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旅路の果てに
第9章 4


 チャールズ卿は一人、執務室の椅子に座っていた。手には酒杯がある。先程運ばせたばかりだが、酒瓶の中身は半分ほどしか残っていない。

 卿の顔には奇妙な笑みが浮かんでいる。カーティスの前でほんの一瞬見せた、歪んだ笑みだった。あの時の卿は、頭の中でとんでもない妄想に耽っていたのである。カーティスが部屋を辞去した後、ずっとこの笑みが顔に張り付いている。

 卿は、リエナを自分の隠された趣味の道具に使う様子を妄想していたのだ。趣味とは、若く美しい貴婦人の柔肌をわずかずつ傷つけ、白い肌に流れる鮮血と、自分へ向かって哀願する姿を鑑賞するという、常軌を逸したものである。

 カーティスが予想した通り、卿はリエナとの結婚を待ち焦がれていた。月の女神の再来と称えられるほどの類稀な美貌と極上の肉体を持った、これ以上は望めない獲物を手に入れられるのだから――チャールズ卿は下卑た笑い声を漏らした。

 出奔したとはいえ、見つかりさえすればリエナは再び自分の手に落ちる。その時のことを思うと笑いが止まらない。確かに、リエナの処女を奪う楽しみはなくなった。しかし、もうそんなことはどうでもいい。

 リエナはルークから女の歓びを、それはそれは念入りに教え込まれたであろう。毎夜、どれほどあられもない姿を晒し、はしたない声をあげているのか。

 リエナは19歳。まさに女として最も輝かしく美しい年齢である。しかも、夜毎愛する男の手で磨きあげられている。その肌はさぞかし艶やかでかぐわしいに違いない。

 その熟れた肉体を思うさま蹂躙できるのだ。憎しみしかない男に身を任せなければならない屈辱に、あのリエナの自尊心は砕け散り、精神は極限まで傷つくだろう。だが、それも長くは続かない。いずれルークの記憶は薄れていく。いくら念入りに刻み込まれていても、二度と抱かれることのない男など、忘れ行くのが宿命だ。

 そうやってすこしずつ、前の男の色から染め替えるのも新たな楽しみではないか。やがて、自分無しでは夜を過ごせなくなるだろう。そして自らの色に染め終えたら、いよいよ次は、白い肌を伝う鮮血を鑑賞する番だ。その時のリエナの表情や姿態、許しを請う声を想像するだけでたまらなくなる。

 リエナの肉体を想像しているうち、ふと憤怒の表情が混じった。言うまでもなく、自分の獲物を奪い取ったルークへの怒りである。そこに、いくら捜索しても影すらみつからない焦燥が怒りに拍車をかけていく。

 やがて笑みはほとんど消え、憤怒が表情を支配し始めた。怒りが頂点に達した時、卿の口から呪詛にも似た詠唱が漏れた。左手に火球が現れる。

「……メラ!」

 手を離れた火球が、執務室の壁を焦がした。




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