は日が高くなってもリエナ姫様からお呼びがかからないと、姫様付きの侍女が私に相談に参りました。直ちにこちらへ参ったのですが、何故かお部屋に入ることができず、たった今、あなた様にご報告申し上げようと……」

 チャールズ卿が女官長の言葉を遮った。

「もっと早くにご連絡を頂かなくては困りますね。姫に何かあったら、どう責任を取るつもりですか」

 さっきまでの上機嫌が嘘のように表情が冷たくなっている。

「申し訳ございません。ですが、姫様はことのほかお疲れのご様子でしたから、まだお休みかと」

 チャールズ卿は女官長を追求するのをやめた。これ以上責めても事態がよくなるわけでもない。それよりも、どうにかして結界を解除し、リエナの部屋に入らなくてはならない。

「姫は、扉に結界を張ったようですな。――あなたも気づいているようですが」

 そう言って、女官長を見据える。凍てつくような視線に女官長は言葉を失いかけたが、かろうじて返答した。

「仰せの通りかと存じます」

「結界は私が解除します。あなた達は、部屋の外で待機していてください」

 女官長は焦りを覚えた。もしチャールズ卿が結界を解除してしまえば、リエナの身に危険が及ぶ可能性が出てくる。なるべく機嫌を損ねないよう、慎重に申し出た。

「お言葉ではございますが、私だけはこちらで控えております。もし姫様のご気分が優れないのでしたら、すぐにお世話申し上げなくてはなりませんので。――いくらあなた様が姫様と正式にご婚約なさることがお決まりでも、お手を煩わせるわけには参りません」

 チャールズ卿は一瞬、面白くなさそうな表情を見せた。けれど、女官長の言い分はもっともであるし、婚儀の前に余計な噂を立てられるのも目障りだった。どのみち、リエナが自分の所有物となることは決定している。仕方なく、チャールズ卿は頷いた。

「わかりました。では、あなた一人だけここで待機していてください。他の侍女は外へ」

「かしこまりました」

 女官長が目配せすると、侍女たちはそろって退出していった。女官長はほっとすると同時に、このチャールズ卿と同じ部屋に二人だけでいることに恐怖に近いほどの感情を覚えたが、何とかこらえて部屋の隅に移動し、立ったまま待つことにした。

 チャールズ卿は侍従に自分の杖を持ってこさせると、結界解除の呪文の詠唱を始めた。チャールズ卿は主に攻撃呪文の遣い手であり、結界の呪文はさほど得意ではない。けれど並の結界であれば、何なく解除できる程度の実力を持っている。

 一度目は失敗した。しばし考えたあと、別の方法を試みるがそれもうまくいかなかった。中断して、注意深く観察してみると、なんと部屋の扉だけでなく私室全体に何重にも網の目のように張り巡らされている。

 再び手を変え品を変え、何度も試みるが、どうしても解除できない。

「またこれは何という強力な……」

 思わずチャールズ卿は唸った。

「これでは私でも一人では難しい。応援を要請します」

 仕方なく父であるフェアモント公爵に連絡し、公爵家のなかでも特に結界解除を得意とする魔法使いを数名派遣してもらった。結局、チャールズ卿を含めて五人がかりで数時間かけ、ようやく解除できたときには夕方になっていた。

********

 チャールズ卿と女官長が部屋に入った。居間にはリエナの姿はない。

 ざっと部屋を見る限り、居間の中はいつもどおりきちんと片付いている。リエナが気晴らしにしている刺繍の道具などもそのままで、一見、何も不審な点はない。やはりまだ眠っているのかと、女官長は居間から続く寝室の扉のところで、恐る恐る声をかけた。

「姫様、そろそろ夕方でございますが、まだお休みでいらっしゃいますか?」

 返事がないので、女官長一人が寝室に入った。天蓋付きの寝台に近づき、垂れ幕をそっとめくる。横たわっているはずのリエナの姿がないばかりか、寝台にはまったく使われた形跡がない。

 なかなか寝室から出てこない女官長に業を煮やしたのか、チャールズ卿が寝室に入って来た。

「リエナ姫、チャールズです。そろそろお起きになられる時間ですよ」

 そう言って、いきなり寝台の中をのぞく。本来ならば間違いなく不敬罪に当たるが、今の女官長にはそれを咎めるだけの余裕がない。

 使われていない寝台を見た瞬間、チャールズ卿の顔色が変わる。

「すぐに他の部屋を確認しろ! いや、私がやる」

 チャールズ卿はすぐさま他の部屋――衣裳部屋や湯殿まで、女官長が高貴な女性の部屋だから、と止めるのを振り切って探したが、リエナの姿はどこにもなかった。

 いったい何が起こったのか? リエナはやろうと思えば呪文で離宮の外に出ることもできるが、彼女がそれをするとは思えない。流石のチャールズ卿もすぐには判断がつかずにいる。

 しばし考えて、ある可能性に思い至る。すぐさま、女官長に命じた。

「リエナ姫の衣装を点検するのだ。ドレスや宝石など、何かなくなっているものがあれば、すぐに報告しろ。私は居間をもう一度確認する」

 女官長はあらためて寝室や衣裳部屋を点検しはじめた。すると寝室に置かれた乱れ箱の中に、昨夜リエナが身につけていたはずの絹の夜着が丁寧にたたまれて置かれていた。続けて、衣装部屋に入っていく。リエナの持ち物の数は多いが、女官長はすべて記憶している。順番に確認していくと、ドレスや装身具、化粧道具などもすべて揃っていて、何一つなくなっている物はない。

 どう考えてもおかしい。もう一度衣装部屋を徹底的に確認すると、部屋の一番奥に、普段は使われていない衣装箱があった。開けてみると、中は空である――その瞬間、女官長は音を立てて血が引くのをはっきりと感じた。

 この衣装箱は、リエナがローレシアから帰国した時に持ち帰ったものだった。中にしまわれていたのは、リエナがハーゴン討伐の旅の間に使っていた白いローブと紅色の頭巾、その他こまごまとした道具類である。

 とんでもない事態になった可能性に気づいた女官長は、すぐさま居間に戻った。そこではチャールズ卿が書棚の前で、リエナの書物の点検をしていた。

 報告を受けたチャールズ卿は声を荒げた。

「何? ドレスや宝石類がそのままで、旅で使っていた物だけがないというのか?」

「さようでございます」

「こちらは姫の魔道士の杖と、魔法の専門書が何冊かがなくなっている。私は今から書類を確認する。女官長は離宮内をくまなく捜索しろ。決して、姫の不在を覚られるな」

 それだけ言い捨てると、すぐさま居間にある手紙類や書類、その他のものを片端から読み始める。女官長は驚いたが、とても苦情を言える雰囲気ではなく、命じられたとおり離宮内の捜索のために部屋から退出していった。

********

 チャールズ卿は怒りに任せて次々と書類を引っ張り出しては読み続けている。

(リエナが姿を消した。――その理由はただ一つしかない)

 この時すでに、チャールズ卿はリエナが出奔したことに気づいていた。――そして、まず間違いなくルークとともに行動していることにも。

(合意の上の出奔であれば、わずかでも証拠が残っている可能性がある。絶対にそれを探してやる。そしてローレシアにそれを突き付け、謝罪させてやる)

 しかし、眼につく限りの書類を読み漁っても、どこにもルークとつながるようなものはなかった。

(手紙はおろか、書き損じの覚え書きすらない……? よほど巧妙に処分したか……。もしや、拉致同然で連れ出したのか? ――確かにあの男ならやりかねない)

 ルークが単独で計画してリエナが一切関与していないのであれば、いくら探しても証拠があるはずがない。

(いったい、どこへ逃げたというのだ?)

 証拠となる書類がない以上、別の視点から二人の行き先を特定するしかなかった。

(ここから出るには、リエナの移動の呪文が安全で確実だ。そのためには、一旦屋外に出なければいけない。とすると、いちばん手っ取り早いのが寝室のバルコニーからだ)

 すぐにバルコニーまで走る。移動の呪文を発動した後には、かなりの時間魔法使いの魔力の光が軌跡となって残るから、たどればある程度の行き先を特定できる。しかし空にはもちろん、バルコニーの床にすら何の痕跡もない。

(それでは、室内から脱出の呪文を使ったか?)

 再びすべての部屋――居間に寝室、衣装部屋、果ては湯殿や化粧部屋まで痕跡を探す。それでも見つからない。

(おかしい。いったいどうやって逃げたのか?)

 優秀な魔法使いであればあるほど、痕跡は濃く長時間残る。深夜に出奔したとしても、何らかの痕跡が残っているはずだった。

 無言でしばらく考えていたチャールズ卿は、ある可能性に気づいた。

(リエナは魔力の痕跡から行き先を特定されるのを恐れて、痕跡そのものをすべて消したのではないか?)

 常識で考えれば、ありえない話だった。痕跡を消すためには、移動しながら同じ速度で自分が発動した呪文を打ち消していかなければならないからだ。いくらリエナが現在最強と謳われる魔法使いであっても、たやすく実行できるとは思えない。しかし、絶対に不可能だとも断言できない。

 チャールズ卿はもう一つ、重大な事実を思い出した。昨夜、一人で祝杯を挙げていた時のことである。突然激しい眠気に襲われ、椅子にかけたまま深い眠りに落ちてしまった。眼が覚めたときには既に夜が明けていたのだが、あの独特の感覚は睡眠の呪文が解けたときと同じだったのである。

(もしや、逃げるために離宮全体に睡眠の呪文をかけた? 無理だ、いくらリエナでもそこまでやれるはずがない。しかし、自分が眠ってしまったのは間違いのない事実だ。もしこれが本当にリエナの呪文が原因だとすれば……。離宮全体に睡眠の呪文をかけた直後に、更に痕跡を残すことなく移動の呪文を発動したというのか――)

 チャールズ卿は背筋が寒くなった。

(とんでもない女だ。旅の間に更に力をつけただけか? それともロトの血とは、ここまで強力なものなのか?)

 ロトの血を持たぬがゆえに、一公爵家の人間として生きざるを得なかったチャールズ卿は、あらためてロトの血に対する憎しみに身体が震えるのがわかった。

 チャールズ卿自身は、リエナがルークと出奔したとほぼ確信していたものの、まだそうと決まったわけではない。単に一日、お忍びでどこかに出かけただけという可能性――旅の道具類と書物がなくなっていること、リエナは今まで一度もお忍びなどなかったことから考えにくくはあるが――も残っているからだ。一人で離宮の外へ行ったのならローブ姿であろうから、ドレスがすべて揃っているのも当然である。

 すぐローレシアに潜入させている密偵に詳しい事情は伏せた上で、ルークの今日一日の行動を報告させるよう手配した。ルークがローレシアで通常の公務についていることが確認できれば、リエナとの出奔の可能性は消える。調査は難しいものではないから、遅くとも明朝には結果がわかる。

 深夜近くになって、女官長から離宮内にリエナの姿はおろか、どこかに立ち寄った形跡すらないと報告が入る。

 チャールズ卿も、婚約発表を目前にして騒動になるのは避けたかった。まだ事実がはっきりしない以上、父公爵を始め、有力貴族達にリエナの姿が見えないことを打ち明けられる段階ではない。

 今の時点で打てるだけの手を打ったうえで、翌朝まで待つしかない。

********

 夜が明けた。

 チャールズ卿は激しい焦燥感に苛まれながら、リエナの帰りと密偵の報告を待っていた。結局、昨夜は一睡もしていない。

 リエナは未だ、姿を消したままだった。

 早朝に密偵から報告が入る。結果は、ルークは昨日一日、人前に姿を現していない。理由は、王太子としての公務は特にない日であることから側近に勧められ、気晴らしに離宮へ遠乗りに出かけているというものである。

 これらの事実から、リエナがルークと出奔したことはほぼ確実となった。

 ひとまず、リエナは急病であるから、用事はすべて女官長自らが行うと言い繕う。そうはいっても、いつまでもリエナの不在を隠しとおすことはできない。

 事情を聞かされたチャールズ卿の父フェアモント公爵、ルーセント公爵、オーディアール公爵の三人は、あまりといえばあまりの事態に絶句していた。大至急、極秘裏に対策を講じるべく、話し合いを始める。

********

 翌日に迫っていた、リエナとチャールズ卿の婚約発表は延期となった。




                                               次へ
                                               戻る
                                              目次へ
                                             TOPへ