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 朝食の後片付けを終えて、リエナが掃除道具を持って寝室に入ってきた。ルークは外で雪かきをしている。いつもより遅い朝食を取り始めた時、数日降り続いていた雪がやんだのだ。晴れの日は少ないから、今のうちに他の家への道を確保しておこうというのである。雪かきが済んだら、ひさしぶりに屋外で剣の稽古もすると言っていたから、しばらくは戻ってこないだろう。

 寝室の掃除を始めようと思ったところで、部屋の中央に置かれた寝台が目に入った。寝台はまだ整えられておらず、今朝起きた時のままである。

(いけない。まだ寝台がそのままだったわ)

 リエナは慌てて、乱れた敷布のしわを伸ばし始めた。いつもなら朝食の支度の前にきちんと整えておくのだけれど、今朝はいつもとすこしばかり事情が違っていたせいである。

 唐突にリエナの手が止まった。白い頬がみるみる染まっていく。

 手が止まってしまったのは、今朝の記憶をありありと思い出したからだった。リエナにとっては思いがけない出来事だったけれど、心も身体もあたたかなもので満たされている。正直なところ、今でも恥ずかしくてたまらないのだけれど、歓びの感情の方がより大きいのも確かだった。

(まさか、あんなふうになるなんて……。でも、とっても幸せだったわ)

 しばらく前まではそう感じることを、無意識のうちに抑え付けていた。どうしても、はしたないという考えの方が、先に立ってしまうのである。けれどあの初雪の日を境に、リエナは自分にとっても歓びであることをようやく認められるようになっていた。

 頬を染めたまま、心からの幸せそうな微笑みが浮かぶ。リエナは再び手を動かし始めた。

********

 突然、寝室の扉が開いた。そこにはルークが立っている。

「あら、もう終わったの? 剣の稽古もって言っていたから、もっと遅くなると思っていたわ」

 リエナはちょうど掃除を終えたところである。ずっと朝の幸せの余韻に浸りながら手を動かしていたので、ルークを目の前にして、また気恥ずかしさが戻ってきてしまった。

「とりあえず、雪かきだけは終わった。剣の稽古はこれからやるんだが……」

 ルークはそう言うと続きの言葉を濁した。表情が照れくさそうなものに変わる。

「リエナの顔が見たくなって、一度戻ってきた」

 薄く染まったままだったリエナの頬が、一気に赤くなる。ルークもまだまだ初々しさの残るリエナが愛しくてたまらない。耳元で何かを囁いて、思い切り抱きしめた。



( 終 )


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