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旅路の果てに
第6章 番外編

三日夜



「もう一回、見せてくれないか」

 ルークは再び、リエナの指輪をはめられた左手を取った。

「本当に綺麗だ」

 ルークはリエナの左手を両手で包み込むように持ち上げた。そこへそっと、くちづけを落とす。愛おしげに何度か触れた後、ルークはリエナの手肌の感触を楽しむように、唇を這わせ始める。

 リエナが驚く間もなく、今度は肩を抱き寄せた。続けて唇をリエナのそれに重ねると、抱きすくめたまま、並んで腰掛けていた寝台に倒れ込む。

 ルークの突然の行動に、リエナは幸福を感じると同時に、わずかな戸惑いも隠せない。もちろん嫌なわけではない。まだ日が浅いせいもあって、どうしても恥ずかしさと緊張との方が先に立ってしまうだけである。けれど、ルークはリエナの緊張を察したのか、今まさに寝間着の襟元にかかろうとしていた手が止まった。

 ルークもリエナの体調を気遣って、今夜ばかりは早めに休むつもりだったのである。それが、指輪にまつわる伝説を聞かせてもらったりして、つい遅くまで話し込んでしまった。明日の午前中には宿を出て、ジェイクとともにトランの村へ向かう。ロチェスの町からトランへはキメラの翼を使うが、移動や村人との対面など、リエナの身体にはかなりの負担がかかる。それを思うと、今ここで無理はさせたくない。

 ルークは自らの気持ちを必死になだめて、かろうじてそこで思いとどまった。

 いきなり動きを止めたルークの腕の中で、リエナがわずかに身じろぎをする。薄物越しに触れているあたたかな身体――そのやわらかさとかぐわしさに、我を忘れそうになる。

 ルークは我慢も限界に来ているのを覚っていた。

 知らず知らずのうちに、ルークの口から言葉が零れた。

「……リエナ、大丈夫、か?」

 リエナは一瞬身体を震わせ、そしてちいさく頷いた。今度はルークの手が躊躇なく、寝間着のボタンを外し始めた。

********

 ルークは自分の腕のなかのリエナを見つめていた。

 閉じている眼元がほんのりと染まっているのが、たとえようもないほどになまめかしい。リエナのまだほてりの残る素肌の感触に、つい先ほどの記憶がよみがえる。自分だけが見ることを許される姿、自分だけが聞くことを許される声――何もかもが、たまらなかった。

 このうえなく幸福で充実した気分を味わいつつも、ルークにはひとつ、気になっていることがある。

 それは、今もなお、リエナに苦痛を強いているという事実だった。

 リエナとこうして夜をともに過ごすようになって三日目を迎えている。

 今夜もリエナは身体を固くして痛みをこらえていた。もちろん初めての時ほどではないし、日を追うごとに、確実にリエナが花開きつつあることも実感できていた。そこまでわかっていても、ルークは気になって仕方がない。

(こればかりは、少しずつ慣らしていくしかないのはわかってるんだがな……)

 ルークはリエナを見つめたまま、心の中でつぶやいた。

 自分とリエナとでは相当な体格差がある。自分の体力が並外れていることも自覚している。だからなるべくリエナに負担をかけないよう、無理強いしないよう、気を遣い、努力もしているつもりではあるけれど――自分にもそうそうは余裕がない。

 リエナに限らず、女性なら最初は誰でも、ある程度の苦痛を伴うのはどうしようもないことであるし、回数を重ねて慣れるしかないのも承知している。

 それでも、リエナにわずかでもつらい思いをさせているという事実が心苦しい。自分の方は充分に満たされているから、余計にそう思うのである。

 本当なら今夜はリエナをゆっくりと休ませるつもりだったのだ。それにもかかわらず、自分が自制心を失ったばかりにリエナの身体に余分な負担をかけることになってしまった――ルークはそう思い込んでいた。

 じっと見つめられている視線に気づいたのか、リエナが眼を開いた。

「……ルーク、どうかしたの?」

 よほどもの言いたげな顔をしていたらしく、リエナの方から問いかけてきた。ためらったが、思い切って聞いてみることにする。

「身体……、つらく、ないか?」

「……え?」

「いや、女性は、最初のうちは……、その、そうだろ?」

 リエナはまさか、面と向かってこんなことを尋ねられるとは思ってもみなかった。咄嗟にどう答えたらいいのかわからない。

 しばらくして、リエナはルークの腕のなかで真っ赤になったまま、それでも律儀に答えた。

「つらく、ないと言えば……、嘘、になる……かも……しれない、わ。あの、……でも、ね。わたくしは……」

 さぞかし言いづらいであろうに、それでも懸命に言葉を紡ごうとしているリエナをルークは慌てて遮った。

「ごめん……! もう、それ以上言わなくていいから……。悪かった」

「ううん、いいの。……身体は、つらい、こともあるけれど、それも……幸せ、だから」

 ますます顔を赤くしてそう言ったリエナは、ルークの胸にすがりついた。ルークもそれ以上は何も言わず、リエナをしっかりと抱きしめた。


( 終 )



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