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旅路の果てに
第8章 番外編 

後朝



――リエナはルークの匂いに包まれて眠るのが好きだった。

 目を覚ましたリエナはいつもどおりルークの腕のなかにいた。ここ数日降り続いている雪はまだやんでいないらしい。寝室の中はほの暗く、わずかにカーテンの隙間から雪明かりが差し込んでいる。普段はたいてい先に起きているルークも、今朝はまだ眠っている。リエナはかすかに身じろぎすると、そっとルークを見上げた。触れ合っている素肌の感触に、昨夜の甘い記憶を呼び起こされる。リエナは知らず知らずのうちに頬を染めていた。

 あの初雪の日以来、ルークは自分の気持ちを無理に抑えつけるのをやめた。リエナの体調を気遣ってくれるのは変わらないけれど、以前のような不自然なものではない。リエナにはそれが何よりもうれしい。そんなことを考えるともなしに、しばらくルークの寝顔を眺めていた。

 ルークがリエナを抱く腕に力が籠った。目を覚ましたらしい。リエナは寝顔をずっと見つめていたことを気づかれたくなくて目を逸らそうとするが、ルークがそれを許さない。

「リエナ……」

 ルークの唇がリエナのそれを塞ぐ。いとおしむように、柔らかな感触を味わうように、やさしくついばむだけのくちづけが続く。甘やかな唇を充分に堪能して、ルークはようやくリエナを解放した。満ち足りた表情のルークの深い青の瞳が、リエナの菫色の瞳を覗き込む。

「おはよう、先に起きてたんだ」

「……おはよう」

 挨拶を返したものの、リエナは恥ずかしさのあまり顔を伏せてしまった。ルークはそんなリエナの仕草が可愛くてたまらない。

「今朝はお前の寝顔を見られなくて残念だけど、たまにはいいかな」

 そう言いながら、リエナの頬に手をかけた。

「え?」

 答えのかわりに、もう一度くちづけを落とす。

「俺が起きたらすぐこうできるから。な、いいだろ?」

「……もう」

 リエナは真っ赤になりながら、抗議の意味を込めてルークの身体を押し返そうとするが、いつの間にかがっちりと抱きこまれてしまっていた。こうなってしまったら、もう力では敵わない。リエナを抱きしめたまま、ルークがまた唇を重ねてくる。今度は触れるだけでは物足りないのか、だんだんと熱く深いものに変わっていった。同時にルークの手のひらがリエナの絹のような肌をすべっていく。リエナは身体の中心が熱くなっていくのを感じていた。ルークにもそれが伝わったらしい。

 既に薄紅に染まりはじめたリエナの耳朶に、ルークの熱い吐息がかかる。

「リエナ、……欲しい」

 答えを待たず、ルークはリエナの豊かな白い乳房に顔を埋めた。

(昨夜、あんなにも求め合ったのに……)

 ルークの熱い愛撫に身をゆだねながら、リエナは自分の最近の変化に戸惑いを感じていた。しかしそれも長くは続かない。あっという間に、歓喜の渦に飲み込まれていった。




( 終 )


<補足>

次ページに続きのちょっとしたおまけシーンがあります。

タイトルについて。
「きぬぎぬ」と読みます。
通い婚が主流だった平安時代にできた言葉です。
以下に意味を古語辞典から引用しました。
ここではもちろん、1の方の意味で使っています。
とても雅な、管理人がいちばん好きな古語のひとつです。

きぬぎぬ【衣衣・後朝】

1.脱いだ衣を重ねて共寝をした翌朝、めいめいの着物を身につけること。また、そのようにして別れること。また、その朝。
2.《転じて》男女が別れ別れになること。離別。

引用元
岩波古語辞典 補訂版




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