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旅路の果てに
第8章 9


 翌朝、先に目を覚ましたのはルークの方だった。リエナはまだ自分の腕のなかで眠っている。その表情を見た瞬間、ルークは軽い衝撃を受け、目が離せなくなった。

 リエナは安心しきった表情で、自分にすべてをゆだねて眠っている。いつになく穏やかで、幸せに満ちた寝顔。こんな寝顔を見るのは、ずいぶんと久しぶりな気がした。

 ルークはあらためて、昨夜リエナと交わした会話を反芻する。

――わたくしは、二人で、幸せになりたいのよ!

 心の底からの、リエナの叫び。

 愛しい、守りたい、幸せにしたい、その気持ちは何も変わっていない。けれどそれは、これまでとは違う、リエナ一人のためではなく、二人で生きていくため。ルークもようやくそれを理解できていた。

 その後も想いを籠めて、リエナの寝顔を見つめ続けていた。

 しばらくしてリエナの長い睫毛が揺れた。ルークは愛しさのあまり、そっと瞼にくちづける。はっとして顔を上げたリエナの頬に手をかけ、今度は唇に触れる。

 今の二人に言葉などいらない。幾度も幾度も、触れるだけのくちづけを繰り返すだけで、互いの想いを伝え合える。

 二人の唇がようやく触れ合うことをやめても、離れがたく、抱き合ったままでいる。互いの体温も、素肌の感触もこのうえなく心地よい。

 リエナはゆったりと瞳を閉じている。ルークの腕のなかにいる、それが素直にうれしかった。ここが自分の居場所。それをもう一度、確認した。

 ルークのリエナを抱きしめる腕に力が籠る。瞳を開いたリエナに軽くくちづけて、名残惜しげに起き上った。風呂の支度をしに湯殿の扉を開けた。湯を溜める音がしてくる。続いてリエナも身体を起こそうとしたが、ひどく身体がだるい。湯殿から戻ったルークがそれに気づき、そっと華奢な身体を抱き上げた。それは以前と同じ、優しい仕草だった。そのまま湯殿に行き、二人でちいさな浴槽に浸かる。風呂から上がって、リエナは身体を拭いてもらい、寝間着を着せてもらうと、もう一度ルークの腕に抱かれ、寝台に連れて行かれた。

 ルークが今朝、初めて口を開いた。

「無理、させたな。でも謝らないぜ」

「大丈夫よ。――ありがとう」

 答えるリエナの声も表情も、ゆったりとした幸せに満ちている。ルークも自然と笑顔を返した。

 寝室のカーテンの隙間から、眩しい朝日が差し込んでいる。それに気づいたルークは、カーテンを少し開けて窓の外を見た。

 外は一面の銀世界だった。

「おい、雪が積もってる。全部真っ白だ」

「わたくしも見たいわ」

 ルークは寝台に戻るとリエナを抱き上げ、窓のところまで連れて行った。

 リエナはルークに抱かれたまま、窓から雪景色を見た。

「なんて、綺麗……」

 何もかもが、純白の新雪に覆われている。まるで今までの自分の苦しみが浄化されたような、そんな思いがした。もちろん罪の意識が消えることは一生ない。次期女王となるべき自分が国を捨てた、その事実は消えないのだから。それでも、もうこれからはその意識さえ、自分の中の一部として生きていく。

――もう一人じゃない。だから、何があっても乗り越えられる。

********

 ルークが台所で朝食の支度をする。料理ができないのは相変わらずだ。昨夜の残り物を温め、パンにリエナ手作りのジャムを添えて、寝室まで持って来てくれた。

 二人でゆっくりと食べながら話をする。リエナはこのところ、ほとんど食欲がなかったが、今朝は少しは喉を通るようだった。

 ルークはリエナに言った。

「いいか、リエナ。一つだけ約束してくれ。もう一人で悩むな。何でも俺に相談しろ。まるごと全部、受け止めてやる」

「ええ、わかったわ。約束する」

 朝食が済むと、リエナは寝台に横になった。身体はひどく疲れていて、だるい。それでも本当に幸せだった。ようやくルークに自分の想いのすべてが伝わったから。彼の想いもすべて受けとめられたから。幸せをかみしめながら、もう一度眠りに就いた。

 結局リエナはその日一日、起きられなかった。それでも心は幸せで満たされ、ゆったりと横になっていた。ルークもリエナのそばから離れることはなかった。

********

 雪に閉ざされた、トランの村での生活。それがこれから約3ヶ月続く。

 ルークは雪かきをしたり、晴れた日に村の手伝いに出かけたりする他は、ずっとリエナのそばにいた。リエナはあの初雪の日の出来事で、心にわだかまっていたものがなくなったらしい。いつも笑顔を見せるようになっている。

 この長い冬の間、二人はいつも寄り添って過ごした。

 朝ともに起き、一緒に助け合って、家事をして、食事をする。時には暖炉の火を眺めながら、たわいもない話に興じる時もある。リエナが縫い物をする横で、ルークが剣の手入れをすることもあった。そして、夜はしっかりと抱き合って眠る。

 穏やかな暮らしのなかで、すこしずつリエナの心の傷は癒されていった。




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